2日目 12 ジーナとアヤメ① イライラと悶々
パーティ分割になりました。まずは百合カプ側からです。
11/8 加筆修正しました。
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ヒナさんたちと別れ、私とアヤちゃん、そして木工屋さんの息子コイズくん――親しみを込めてこーくん――の三人は、捕まえたウサギを依頼主である"野ウサギと木漏れ日亭"の料理人ローシェンさんに渡すため、宿へと向かっています。
捕まえたのは全部で十羽。
白い小柄のウサギが七羽。
それより二回りほど大きい、黒い毛のウサギが二羽。
それと更に大きい、あまり見かけない角の生えた茶色いウサギが一羽ですわ。
今は全て、アヤちゃんの召喚した触手によって捕縛され、その表面にある粘液に含まれる経皮毒の成分で眠っています。
掴んでいる間は脱走される心配が無いのでとても安心ですね。
「あー、もっと魔物が出たりピンチになったり色々起きると思ったのによー、すぐ片付いちゃってつまんなかったなー」
「んー。その割にビビってるよねー」
「はぁ? ビビってねぇし!」
強がりを口にするこーくんに、アヤちゃんがつっかかります。
いつものからかう口調ではなく、棘のある言い方……。
今日のアヤちゃんはちょっとおかしいですわ。
冗談言ったりからかったりすることが少なく、歩きながら道端の岩場にわざと乗って歩調を乱したり、触手で掴んでいるウサギを目の前に持ってきてはまじまじと観察したり、一人遊びみたいなことばかりしています。
もしかして私に対して怒っているのでしょうか。
朝はあんなにイチャイチャしたのに、私は直後エルフのチトセさんに見とれてしまいましたし、こーくんに対して色仕掛けでからかうようなことをしました。
そして午後はこーくんがべったり私に付いていて、アヤちゃんのことはほったらかしです。
何か言ってきたら返してはいましたが、私からアヤちゃんに話しかけることが極端に少なくなっていました。
彼が私にべったりですので面倒を見るしかありませんが、近くにいるのに関わらないのはアヤちゃんと出会ってから初めてかもしれません。
放置するつもりはないのですが、やはり野外。
何があるかわからないのでこーくんを気にかけていると、他への意識があまり向けられませんわ。
「怖くないっていうなら、おねーちゃんと繋いでる手を離したらー? 怖くてできないかなー?」
「ば、バカにすんじゃねぇ!」
言いながら握る手に力がこもっています。
ふふ、顔も赤くなって可愛いですわ。
「アヤちゃん。そう意地悪を言うものではありませんよ~」
「……」
いつものように軽く言ったのに返事がありません。
聞こえてないフリをしていますが、よく見ないとわからない程度にふくれっ面です。
唇尖ってますね。
こんな不機嫌さは見たことがありません。
どうしたのでしょう……。
幸いなことにこーくんもしつこく言わないので、空気もそこまで悪くならずに済んでいますが……。
そんなことよりも怒っている表情もまたかわいいですわ。
今朝の涙目に涎を垂らしながら必死にもがいて踏ん張っている姿もぞくぞくしましたけど、こう、ムスッとしているほっぺもぷにぷにっとつついてみたいものですわ。
「あぁ……」
思わず感嘆のため息を漏らすと、コイズくんがぎょっとしてこちらを見上げてきます。
「お、おねーちゃん……??」
透き通ったトルコ石の瞳を持って……、そんな目で見ないでくださいませ。
私はただアヤちゃんの尊さに見悶えしてしまっただけなのですから……。
年端も行かない子供に見せてはいけない表情だったと、少しだけ自己嫌悪ですわ。
でも、コイズくんとは手を繋ぎっぱなしで、多少気味悪がられたところで安全第一。
片時も離せません。
がさっ。
葉の揺れる音。
現れたのは苔むした岩のようにくすんだ深緑の肌、やせ細った枯れ木のような体に腰みのをつけ、太い木の枝をこん棒のように振り回す小鬼、ゴブリンです。
ざっと七、八匹といったところで、私たちを囲うように現れました。
小ぶりな牙の生えた大きな口でニタニタ笑ったり舌なめずりしたり。
涎を垂らしている者までいます。
……アヤちゃんと違って可愛らしさは微塵も感じられませんわ。
私たちを捕まえて何をしようとしているのでしょうか。
知性の低い分、生物としての本能が強く低俗で汚らわしい存在。
一歩も触れられたくありませんわ。
奇襲をかけようとこっそり近づいていたようですが、物音を立ててしまうあたりおっちょこちょい。
単体では大した力がありませんが、集団になると少し厄介ですわね。
「わわわっ!! まままま、魔物だぁ!! 安全なんじゃなかったのかよう!!」
「お漏らし少年慌てすぎ―。魔物だって出るに決まってるよー。今まで出なかったほうが不思議なくらいだよー」
「お漏らしって言うな!!」
「は~い、そこまでにして。こーくん危ないからお姉ちゃんの後ろに隠れてくださいますか?」
アヤちゃんは軽口をたたきつつも目線を小鬼どもから離さず牽制、頷くコイズくんを後ろに回らせ、両手で槌鉾を構えます。
スカートぎゅっと握ってくる感触がまた可愛いです。
頭がお尻に当たってるのは内緒。
私の扱う法術の攻撃方陣は、ゴブリンを一撃で仕留められるものの効果範囲は狭く、相手が広がっているためこの状況で一度に倒せるのは多くて3匹。
アヤちゃんがどう動くか……。
二人同時に詠唱しようものなら、下手をするとコイズくんが無防備になってしまう。
それならば法術に頼らずアヤちゃんの撃ち漏らしを打撃で制圧しましょうか。
などと考えていると――。
「もー! うっとうしいなぁ!」
アヤちゃんがウサギを捕らえている以外の、余っている三本の丸太のように太い触手で、力任せにゴブリンたちを薙ぎ払います。
触手なので力任せで当然ですが、不意打ちに踏ん張る間もなく吹き飛ばされる小鬼たち。
勢いついた馬車に跳ね飛ばされているようです。
その一撃で多くが気を失い、残ったものも逃げぬうちに触手を鞭のようにしならせて追い打ちをかけると完全に沈黙。
瞬殺に喜ぶかと思いきや、こーくんは青ざめています。
力任せにやった割には、四肢が千切れたりなど惨劇になっていないのはまだ救いですわ。
コイズくんにいきなり見せたらトラウマになってしまいそうですもの。
「いこっか」
ゴブリン達が全て気絶したようで、そのまま捨て置き歩き出すアヤちゃん。
いつもに無く淡々としています。
触手はあっけなさに欲求不満なのか、アヤちゃんの背後で素振りをしています。
今日は本当にアヤちゃん一人で片付けていて、私の出る幕がありませんわね。
それだけこーくんの安全を守れているのですが、私も一撃くらい派手にかましたい気にもなってきます。
――アヤちゃんの召喚している触手は全部で十三本と異形らしい不吉な数です。
普段は戦闘中にしか召喚しないため、こんなに長時間見ていられる機会はありませんから歩きながらまじまじと見てしまいますが、粘着質の粘膜でぬめっておりなんとグロテスク、おぞましいものでしょう。
常にうねうねと動き、粘液でぬるぬるしており、光の具合で緑に見えたり紫に見えたり茶色に見えたりと一定でないところも気味の悪さを増しています。
そんな不気味なものを使役し、凛々しい表情で雑魚を一蹴するアヤちゃん。
あの顔を見ながら私自身が触手に縛られたとしたらどんな感触なのでしょう。
体の動きを封じられ、意識も混濁した状態にさせられてから、あんなところやこんなところを……。
あぁ、ウサギと一緒に私も捕らえてみてほしいですわ。
そう口に出しそうになってしまいます。
「……おねーちゃん、手に汗かいてるけど、大丈夫?」
すっかり見とれてしまいました。
私の手を握るこーくんの声で我に返り、気付けば妄想で心臓が高鳴っていました。
「え、ええ。こーくんみたいなかわいい子と手を繋いでると思うと、お姉ちゃんドキドキしてきちゃって」
取り繕って言うと、またまた顔を真っ赤にして俯きます。
同時に近くの木が突然倒れ、轟音が響きました。
アヤちゃんの触手が、ゴブリンを蹴散らしたときと同じように薙ぎ払ったのでした。
少し前を歩いていたやわらかい黄色の少女は立ち止まり、肩を震わせています。
「アヤちゃん……?」
「ごめん……なさい。なんでもない。ちょっと折ってみたかっただけ……。なんでもないから……。行こ」
振り向かないまま感情を見せない声で絞り出すようにそう言い、さっきより足早に歩きだします。
先日まで私は神に仕え教えを広める{修道女}(シスター)であり、教えに忠実に生活することばかり考えていました。
それが、今は色恋ばかり考えてしまいます。
目に映る花々も風に運ばれ薫る木々の緑も空の青も太陽のぬくもりも、レースのカーテンで覆っているかのように鈍くしか感じ取れなくなっています。
求めてしまうのは人のまなざし、人肌のぬくもり、熱っぽさを帯びた声。
色欲がこれほどあるとは思いも寄らずわがことながら戸惑っています。
教義に従って生きていても、私自身は実は煩悩の塊だったわけで、信仰によって取り除かれることはなかったのですわ。
そして、一番身近な人の気持ちさえ捉えられず自分の感情を優先していました。
目移りを止め、心の平穏を取り戻さなければ。
アヤちゃんの背中を睨むように見つめてしまいながら、私は考えるのでした。
ウサギを捕まえて野ウサギと木漏れ日亭へ向かうって字面がうるさいですね……。
仲良しのふたりが雲行き怪しい雰囲気です。
修復されるのでしょうか。
描写が不足していますので後日加筆修正します!
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