1日目 21 心当たりと名残惜しさ
「ウィスタリア? そのちいねーちゃんのトモダチ、ウィスタリアって言ってたの?」
いつもふざけた調子のアヤメが、食べる手を止め真面目な口調で前のめりに聞いてきた。
「そうよ。どうしたの?」
「んー。もしかして古い知り合いかも」
あたしの返事を受け、答えるアヤメ。
体を左右に揺らしながら人差し指を唇に当てて、目線を天井にやり考えているようなしぐさをしている。
古いってあんた子供じゃ、と思ったけど……。
悪魔の類だって言うから人間とは寿命の桁が違うのか。
何歳なのよ……。
どことなくアヤメに似てるわね、そういえば……と2年前の記憶を手繰り寄せる。
清楚系好き……とか。
「ん-? なーに?」
「ううん、ひとりごとー」
うっかり呟いたのが聞こえそうで危なかったわ。
変なこと言うとまたからかわれるから気を付けないと。
「それでね、そのあとは……」
「おーい。盛り上がってるところ悪いんだけど、私はそろそろ上がるからね。後片付けは明日やるから置いといてくれていいよー」
と、あたしが話を再開しようとすると、通りのいい声に遮られた。
調理師のお姉さん、ローシェンさんが真っ白な調理服から身軽そうな服に着替え出てくる。
「おー。おつかれ。明日もよろしくな。姉さんによろしく」
おじさんがローシェンさんに返事をする。
お姉さんなんていたんだ……。
厨房の手伝いをすることもあって話したりするけど、そういえばプライベートなことなんて全然聞いてないかも。
「姉さん寂しがってるから、あんたもたまには顔見せなよ。じゃあね、おやすみ~」
おやすみなさーい、ごちそうさまですー、などとそれぞれが口々に言うのをローシェンさんは手を振って返事しながら、壊れた玄関を塞いでいる板をずらし、夜の闇へと消えていく。
「よっこいせ」って聞こえた気がするけど空耳だよね。
「じゃ、そろそろお開きにするか?」
おじさんが切り出すと
「そーだねー。ボクたくさん食べてたら眠くなってきちゃった。ふわぁ~」
「だな。明日からせっせと働かないと、宿代払えなくなるしな」
ちょっとみんなお開きに賛同してるけど、あたしの話めちゃくちゃ中途半端なんですけど!
「え~、ここでー??」
「話し足りないのはまた明日にってことで」
あたしの話が面白くなかったのかな……。ちょっといじけてしまう。
「時間が時間だってことだろ、そんなことで気に病むなよ」
あたしが俯いたのに気付いてアサギが声をかけてくる。
言い方は優しくないけどちゃんとみてるのよね、こいつ。
「後の話なんて、地下道抜けたらアカネさんがいて、小一時間こっぴどく説教を受けた挙句に『あたしが許すまで帰ってくるな!』って言われて、しょんぼりしながら出発したくらいじゃねーか」
「そんなきれいにまとめられると、あたしの立場ないんだけど……」
「ヒナの話は長いんだよ」
う……。
ストレートに言われるとグサッと来るなぁ。
え? もっと詳しく聞きたい? 詩人君が笑顔で声かけてくれる。
「え!? ほんと!? じゃあ、このあと続きを話してもいい??」
あたしの気分は一気に上昇気流。
私も一曲聴いていただきたいですしね、なんて。
昼間の約束も覚えていてくれたのね!
「そうね! まだ聴かせてもらってなかったわ! ぜひお願い!!」
詩人君の言葉に舞い上がってしまう。なんて単純なんだろ、あたし……。
と興奮を隠せない陰で、アサギとジーナの話し声が聞こえてくる。
「アサギさん、いいんですか~?」
「なにが?」
「ヒナちゃんと詩人さんが密室にこもって。何をするか分かりませんよ~?」
「べ、別に俺がどうこう言うことじゃないだろ!」
「あら~、顔が赤いですわよ~?」
「酔ってんだよ!」
ジーナがクスクス笑ってる。からかわれてるのね。
なにムキになってんだか、お子ちゃまだね。
「あー、さっき決めたんだが。アサギ、お前今夜は彼の部屋で泊まれ」
おじさんがそう告げる。
「え!?」
「馬小屋なんかで寝て風邪ひかれちゃ、明日からの仕事に支障が出る。あの部屋はもともと二人部屋だしな。ベッド空いてるから頼んだんだ。男二人なんだからいいだろ」
「え、あぁ、そう、ですね……」
なんだか歯切れの悪い返事をする。馬小屋のほうがいいのかしら。
よろしくお願いしますね、なんて好青年。
アサギ、粗相したらただじゃおかないわよ!
詩人君が軽やかに言い微笑みかけると、アサギはそっぽ剥きながら小声でよろしく……と呟く。
女の子よりかわいいんじゃないかと思うようなにこやかな笑顔は、あたしも惹きつけられる。
けど、それに対するアサギの反応を見ると、なんだか胸がモヤモヤしてしまう。
なんでだろ……。
「くあぁ~~」
やりとりに混ざっていなかったアヤメが、退屈したためか目に涙を浮かべ一層大きなあくびをする。
その無防備な大口に、ジーナがこっそり白く細い指を入れる。
「にゃっ!?!?」
「うふふ。アヤちゃん無防備ですわよ~」
口を閉じる際に、無いはずの指を噛んでしまい飛び上がるアヤメ。
その横でにやにやしながら立ち上がるジーナ。
「おねーちゃんひどーい」
「さ、アヤちゃんお風呂に行きましょ~」
「ちいねーちゃんは~?」
むくれた抗議もしれっとかわす。
置いて行かれまいと気を取り直してアヤメも立ち上がり、あたしに投げかけてくる。
「あ、あたしはさっき入ったからもういいわ!」
「えー? いつもいっしょにくるのにー。」
「詩人さんのところに、勇者様のお歌を聴きに行くんですよね~」
「そうだけど、いちいちからかわないでもらえるかな!?」
「うふふ、じゃあ止めますね~熱い夜を……」
「そーゆーのよ!!」
「わーにげろー」
ジーナがウインクをして歩いていくのを、アヤメがぴょこぴょこと付いて行く。
まったく、いっつもいっつもなんなのよ!
行かなくてよかったのですか? と、詩人君があたしを気遣ってくれている。
「うん、さっき入ったのも、勇者様のお話を聞かせてほしいのも本当だから」
「おーい、残ってるなら食器運ぶの手伝っていけよー」
明日どころか、今から従業員扱いがスタートしてる。
詩人君もアサギもてきぱきと片付けだす。
って、あの二人なんてタイミングで逃げだすのよ!
仕方なくあたしも、と手を伸ばそうとすると、横から布きんが飛んできた。
受け止めることもかわすこともできずに額に当たる。
「ぶへ」
「おっと悪い。嬢ちゃんは運ばなくていいから、テーブル拭いてくれ」
はーい、と返事をする。
どうせお皿割ると思われてるんでしょ。
四人がかりでやると片付けはあっという間に終わり。
おじさんは戸締りの見回り、あたしたちは解放されてそのまま詩人君の部屋に向かい、夜遅くまで話をしたり歌を聴いたりしていたんだ。