2日目 8 扉修理と生意気な少年《後》
「すまないね、礼儀がなってなくて」
「なるほどな。年頃の悩みってやつか」
「俺もこのくらいのガキの時は、分かったような口を利いて生意気でしたから、気持ちは分かりますね」
動揺をなだめて冷静に振舞おうとオヤジさんたちに話を合わせていると
「ていっ」
脛に軽いながらも確かな衝撃があり、骨に直に響いた。
「いってー‼ 脛蹴りやがった! てめぇゆるさねぇ!」
捕まえようと手を伸ばすがするりと逃げる。
なかなかのすばしっこさだ、って感心してる場合じゃない。
大人気ないと言われようと関係ない。
「待ちやがれっ!」
「待てって言われて待つバカいないよーだ!」
ったく! なんでクソガキと追いかけっこを展開する羽目になるんだ。
だせぇよ。
「べーだ! 文無し宿無しなんかになるもんか! 父ちゃんの後を継いで職人になるんだ‼」
あっかんべーと挑発してくる。言うことがいちいち憎たらしい。
「あーあー」
「元気だな。跡継ぎには申し分ないんじゃないか?」
「そうなんだがねぇ、今の時代を考えると何も知らないで職人一筋でいいのか。外を見たほうがいいんじゃないかって思うんだが……あの通り冒険者嫌いでね」
「親の心子知らずだな。まぁ、まだ幼い。そのうち分かることもあるだろう。継ぐ気が無いより全然いいさ」
「そうだねぇ。あんたみたいに世界を見てきたやつにそう言ってもらえると気持ちが少し楽になるよ。焦らずに様子見ることにするよ。……おーい! いつまで遊んでんだ! 作業始めるぞ!」
バタバタと駆け回っていてあまり聞こえなかったが、大人二人は何やら話し込んでいたらしく。
一区切りついたところで、木工屋さんが気合の入った声で息子を呼ぶ。
穏やかな口調から一転して厳しい口調になるのは職人ならではと言ったところか。
その声にガキはビクッと反応し、すぐ父親の下へ向かう。
仕事モードの父は怖いらしい。
「あー」
オヤジさんが呼び止めるように声を出す。
「悪ぃ。始める前にボウズに一ついいか?」
少年の前に歩み寄り、しゃがんで目線を合わせる。
「まぁ、説教臭いのは好きじゃないんだが。人生ってのはな、望んだとか望んでいないに関わらず、今の場所でどれだけ頑張れるか、だ。頑張った奴は全員偉い。今頑張れなかったり出来なかったやつは、これからもっと頑張ったり努力したりして同じ失敗をしなきゃいい。それだけだ。結果を出せなくても頑張ってるやつのことを悪く言うのはよくない。そこを分かってほしい」
「うん……」
「そのかわり、わざと怠けている奴はダメだ。それは悪く言っていい。いいな?」
「わかった……」
「よし、そんじゃ頑張れ」
頭をポンポンと叩き、髪をくしゃくしゃとしながら撫でる。
「玄関の修理、よろしくな」
「おう」
「はい‼」
今度は父親より大きな声で返事をし、少年はたどたどしいながらも指示を聞きながら作業を始める。
年相応にはしゃいでいたのが一変、その横顔は真剣そのもので、トルコ石の青緑色をした瞳の輝きから仕事が好きなことがうかがえる。
継ぎたいという言葉に偽りはないのだろう。
希望に満ちた未来なんだろうと微笑ましく思う。
自分は一度は死んだようなものだからどこか冷めてしまっている。
だからひたむきに情熱を注げるのが少しうらやましくも思える。
「さ、待たせたな。オレたちも仕事を始めるか、今日やることはっと」
オヤジさんがそう言い肩を回しながら受付へ向かっていく。
「おっはよー」
と、ようやくアヤメが起きてきた。
両腕を真横に伸ばして階段を軽快にトントントンと降りてくる。
ちょうど階段を降り切ったところで
「あー! 夜中に飛んでたアクマ‼」
「「「「「え⁉」」」」」
ガキが今日2回目の大声。
だから人を指さすなって。
俺、オヤジさん、木工屋さん、アヤメ、そしてずっと呆けていたジーナまでもが一斉に反応する。
アクマってお前かよ‼ なんでいきなりバレてんだよ‼ と言いたいのをぐっと飲みこむ。反応したら認めることになる。
「夜中に起きた時に見たんだ! 月を背に飛んだり、人の生き血をすすってるこいつを!」
(え⁇ アヤちゃん⁇ どういうこと⁇)
(んーと、昨日眠れなくって夜中に散歩してたら見られちゃって、夢だと思うよう幻術かけたんだけど……効いてないみたい……?)
いつの間にかジーナがアヤメの横に移動していてコソコソと話している。
(ちょっと黙ってもらうね)
ジーナに目配せし、アヤメは手を後ろで組み、演技がかったゆったりとした足取りと口調で少年に近づいていく。
「わわ! 来るな! 近寄るな‼」
少年が後ずさり、父親の陰に隠れる。
「あれー ? キミはボクにそんな口聞いていいんだっけ⁇」
大人でも引くような笑みを浮かべゆっくりゆっくり歩み寄り、一つずつ確かめるように語りかけていく。
「いーのかなー? あのことばらしてもー。」
「な……! おのれアクマ! ここであったが百年目! オマエの狼藉、ここで成敗してくれる!」
持っていた木材に印をつける用の短刀をかざす。
おい、あぶねぇな。女の子に刃物向けるなよ。
あとボウズまだ10年も生きてないだろ。
いろいろ突っ込みたいがアヤメに考えがあるようなので様子を見ることにする。
切っ先に鼻の頭が触れる位置に来たところで、少年にだけ聞こえるように口を動かす。
(きみのおねしょが、野ウサギの形だって。いいふらしてあげてもいいんだよー?)
(そ、それは……! 卑怯だぞ!)
(卑怯だよー?
だって、アクマだからねー?)
(い、言わないでください。お願いします……)
(うむ。わかればよろしい)
少年がうなだれて短刀を下ろす。父親は何があったのか理解できずぽかんとしている。
「さ、お腹空いちゃったー! ごはんごはんー!!」
何事もなかったかのように振舞うアヤメ。青ざめながら静かに作業をする少年。やり取りの内容は知れないがとりあえず騒ぎにならず済んでよかった。