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7日目 4 宿の庭にて~建具屋の息子の目移り~

 ◇

【野ウサギと木漏れ日亭】の食堂。

 オレたちはいつもと違う慣れない営業準備にてんやわんやだった。

 普段なら昼どき(ランチタイム)営業をするわけだが、菓子職人パティシエに成り代わった騎士ナイトアッシュお手製の焼き菓子を振舞うお茶会時間ティータイム営業を終日行うことに決めたためだ。


 急な方針転換に戸惑う客もいるだろうが、昨日の盛況ぶりを見たらな……。

 あちこち傷んでいる宿の補修費を賄うためにも、人通りの増える収穫祭の時期に稼げるだけ稼ぎたいわけだ。


 が、オレは食堂ではなく宿の庭にいる。

 曇り空から薄日が時々差す程度の、いかにも冬と言った寒々しい日だ。

 吹きつける乾燥した冷たい風を「木枯らし」とはよく言ったもんだ。



「さってとー」



 暢気な声が隣で聞こえる。

 正しくは身長差から肩より下で声がするんだが。


 今と真逆の季節を思わせる草木の新芽のような瑞々しい黄緑色の二つ尾(ツインテール)を揺らしながら体を捻じったり伸ばしたりと、準備運動らしきことをしている風の勇者さまことモエギ=シャルトリューズ。

 こいつが「女の子になっちゃった͡子を鍛え直すから手伝ってよー」などと言い出したものだから、オレが駆り出されたわけだ。


 食堂に居合わせた奴らと来たら、「勇者様直々に鍛え直す、って? 贅沢だねぇ。いいじゃないか、ラスト。手伝っておいで」とか「俺はお茶会(ティータイム)の仕込みがあるからパスな。頼んだぜ、ラスト」なんて体よく躱しやがって。


「お前ら……一体何のつもりだ……」なんて恨みがましく言おうものなら「いいじゃないか、一緒の時間を楽しみなよ」だとか「十年ブリノ再会ノ時間ヲ大事ニシテホシイダケダ」などとやつらは口々に言い、強引に背を押してオレを建物の外へ押し出しやがった。

 自分たちは暖炉のある部屋でぬくぬくしやがってよ。

 オレより先に焼き菓子食べやがったらタダじゃおかねぇ。



「なーにぶつぶつ言ってんの」


「お前は元気だな……」


「えへー。冬眠から目覚めたばかりだからかな?」



 ったく、オレらの何十倍……下手すりゃ何百倍も生きてるかもしれねぇのに何喰ったらこんな能天気で居られるんだろうな……。


 一人頭の中で文句を垂れていた。

 修行の対象者(生贄)となる盗賊アサギはまだ二階から降りてこない。

 早くしろよな、寒い(さみー)んだよ……。



「おーい! おじさーん!」


「げ……、この声は……」


「約束通り剣の稽古付けてもらいに来たぜ!」



 現れたのは|【野ウサギと木漏れ日亭】《ウチ》に修理で出入りしている建具屋の息子コイズ。

 昨日薬草店とこのエクリュのお守りを押し付けた報酬に剣の稽古とは確かに言ったが……早すぎるだろ。



「ボウズ! アッシュの奴に押し付けようと思ってたのに……なんてタイミングの悪い……。俺は剣は苦手なんだよ…………」


「つべこべ言ってないで、さぁ! 早くやろうよ!」



 言うが早いか背負った素振り用の木刀を抜いて構える。

 やれやれ、持ち方から指南だな……。



「ラスト? この子は?」


「いつも宿の修理してもらってる建具屋の息子だ」


「そっか、よろしくねー」



 言いながら右手を差し出す二つ尾結びのシャル。

 釣られて差し出した建具屋の息子コイズの手を取ると、二つ尾結びのシャルは千切れんばかりに腕を上下に激しく振る。

 不意を突かれて建具屋の息子コイズは体勢を崩してたたらを踏む。



「おわっ、ちょ、待っ! ねーちゃんナニモンだ!?」


「ふっふーん、よくぞ聞いてくれました! おいらこそが~! あの伝せ「風の勇者様だ」おいこら邪魔するなラストぉ!」



 鬱陶しいのでさっさと言ってやった。

 いちいち長いんだよシャルは。

 悔しそうに地団太を踏んでやがる二つ尾結びシャルを訝しげに眺める建具屋の息子コイズ。



「はぁ? マジ? アヤメさんと大して変わんねーのに?」


「ボクがなんだってー?」


「うわぁーっ!? あ、あ、あ、アヤメさん……っ!? あ、いや、その……」



 頭上から唐突に降ってきた声に建具屋の息子コイズは悲鳴を上げる。

 鳥類を思わせる形の透けるような淡く光る翼を背中から生やした夢魔アヤメが”おねーちゃん”である聖職者ジーナを姫抱っこしながら地に降り立った。


 なんで姫だっこして空から降りてくるんだよ、などというツッコミは最早無意味。

 そういうものだと思うしかない。

 おいおいなんでオレの後ろに隠れるんだコイズ。



「あらあら照れて可愛いですわね~」


「強くなってボクのこと守るっていうならさ、ちょっとしっかりしてほしいんだけどー」



 聖職者ジーナが夢魔アヤメの腕から降りる。

 夢魔アヤメが不満げに頬を膨らませる。

 背中の翼はいつの間にか消えているわけだが、腕も脚も丸出しの、なんて寒い格好してやがるんだ。

 法衣ローブ代わりの外套コート着やがれ。



「おいらとキミが似てるとかなんとかってさー、アヤメ=レグホーン」


「ふぅーん。また目移りしてんの? コイズ?」


「ふふ。おませさんですわね~」



 からかいがいのある獲物を見つけ夢魔アヤメも聖職者ジーナも邪な笑みを浮かべる。



「お、お、お、おじさん! は、早く始めようぜ! 稽古つけてくれよ! な!?」


「おいおい引っ張んな」


「おーい、ラストはこっち手伝うんだろー」



 あからさまに逃げなくてもいいだろうに、聖女と悪魔の姉妹から遠ざかろうとする建具屋の息子の抵抗も、二つ尾結びシャルが呼び止めて実を結ばない。



「剣の稽古でしたらわたくしが指南して差し上げますわ~」


「おねーちゃん強いんだよ~」


「あ、い、いや、その……」



 姉妹二人に両腕を取られ攫われていく哀れな建具屋の息子コイズ。

 齢十にして両手に花なんて贅沢の限りだな。

 聖職者ジーナの腕は確かだから稽古つけるのは問題ないだろう。

 ただし、真面目にやってもらえるかは話が別だな……。



「わりぃ、待たせた!」


「アサギってば、階段降りるだけでヘタってだらしないんだもの」


「病み上がりなんだからしょうがねぇだろうが」



 聖と魔の姉妹が遠ざかるのと入れ替わるようにようやく玄関から姿を現した、オレが寒空に駆り出されることになった張本人たち。

 盗賊アサギは舞剣士ヒナの肩に腕を回して半ば担がれている。

 待ちわびたぞ二人とも。



「ちいねーちゃーん、おにーちゃーん、やっほー」


「アサギさん、ご無理なさいませんよう~」



 夢魔アヤメと聖職者ジーナは足を止め、抱えたコイズごと振り返る。

 盗賊アサギの姿が変わったことを知らない建具屋の息子コイズが目をぱちくりとさせる。



「え? アサギにーちゃんどこ? あっちのねーちゃん誰? あれ……? どっかで会ったような……」


「俺がコソ泥のにーちゃんだよ……」



 盗賊アサギはバツの悪そうにボソリと言う。

 あんまり知られたくないというのはそうだろう。



「はぁぁぁぁぁぁ?? か、かわいいじゃねーか……」


「あ、あんたねぇ……」


「おま……女なら誰でもいいのかよ……」



 舞剣士ヒナと盗賊アサギは揃って呆れた顔をする。



「さぁーってー。キミにはもっと分からせる必要があるみたいだねー? コイズー?」


「あらあらアヤちゃん? 優しくしてあげなくては駄目ですわよ~?」


「ひ、ひぃぃぃぃぃ」



 より強く両腕を抱きかかえられた建具屋の息子コイズは地面に着くか着かないくらいの足をバタバタとさせる。

 強く生きろよ、少年。


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