2日目 4 宿代とお届け物《後》
冒険者ってのはギャンブルだ。
金がいつもあるとは限らない。
だが、飯は食わなきゃならないし、たまにはちゃんとした寝床で体を休めたいだろ?
そこでだ、宿で発生する様々な仕事を請け負う代わりに格安で宿泊できる、そういう仕組みにしているのがこの『野ウサギと木漏れ日亭』だ。
料理、掃除、薪割り、大工仕事、裁縫……なんでもある。
今の皿洗いもそうだ。
太陽がだいぶ上ってきて、窓から日差しが入り空気を温めていくのを感じる。
洗い物で時間を取られた分手早く食べられるよう、昨日の残りのパンに野菜やハムを詰めてサンドイッチにする。
食材を並べて二人に詰めてもらうと、なかなか手際がいい。
レンズ豆のスープも人数分ありそうだ。
コンロに火を灯し温めていると玄関を叩く音がする。
どんどんどんどん!!
「誰もいませんかー⁉ お届け物でーーす!」
叫ぶように必死になって呼んでいたのは、大陸輸送協会の配達屋だ。
玄関の戸は外れたままだから、すぐわきの壁を叩いていたようだ。
30歳くらいの小柄で小太りの男だ。
最近この辺りの担当に配属されたばかりらしい。
「悪ぃ悪ぃ。朝食作ってて聞こえなかった。ずいぶん早いな?」
なんだか目が血走っている。
「勘弁してくださいよ! この辺り冬は雪深くて峠が閉鎖されるから、その前に荷物配り切れって上からのお達しなんで! 時間ないんです!! はいこれ‼」
「そうか、お疲れさん」
雑にどん、と突き出され腹にあたる。
わざとか? 腹いせか?
両手で受け取ると「じゃ‼」と去っていく。
大急ぎのようだが体型のためか遅い。
気持ちばかりが焦っているようで、普通に配ってもあまり速さが変わらないように見える。
きっと上からのプレッシャーに弱いのと、残業したくないんだろう。
合わない仕事なんだろうと少し哀れに思いながら後姿を見送る。
「えー? なんすかー?」
後ろからひょこっとアサギが顔をのぞかせる。
「こら、勝手にみるんじゃない」
「オヤジさんのやらしいコレクション?」
「バカ言え」
届いたものに目を落とすと、ニヤリとしてしまう。
「これこそ待ちわびた一品。大陸珍品協会が発行するコレクター垂涎の雑誌!『世界の斧コレクション、槍斧特集年末特大号』だ!」
高らかにその名を叫ぶが、若者は小さく「おー」と言い、申し訳程度の拍手するだけで食いつきが悪い。
コケそうになるが持ちこたえて、早速麻ひもで十字に縛られた封を開く。
表紙を一枚めくると、大きく見開きで豪華な装飾の儀礼用槍斧が描かれている。
「おおー‼ やっぱりかっこいいな! この装飾‼ なんて最高の職人技だ! ほら、見てみろよ‼」
「え、あ、はい」
なんだよその間抜けな返事は。
お前が見たいって言ったんだろ。
へー、きれいですね。
と、いつの間にか詩人もやってきて、アサギの隣から雑誌を覗き込んでいる。
「オヤジさん。ここ、応募者全員にこの斧のレプリカ、そのうち抽選で1名様に現物プレゼントって書いてありますよ?」
ん……?
プレゼント⁇
なにっ⁉ 本当だ‼
「こうしちゃいられん、早速応募だ! お前ら朝食の準備頼んだぞ‼」
「は? え? いやちょっとオヤジさん!」
オレはそう言い残すと、この非常事態を理解しない若者が呼び止めるのを雑誌を抱えるのと逆の手を振って返事代わりにし、自室へ向かったのだ。
◇
瞼ごしに薄く光を感じる。
朝かな。
「ん……」
ゆっくり目を開ける。
……。
…………。
あれ?
ぼやけていた視界が徐々に鮮明になっていくけど、目に映ったのは天井じゃない。
あたし座ったまま寝てたんだ。
なんでだろ?
昨日何してたんだっけ。
うーん。
頭が重くて右手で頭を押さえる。
左手も何でか動かなかった。
ちょっと痛みがあるから、まだ動く気になれない。
二日酔いかなぁ。
飲みすぎなんて、アカネおばさんがいたら怒られただろうなぁ。
酒に飲まれるような奴はバカだって、言ってたっけ。
おばさんが異常にお酒に強すぎるだけだったらしいけど。
二年も会っていない懐かしい顔が浮かび、ふふっと思い出し笑い。
朝から二重の意味で気持ち悪いなぁ、あたし。
あれ?
そういえば座って寝てるのに、頭が枕か何かに乗っかってる。
乗っかってるというか、寄りかかってる?
結構固いな。頭が痛いのはこのせいかな。
ゆっくり頭を持ち上げる。
激しく動かさなければ痛まずに済みそう。
そっと横を見ると、それは人の肩だった。
何だか嫌な予感がする。
半開きだった瞼が全開になる。
あたしがもたれかかっていたのは、壁などでなく人。
それも……。
……。
…………。
「アサギ‼」
あたしが思わず体を離すと、先に気付いていたようでぎこちない笑顔をこっちに向けてくる。
「お、起きたか。おはよう」
「おはようじゃないわよ! なんでいるのよヘンタイ‼‼」
ちょっと顔が赤いから照れてたのかなとか、気付いてもあたしが起きないように待っててくれたのかな、優しいとこあんじゃんとか、そんなことよりも。
寝顔を間近で見られていた恥ずかしさのほうが勝ってしまう。
もしかして寝てる間に唇を奪われたんじゃないか。
そんな想像が頭をよぎると衝動が抑えられず、あたしは大声で叫びこちらに向けられた顔をもとの角度に戻すように平手打ちをかます。
ばちぃぃん‼‼
世界張り倒し選手権で優勝できそうな音を立て、アサギの首がもげそうな勢いで振れ上半身がベッドに倒れ込む。
床に落ちなかったのは幸い……じゃないわ床板とキスしてればよかったのよ!
「いってぇ‼」
「もう、信じらんない‼」
突然のことに受け身一つとれず無様に倒れ込んだアサギを無視して、そのままあたしは部屋飛び出す。
と、壊れた入り口や宿のカウンターが目に入る。
あれ? ここ一階だ。
そっか、昨日歌を聴いててそのまま寝ちゃったんだ……。
寝込みを襲われたのかと頭に血が上っていたんだけど、我に返ると申し訳なくて泣けてくる。
早とちりしちゃった。
このまま戻って謝ればいいんだけど、たぶん顔見たら泣いちゃうから、顔でも洗って気持ちを落ち着けてからにしよう。
そう決めて、一度部屋へ戻るため二階への階段を上がっていく。
こんこん。
部屋をノックするが返事がない。
こんこんこん。
まだ二人とも寝てるのかな?
「おはよー」
声をかけながら、ぎぃとドアを開けると誰もいない。
あれ? どこいったんだろ?
まぁいいや、顔洗おう……。