1日目 3 舞剣士と吟遊詩人《中》
二つの声がしたほう――宿の入り口には並んで立つ大小二人の少女。
背が高いほうは腰まで届く長い髪に前髪ぱっつん。
睫毛の長いぱっちりした顔立ちにおっとりさを思わせるややタレ目。
肌をほとんど見せない修道服姿と頭巾で大人びた雰囲気があるが、今見せている表情は悪戯を思いついた子供のソレ。
小さいほうは白い襟付き袖なしの服に黒のショートパンツ。
それだけなら緋色髪少女と似ているが足はニーソックスでほぼ覆っている上、肩部分の無い濃紺の法衣を纏っている。
小柄で童顔であり武器らしい武器も携えていなく魔術師的な風貌だ。
二人の髪色は同じ柔らかな黄色。
指を絡める、いわゆる恋人繋ぎをしている。
……深入りは止めておこう。
「な、ナンパじゃないわよ! この人吟遊詩人なの! あたし小さい頃吟遊詩人になりたくて……才能無くて諦めたんだけど……、風の勇者様のお話が大好きで、冒険に出てからなかなか聴ける機会がなかったからせっかくだし唄ってもらいたいなぁって思って……その……」
自分の行動を指摘されて気付いたのか、一度は戻ったヘソ出しの顔色はだんだん赤く、声は小さくなって両手の人差し指をつんつんし始める。
ヘソ出しは名前じゃないよな。ヒナと呼ばれた少女。
「どうか、あたしの部屋で二人っきりであたしのために唄ってくださいませんか? できたら一緒の布団で――ってことかしら?」
「バカ!! ち、違うわよ! あたしが好きなのは子供向けの短いやつだから……その、そんなに負担かけないと思うし……」
修道服の女が声色を真似て演技っぽく追撃したため更に顔を赤くしたヒナは慌てたついでに色々暴露している。
それを聞いたアンタは大丈夫ですよ、とやさしい笑みを浮かべている。
「えー? ちぃおねーちゃん、子供向けなのー??」
「言い回し難しいし……な、長いと寝ちゃうのよね、あはは……」
童顔少女に耳ざとく聞かれ、少女は照れ笑い。修道女はまたにやりと笑う。
「僕の熱い愛のささやきが貴女を虜にし、子供から大人への階段を上る……今宵は眠れない夜となるでしょう! ――というのを期待してるのかしら?」
「だからそういうのじゃないから!! 純粋に聴きたいのよ!」
今度は耳まで真っ赤にして抗議。
でこぼこコンビの女子二人は声を上げて笑っている。
横で聞いているアンタは初対面でいじられてるのに笑って流して、たいしたもんだな。
オレは頬杖をついてそれを見守る。
王道中の王道、ミーハーだったわけね。
緋髪ヘソ出し少女はアンタに向き直る。
「あたしね、唄の才能は無かったけど……こっちの才能がみつかったの」
言いながらひらりと外套を翻し、愛おしそうに両腰にぶらさげた独特のうねりのある短剣に手をやる。
身軽さを生かして独特の「舞」に身を任せながら両手に持った短剣で切りかかる前衛遊撃職、舞剣士。
その身のこなしはしなやかで艶やか。
娯楽や宗教儀式にも用いられる「舞」に心奪われる者も多く、舞台としての人気も高い。それが少女の職業だ。
「私の舞も見せてあげるね」
穏やかに微笑む。
「踊っても揺れないから楽ですわねー」
「揺れないってなにがー?」
「うるさいっ!!」
修道女はにやにや。ヘソ出しはまた赤くなってる。
「たしかにその方は……ここからでも分かるくらいお顔が綺麗ですから声を掛けたくなるのも分かりますわ。でもヒナさん、二股はよくありませんわよ?」
「しつこい! 違うってば! って二股ってなによ⁉」
「なにって……ねぇ?」
「ねー。わかってるくせに~。おぬしも悪よのう」
神妙な顔で真っ当そうに述べる修道女。
ニヤニヤしながらチャチャを入れる童顔黄髪少女。
まるで自宅でくつろぐようにじゃれあう少女たち。
あー、うるせぇのが帰ってきたな。
ここしばらくせっかく平和を満喫してたのに。
他に客がいないから苦情は出ないが、仕事がすすまねぇよ。
こいつも解放してやれよ……と思ったが、三人娘が来てしばらく経つ。
となると、あいつもそろそろ来るんじゃねぇか。
だとしたら、「アレ」がうまくいくかもしれない。そう考えるとニヤつきそうになる。
「二人とも、そこだと隙間風が寒いだろ。奥に入ったらどうだ?」
未だ入り口に立ったままの二人を気遣うように声をかけ、宿の奥へと誘導する。
「そうするー。ボク足が疲れたよー」
「部屋は二階のいつもの三番だ、清掃済んでるからもう入っていいぞ」
壁に埋め込まれた収納棚から二階三番部屋の鍵を取り出しカウンターに置く。
「わーい。おっふろー」
「背中流しっこしましょうね~。面白かったわ~。あなたも、ごきげんよう~」
ゆったりした口調で満足そうに言う修道女。無邪気にはしゃぐ童顔少女。
恋人つなぎをしたままカウンターに近づくふたり。
狙い通りだが切り替え早すぎだろ。
真っ赤になってモジモジしてるのがまだいるんだがで放置かよ。
……まぁ、それさえ楽しもうってことなんだろうな。
修道女に鍵を渡すと同時、ぎぃ、と悲鳴をあげながら入り口の木扉が力なく開いた。
「た、ただいま……」
ぼろぼろの身なりの少年がよろよろと入ってくる
。
「あ、おにーちゃん!」
「あらあら、おつかれさま~」
修道女と童顔少女が振り返り。
空いているほうの手を一人は王族のようにひらひらと、もうひとりは千切れんばかりにぶんぶんと振る。
少年は返事の代わりに手を上げる。
「やっと……、ついたーーっ」
よほど疲れているようで、言いながら扉と蝶番で繋がった柱にもたれ――天井を仰ぐ。
「おぅ、着いたか」
「あ、オヤジさん。またお世話になります……」
カウンターの中から声をかけると顔をこっちに向け挨拶を返してきた。
一行の四人目にして初めて挨拶されたぞ。
三人にとってはやっぱ家なんだな。
「なんでそんなにボロボロなんだ?」
「えーと、これは……」
「こ……の変態! あんたが悪いんだからね! 自業自得なんだから!」
「いや、あれは事故だ!」
「おじさん! 今晩こいつの部屋要らない! 馬小屋でいいから!」
「馬小屋はないだろ!」
「うっさい! あんたはどこだって寝られるでしょ!」
「地べたで寝たら体が休まらねーだろーが!」
「じゃあ干し草の上で寝ればいいでしょうが!」
ああ言えばこう言う。
今のヒナには取り付く島も無い。
怒りっぷりがいい感じだ。
このままいけば……いかん、ニヤニヤしてしまう。
「まったく、今度はなにをやらかしたんだ?」
とぼけて聞く。我ながら悪いやつだ。
「あ~、やらかしたというか、触ったというか、揉んだというか……いや、揉むほどのサイズないか」
少年は少し顔を赤くしながら視線を斜め上へやり思い返して説明しようとする。
感触を思い返す手のひらを開いたりにぎったり……その素直さが命取り。
青筋がピシリと立つ音が聞こえた……ような気がした。
「このバカっ! ペラペラ喋るんじゃ…………ないっっ!」
怒りながら少しの助走をつけて、舞剣士の名に恥じぬ見事な跳躍と繰り出される鋭いとび蹴り――此処が屋内だということを完全に度外視したソレ――が少年の頭を捉えて――。
どごっ! ばぎっ!!
石を石で殴りつけるような鈍い音を鳴らし、少年を背後にある扉ごと屋外へ吹っ飛ばす。
おいおい、冗談抜きで死ぬぞ……。
手加減や容赦と言った言葉はドブに捨てさった強烈な一撃。
ふん! と鼻息あらく、舞剣士のヘソ出し少女は踵を返し大股で二階へと上がっていく。
あらあら、といいながら修道女はカウンターに置いてある鍵を手に取り、あとお願いします、とオレに目配せしてヘソ出しのあとに続いていく。
童顔少女は手を繋いだままぴょんぴょん跳ねていく。
任された……。
建物の外で仰向けになっている少年に野次馬が群がる。
生きてるかー? と声をかけられると辛うじて右手首を上げる少年。
遮るものが無くなったため宿のカウンターからでも様子がはっきり見える。
見事にやってくれた。
一応様子見にカウンターを抜けて少年に近寄る。
ひえーと感嘆の声を小さくあげて呆気にとられていたアンタも我に返り、オレに続く。
顔を覗き込むと少年は目をぐるぐる回しうーん、とうなっている。
こいつ体つきは細いが意外とタフなんだよな。
アンタが心配そうに見ているが、まぁ平気だろう。
「とりあえず、修理の請求書はお前宛でいいか?」
心配より先にそう言ってしまうオレも鬼だな。
「……ひゃい」
情けない返事が来る。
修繕費浮いたぜ、まいどありー。