1日目 20 ヒナとアサギ⑧ 逃走と再会《後》
「さぁ、追手が来ないうちに!」
サキちゃんがそう促し、一番に入っていく。
その後にコソ泥君が続く。
あ、でもあたし足が……
「足は平気なはずだ、降りてみろ」
ボリーがしゃがみ、あたしは戸惑いながら足をつく。
あれ、なんともない……?
「走りながら治癒の法術をかけておいた」
「すごい! ありがと! ボリー天才!」
あたしが嬉しさのあまり抱きつく。
顔を赤いのは走ったからよね。
重い鎧を纏った上にあたしを背負って走るなんてだけでもすごいのに、ボリーは脳筋じゃなくて冷静沈着であたしより頭もいい。
集中が必要だという法術を走りながら使うなんてすごすぎだわ!
「いいから、早くいくぞ!」
ボリーは苦い薬草でも飲まされたみたいな表情であたしを引きはがし、地面に開いた穴のそばに置く。
あたしはその梯子をそっと下りていく。
中は真っ暗だけど、サキちゃんが魔法で灯りをつけてくれているから足元がわかる。
「サキちゃん!!」
あたしは梯子を下りると、ようやく愛しの天使に抱きつく。
「ひゃっ!? ヒナちゃん~~」
あたしの頬擦りに負けじと押し返してくる。
花のいい香りがする。
さては石鹸変えたな。
「ここまで来れば、ひとまずは大丈夫か」
しんがりのボリーが梯子から降り立つと、サキちゃんがあたしの抱きつかれたまま杖を振るって、天井の穴を閉じる。
「ここは……? それにあんたたちは?」
コソ泥君が疑問を口にする。
「あ、失礼しました。ヒナちゃんを助けてくださりありがとうございます。私はフジムラ・サキ・ウィスタリア。教会で修道女をしています。ヒナちゃん親衛隊会員No.1です」」
「アイボリー・ゾーゲだ。神官戦士として教会に所属している。そしてここは教会が作った緊急の避難路だ。ちなみにヒナ親衛隊会員No.2だ」
「ちょっと親衛隊とか恥ずかしいから!」
サキちゃんとボリーが順に自己紹介をする。
しれっと余計なこと言ってくるから思わずツッコミ。
「親衛……と、ともかく。こんなの作ってたのかよ……教会って恐ろしいな。俺はアサギだ。盗賊をやっている。成り行きでだが、この赤髪さんに脱獄を手伝ってもらった」
「若作りババァに無残に捕まって接吻くらったかわいそうなコソ泥さんよ。おかげで口が排水溝の臭いのよ」
「余計なこと言うんじゃねぇ! ……それで、あんたの名前は?」
「あたしはヒナよ。あたしのおかげで出られたんだからもっと崇め奉りなさい、コソ泥君」
「コソ泥コソ泥言うんじゃねぇ! アサギだ!」
助けてあげたのに突っかかってくるなんて、なんて恩知らずな奴なのかしら。
「それでどうしたの? 二人そろって」
「アカネ先生が嫌な予感がするからって。ヒナちゃんが何かしでかしそうだから、修道女と神官戦士なら怪しくないだろうし、何かあったときに手を出しづらいだろうから様子見てきてってお願いしてきたの。責任はとるから手段選ばないで連れてきてって」
アカネ先生とは、あたしの育ての親の叔母さんのこと。
サキちゃんとボリーはアカネおばさんに師事してるの。
って、あたしが何かしでかしそうだなんて、あの人どこまで勘が鋭いのよ。
「結果ココを使ったが、無断で一般人を入れたのが知られたら、教会からお説教じゃ済まされないかもな」
「そっか……、ごめんね、あたしのためにそんな……」
そんな重大なことしてもらったんだ……。
自分のせいでそうしてもらったと聞くと、すぐに気分が落ち込んでしまう。
「ま、バレなかったらセーフだけどね」
サキちゃんがいたずらっぽく笑う。
大人しそうなのに結構大胆なのがまたたまらない。
「……あ!」
コソ泥君――アサギがいきなり大きな声を出す。
何よ、唐突に。
「えーと、人違いだったら悪いんだが、フジムラさんってもしかして……虹ヶ丘小学校四年三組の藤村咲さん??」
何言ってんのこいつ?
ショウガッコウ? ヨネンサンクミ??
なにそれ??
「え……! あ、あなたは誰ですか??」
目を丸くするサキちゃん。
でもあたしと違って、意味が分かっているよう。
「覚えてないか? 隣の席だったアサギだよ、浅葱青磁」
「アサギくん……!?」
サキちゃんが目ん玉落っことすくらい更に大きく目を見開いたかと思うと、ぼろぼろ涙をこぼす。
「アサギくん! 本当に本当のアサギくんなのね……! よかっ、たぁ……。生き、て、たん、だ……」
美しい輝きを放つ大粒の雫をこぼしながら、顔をぐしゃぐしゃにして泣く。
「ピンピンしてるぜ。いろいろあったけど、な……。」
うん、うん……。と泣きながら必死に頷く。
サキちゃんの過去に何があったんだろうか。そういえば聞いたことない。
とちょっと嫉妬してしまう。
『感動の再開のところ悪いが』
頭に直接響くような声がしたと思ったら、サキちゃんの足元の影から2本の細長いものがひょこっとでてくる。
「「うわぁ!」」
あたしとアサギは飛び退る。
にゅにゅっと生えてきたそれは……耳!?
海から海藻を引き上げるようにずるずると這い出てきたのは、サキちゃんの髪と同じ薄い紫色をしたウサギだった。
ぴょんぴょんと跳ね、器用にサキちゃんの肩に乗る。
「驚いちゃった? ウサギのあー君ですよ」
いやいや、影から生えてくるのはウサギじゃないと思うけど……。でも、これは……!!
「かわいい!! この子どうしたの??」
「いろいろあってね、一緒にいることになったの」
「へぇー、よろしくね、あー君♪」
あたしは挨拶にそっと背中を撫でようとする。
『気安いわ、ニンゲンよ!』
小さな稲妻が走る。
「わ!」
「ちょ、ちょっと、あー君!?」
サキちゃんまで慌ててる。
『我はサキが気にいっただけだ。自称美少女など眼中にない』
プイっとそっぽを向くウサギ。
前言撤回。かわいくない。
「こら、あー君! ヒナちゃんはわたしのお友達なんだから! 仲良くしてくれなきゃもうお風呂一緒に入ってあげないよ!?」
『え! サキ、それだけは……!!』
今度はウサギのほうが慌てる。
いきなり切り札的に脅してるけど……。
「サキ! お前! こんなのと一緒に風呂入ってんのか!?」
ボリーが珍しく動揺した声を出す。口ぶりからウサギの存在は知っていたみたいね。
「アイボリー君、「こんなの」はあー君に失礼よ。綺麗好きなんだから。こんな手じゃ毛づくろいはできても、自分で洗えないもんね」
『そうじゃ。サキは石鹸のいいにおいがするからのぅ』
答えになってないけど。変態ウサギ……。
「こんな口調だし、あー君って呼んでるけど、女の子なんですよ。間違われやすいけれど。だから、アイボリー君が想像しているようなやましいことはありませんから、安心してください、ね?」
サキちゃんにそう言われてボリーは返す言葉がない。ウサギは得意げにふふんと鼻を鳴らすのだった。