7日目 6 裏庭にて~聞き耳~
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何であたしがこんな目に遭うのよ……!
誰かに監視されているわけではないけれど、律儀に【野ウサギと木漏れ日亭】の周りを走る。
体を動かすのは好きだし、走ることも嫌いじゃない。
でも、人から言われて走らされるのって気持ちが乗らなくて辛さが勝る。
外套のおかげで寒くないけれど、初冬の冷えた空気は肺に沁みるし、じわりと汗ばむそばから冷えていくのは感じる。
「なによ、ちょっと居眠りしたくらいで……!」
思わず声に出した。
ここなら誰もいないはず……だけど自信がなくて、思いながらもあたりを見渡す。
冬でも葉を絶やさない樹の、伸びっぱなしの枝が通りから視界を遮ってくれている。
声が聞こえてたら終わり、かもね…………。
憧れの勇者さまだって期待してたのに、いきなりキ、キスされたり癇に障るようなことばかりするし、勇者ってもっとこう、人格者じゃないの⁉
少なくとも御伽噺の中の勇者様は、もっと人に優しくしてくれそうだったじゃない!
幼い頃のうろ覚えな記憶だけど……、炎に包まれた建物の中からあたしや家族を助け出してくれたのはあの勇者さまじゃなかったの…………?
考えれば考えるほど、沸々と不満が募る。
建物の角を曲がり裏庭に差し掛かろうとしたとき、不意に人の話し声が耳に入ったために壁に背を付け隠れてしまった。
べ、別にやましいことがあるわけじゃ……。
「よいしょ……っと、アイボリーくん、ここでいいの?」
「ああ、助かる。悪いな、手伝わせて」
サキちゃんとボリーじゃない!
姿を見ないと思ったら二人で何してるのかしら……。
まさか、密会?
あたしの知らないところで、二人ってまさか……きゃー!
そうよね、そうよね、だって二人で聖都からこの峠まで旅してくるぐらいだもの。
仲睦まじくなって当然だわ!
胸の中がそわそわしてたまらない。
なによ、あたしったら、歓迎すべきことじゃない。
背中に感じる冷え切った壁のおかげであたしは冷静にいられてる。
そうじゃなかったらとっくに二人の前に飛び出してサキちゃんに抱き着いてるわ。
そうよ、冷静なのよあたしは。
だから二人の様子をそっと伺うの。
「いいんだよ。何かしらお仕事してれば、ヒナちゃんたちを少しでも助けられるって話だから」
切株の上に置かれた肘から先くらいの長さの丸太を武闘僧ボリーが手にした斧で叩き切って、魔術師サキちゃんが割れた丸太をまた切株の上に戻している。
薪割りだ……。
あ、あたし達の代わりに働いてくれてた……?
「……それで、結局いつ切り出すんだ?」
手の甲で顎の汗を拭う武闘僧ボリーが神妙な声で魔術師サキちゃんに問いかける。
神妙じゃないボリーのほうが珍しいんだけどね。
「え?」
「とぼけるな。ヒナの奴を聖都に、アカネさんのところに連れ帰る話だ。」
え?
あたしもサキちゃんと同じ反応をしちゃった。
なにそれ?
あ、あたしを連れて帰る??
そっか、何の理由もなしに二人がこんなところまでわざわざあたしを訪ねてくる理由なんて無いよね……。
あたしに会いたくて来てくれたのかもって、自惚れてた……。
「あ、あははー……。そ、そだよねー……」
「おい……。誤魔化し方がヒナにそっくりだぞ」
いつ聴いてもときめいちゃう天使の囁きで乾いた笑いをする魔術師サキちゃんに呆れたように答える武闘僧ボリー。
あ、あたしっていつもそんな風に言ってるっけ?
なんか恥ずかしいかも……。
「ご、ごめんね? だって、今の二人をみてたらとても引き離すわけには…………。もうちょっと、もうちょっとだけ! アサギくんがせめて動けるようになるまで待ってあげようよ!」
「……。師匠が言うには一刻を争うはずではなかったか……」
「そ、それは……そうなんだけど…………。だって……、だって無理だよう……。納得しないヒナちゃんを力尽くで連れていくだなんて……」
「まぁ、色んな意味で無理だろうな……。まったく。大目玉確定だな」
休憩終わりとばかりに会話は途絶え、薪割りを再開する魔術師サキちゃんと武闘僧ボリー。
切株の上に立てられた太い木は武闘僧ボリーの振り下ろした手斧に触れると最初から二つに分かれていたかのように軽い音を立てて割れる。
そんなに気を遣ってくれていただなんて……。
さっぱりそんなこともわからなかった。
二人に申し訳ない気持ちを抱きつつも、違う感情も沸き立つ。
みんなと離れ離れだなんて、もう冒険に出られないなんて、くだらないことで騒いだりできないなんて……!
あの窮屈な、横暴な教会の様子を窺いながら活動する聖都での生活に戻るなんて……。
アサギ…………。
そうよ、アサギをこのまま置いていくなんて…………。
え?
でも待って。
なんでアカネおばさんがあたしを聖都に呼ぶの?
「なんで⁉ 郷のお母さんがあたしを呼び戻そうとしているんじゃないのっ⁉」
あたしは建物の陰から飛び出し、二人に向かって叫んでいた。
「ヒナっ⁉」
「ヒナちゃん⁉」
「あ…………」
驚きよりも、気まずそうな二人の表情が見えた。
これは完全に悪手だ。
居ても立っても居られずあたしは顔を交差させた両腕で庇って、植え込みの枝が折れるのも構わず無理やりに突っ込む。
「待てヒナ!」
「待ってヒナちゃん‼」
呼び止める声を無視し樹の間を抜け出すと、街に向かって駆け出した。
お母さんの使いだと声をかけてきた、あの白装束の人に真偽を確かめるのよ————。




