1日目 19 ヒナとアサギ⑦ 逃走と再会《前》
すーぱー美少女フジムラ・サキちゃん登場です。
控えめな性格なのに強くてカワイイ、天は二物を与えないどころか何物も与えられた存在。
「えいっ」
かわいい掛け声とともにサキちゃんが塀の上からこちら側に飛び降り、一拍遅れてさらさらの髪がふわっと肩にかかる。
え?
サキちゃん? 助けに来てくれたんじゃないの?
上に引っ張り上げてくれて、そのまま外に行くんじゃないの?
こっち来たらどうやって逃げるの? という疑問が次々頭に沸きつつ、目はそんなゆるふわなサキちゃんを追う。
見とれている状況じゃないんだけど見とれてしまう。
なぜならサキちゃんはあたしの天使だから。
「ヒナちゃん、大丈夫!?」
サキちゃんとあたしは幼馴染。
耳になじんだ天使の囁きに安心する。
あたしがきっとおバカな顔して見ているのにサキちゃんは気にせず心配してくれる。
ぱっちりおめめに、睫毛がまた長いんだー。
「ちょっと足をくじいちゃったみたい。他は元気なんだけどね」
「よかった……」
天使がホッと胸をなでおろす。
この子のしぐさ一つ一つがかわいらしい!
今すぐ抱きしめたい!
「小娘が一匹増えたところで、ワタシから逃げられるとでも思っているのか!」
バイオレットが語尾を無視して怒鳴る。
いやね、オバンのヒステリー。
なんて呑気に考えていると、後ろから重いものが軋む音がする。
「な、門が開いたぞ!?」
コソ泥君が驚きの声を上げる。
脱走者を生きて返すまいと固く閉ざされたはずの重厚な門が、意思を無視されたように再び口を開けていく。
「ヒナ! こっちだ! 逃げるぞ!!」
「ボリー!? な、なんで!?」
金属の部分鎧を大柄な体に身に付けた少年が、木製板を何重にも重ねた分厚い門を無理やりに持ち上げ、こじ開けている。
「いいから早く!!」
「ここは私に任せてください!」
優しい顔から一変、サキちゃんが凛とした表情でバイオレットと下僕たちに向き直る。
サキちゃんはあたしなんかとは比べものにならないくらいめちゃくちゃ強いから、負けることはないだろう。
でも怪我でもしちゃったらと思うととっても心配。
「美少女だぞ……」
「聖女が天から舞い降りたぞ……」
「ああいう清楚系好みなんだよな……」
屋敷の従者たちはサキちゃんの登場に動揺している。
いや、ときめいている。そりゃあそうよね。天使だもの!
「サキちゃんありがと! あのオバさん只者じゃないから気を付けて! ねぇ、コソ泥君! そこ通れる!?」
「よくわかんねぇけど、助っ人ってことだな!? 任せろ!」
サキちゃんはあたしの言葉にこくりと頷く。
少し緊張してるその表情もまたあたしのツボ。
はぁ、ずっと眺めていたい……。
戦力外で何もできなく緊張感も忘れ去ったあたしは、コソ泥君におぶられたままボリーが開けてくれている隙間を抜けていく。
「逃がさないよっ!!」
背後からオバさんの絶叫が聞こえる。
見えないけど背中越しに強い気配、何かが向かってくる圧を感じる。
「サキちゃん!!」
あたしは振り返って叫ぶ。
そこに見えたのは、更に禍々しい闇を帯びたバイオレットの髪。
その勢いはさっきと比較にならず、あたしでも軌道が見えない。
「守護方陣。主よ、守り給え!」
熱した油の中に水を加えたような耳障りな音がしたかと思うと、炸裂音。
くる! と咄嗟にぎゅっと体に力を入れるけど、稲光のような明滅と音だけで何も起きない。
ぐえってカエルがつぶれたような声だけ聞こえたけど、あたし知らない。
サキちゃんが守りの法術で防ぎ切ったみたい。
「効きませんよ! お返しです! 光よ、照らし給え!!」
サキちゃんがそう唱えると、強い光が背後から照らしてくる。
攻撃ではなく目くらましの光を放ったみたい。
薄暗さになれた目には一層強く感じられそうで効果絶大ね。
「くっ!!」
「ぎゃぁあああああああ!!」
「目が、目がぁぁぁぁぁ!!」
雑兵たちがいちいちうるさい。
目を抑え天に吠えたり、大袈裟に地面を転げまわる。
「よし、通った! サキ!」
あたしを背負ったコソ泥君が門の隙間から抜けたのを確認しボリーが声をかけると、サキちゃんは直ぐに振り向き門を抜ける。
ボリーが体を抜くと、地鳴り如き大きな音を立てて門があるべき位置に戻る。
「この役立たずども!」
「あひぃぃぃぃ!」
「申し訳ありません!!」
「ゆ、許さないでぇ! もっとお仕置きくださぁい!」
「ぎゃぁぁあああ!」
おばさんの悔しそうな声と裏腹に、雑兵の嬉しそうな声が門ごしに聞こえる。
守りの法術で防いでそのまま隙もなく目くらましを放つなんて、サキちゃんは天才。
同い年なのに圧倒的に強く、それなのに驕りもしないし、弱っちいあたしの友達でいてくれる完璧美少女。
大好き。
「ここから離れるぞ! ヒナは俺に乗れ! あんたは走れるな!?」
「ああ、大丈夫だ! この子は頼む!」
サキちゃんのことを考えながら、あたしはコソ泥君から手を離しボリーの首につかまる。
視線がずいぶん高くなる。
「ヒナ、なんだかぼっーとしてないか? 大丈夫か?」
ボリーの言葉にはっと我に返る。
「う、うん! 大丈夫!!」
サキちゃんに見惚れてたなんてとても言えないから、取り繕って返事をする。
「こっちです!」
いつの間にか、サキちゃんが先頭に立って道を示している。
あたしはボリーの背中に預けられたまま、全員で走り出す。
往来の人々をすり抜けながら住、宅街の角を何度も曲がり細い路地へどんどん入っていく。
追っ手は来てないみたいだけど……って、行き止まり!?
「はぁ、はぁ、っ。ちょっと、まって、ね」
先頭を走り切ったサキちゃんが息を整えながら、地面を持っている杖でくるくるとなぞる。
大昔に舗装されたきりででこぼこになっている道に魔法陣が浮かび上がり、ぽっかりと穴が開くと地下へと続く梯子が見える。
なにこれすごーい !!
「秘密の抜け道じゃないか! やっぱりあるんだな!!」
コソ泥君がはしゃいでいる。
泥棒の血が騒ぐのか、男子って単純なのか。
藤紫とウィスタリアは同じ色です。
語感が気に入ったので繋げました。