1日目の終わりに
風を纏いし勇者様
命の息吹 吹かす者
破邪の嵐を起こす者
命に害なす魔の者たちを
その一振りで滅しゆく
強く凛々しいその姿
眼に留める者僅か
南の竜を退治した
北の魔女を懲らしめた
名声だけが広まって
誰が見たのかその雄姿
誰が語ったその武勇
全ては謎に包まれり――
◇
宴会がお開きになり、片付けを終えたヒナとアサギは、詩人の宿泊する1階の部屋へとやってきた。
もっともアサギも同室に泊まることになったので、むしろ男性陣の部屋である。
アサギの荷物――ほぼ4人分の旅荷物――も宿の主の部屋から運び込んだ。
質素な宿だ。
客室に飾りの類は何もなく壁、床、天井すべて無垢の板張り。
どこの宿もそうだと言われればそれまでかもしれないが、安宿感を一層出しているのは、あちこちに見える修繕の痕だろうか。
固いベッドの脇に荷物を置くアサギを尻目に、ヒナは当然のように寝具の枕側に腰を下ろした。
そのせいでまたひと悶着あったのは言うまでもない。
二人の言い合いが収まるのを見計らって、詩人は滑らかな声で、先ほどは話に夢中になり私の歌を聴いていただく場面はありませんでしたが、皆さんと楽しく会食できたのでとてもいい時間でした。とまず謝辞を述べた。
二人は騒いでいたのを終始見られてしまったと恥ずかしくなり静かになる。
詩人が一脚しかない椅子に腰を下ろすと立ったままだったアサギは渋々ヒナの隣、ベッドの足元側に横並びになって座った。
地べたという選択肢も無くはなかったが、なんとなくヒナの横に行ってしまった。
それを皮切りに、尻切れになったヒナとアサギの話の続き、聖都からの旅立ち、行く先として据えられたここ「野ウサギと木漏れ日亭」までの道中、宿を拠点にした後の冒険、事件。様々話し続けた。
ひとしきり話を終えると詩人はお返しにと商売道具の竪琴を取り出した。
木彫りの、煌びやかさは無いが決して安物ではない、熟達した職人による逸品と言える細やかな彫刻が施された、美術品。
その弦にしなやかな長く細い指でそっと触れると、人の琴線に直に響く繊細な音色が空気を震わせた。
ヒナが楽しみにしていた風の勇者の冒険譚を知りうる限り謡い、時に語った。
中にはヒナの知らない話も混ざっており、少女が時折目を輝かせながら前のめりで聴き入っていたのを、歌い手は微笑ましく思いながら優しく見つめていた。
聴き手の反応が嬉しく気持ちよく謡い終えると、正面に仲良く腰かけ聴いていた二人が器用に座った姿勢のまま眠っていた。
ヒナがアサギの肩に頭を載せて絶妙なバランスで支え合っているようだ。
ぶつかり合っているようでいて、こう見ると仲睦まじい。
歌に夢中になり、客を置いてきぼりにしてしまうのが詩人の悪い癖であった。
客が寝ようが帰ろうが終わるまで気が付かない。
それはある意味幸せなことかもしれない。
ふふ。おやすみなさい。いい夢を見られますように。と、起こさないように詩人はそっと二人に毛布を掛けた。
◇
詩人が竪琴を奏でだした頃、宿の主は一日の仕事を終え、床に就く。
心地よい調べがかすかに聴こえるのを楽しみながら、天井を眺め今日を振り返る。
一日終わった。
あいつらが帰ってきたからなかなか忙しかったな。
玄関の修理の手配は済んだから、明日にでもやってくれるだろう。
宴会も新入りのあいつが楽しんでて……まぁちょっと放置っぽくもあったが馴染んできたようだしよかったな。
ガラにもなくオレも楽しんでしまった。
普段ならだりいなと一歩引いてみてるだけだが。
ま、こういうのも悪くないかもな……。
面倒ごとはごめんだが、あいつらがいる以上無理だろうな。
さぁ、人手が増えたことだし。収穫祭、冬ごもりに向けて明日から頑張るか。
オレは目を閉じ明日に向けて英気を養うのだった。
1日目、一区切りです。
だらだらと話が続いて展開が遅くなってしまいました。
引き続きお付き合いいただけたら幸いです。
収穫祭までの10日、そして祭りの後まで描きたいと構想しています。
今度ともよろしくお願いいたします!
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