6日目 36 勇者シャルトリューズ①~勇者と巫女と黒い竜~
じゃあ、話を始めようか。
おいらとルベルと、竜の話。
遥か昔……って、見てきたおいらが言うのも変な気分なんだけど。
人々の営みがあったところへ、ある日、黒い竜が現れた。
暴れまわる竜によって、暮らしを破壊され人々は苦しんだ。
それを見かねた女神様の命で、竜を討伐するためにおいらは遣わされたんだ。
竜退治の前に記憶はなんにもない。
どこで生まれたとか、親は誰だとか、そういうの一切合切。
人知を超えた存在――黒い竜を退治することだけがおいらの存在理由だったわけ。
最初は……ね。
ルベルと出会ったことで、人と触れ合うことを覚えたんだ。
ルベル=シャルラハラート。
火の巫女の一族の少女。
それまではずっと孤独だった。
一人でいたから孤独だということも理解できなかった。
人を救うことも正直どうでもよかった。
ただ竜を打倒すことだけが使命。
人々は結果的に救っていただけ。
「ずっと孤独?」
そう。
吟遊詩人の語り継ぐ御伽噺ではすぐにルベル――巫女と出会っているけれど、本当はそこまで何度も何度も竜との闘いを繰り返していたんだ。
そりゃそうだよね。代り映えしない話を何度もするはずがない。
やっつけたとホッとするのも束の間、気が付くとおいらはまた竜の現れた世界や時代に移動してるんだ。
意思と関係なく、ね。
倒しても、倒しても、竜はまた現れる。
時には姿かたちを変えて……。
その繰り返しの果てにとうとう竜は人の姿をして現れた。
あるときは老人、ある時は屈強な男。
あるときは可憐な少女の姿で……。
その͡娘をこの手で殺め、もうこれっきりにしたかったけれど、それでも竜は蘇ってしまって。
さすがに耐えられなくて拠点にしていた小屋から出られなくなったとき、ルベルが現れたんだ。
「噂のお風呂回ですわね~」
「そんなところばっかり反応してるんじゃないわよ!」
あながち外れでも無いけれど。
まぁとにかくしつこい子だったよ。家に引きこもって出てこないおいらを毎日毎日訪ねては朝から晩まで呼びかけ続けるんだ……観念して戸を開けるまで声が枯れても呼び続けて。
開けたら開けたで図々しく入ってきては片付けやら食事やら世話を焼くし。
たとえば、床に散らかっていた近隣の人が差し入れてくれたものの食べ切れなくコバエが集ったりカビの生えたものを平気で掴んでは捨てたり。
服もさ、洗濯する気力が無いから脱いだらそのままなのをざぶんざぶんと泡を立てて洗ってくれたり。
「お背中流しますから!」って下着姿でお風呂場に突撃してきたときはさすがに肝を冷やしたよ。
いくら女同士だからって、逢ってその日に、だよ?
ルベルの世話焼きでおいらが元気を取り戻したのは確かで。
旅に出られ、竜を倒し、そのころにはルベルはかけがえのない存在になっていたから、そのままルベルと静かに暮らすことにしたんだ。
長くは続かなかったけれど。
「たしか……御伽噺ではそのあと、巫女は、ルベルさんは病でって……」
病なものか。
…………いや、病ってことにしたのはおいらだ。
お墓を立てて、一緒になって弔ってくれた顔見知りの集落の人たちに、病気だったって伝えてたんだ。
ほんとうのことは、とても言えなかった。
だって、ルベルは。
ルベルは……っ…………!
おいらが打倒せなかった――打倒すことを躊躇ってしまった少女の姿の黒い竜を、その身を犠牲にして体内に封印したんだっ!
なぜなら、二人で竜と対峙したとき、ルベルは呼びかけたんだ、「お姉さまっっ!!」って……。
その時の竜は、ルベルのお姉さんに取り憑いていたんだ!
「え……」
「なによ、それ……」
巫女の力が無いと言うのも、違う。
ルベルは竜への対抗とする封印の法を体得していた。
それは、ほんとうのほんとうの切り札だったんだと思う。
けれど、竜がルベルの肉親だとしったおいらには迷いが生まれて……。
止めろって言ったのに、おいらが傷つくのも、お姉さまが傷つくのも、これ以上見ていられないからって……!
うぅ……っ…………、……ル………………ルベ………ル…………っ………………。
◇
すまない。取り乱してしまって。
話を続けよう。
竜を封印した後ルベルと共に暮らせたのは、竜がルベルの体内にいたおかげなんだ。
それまでは竜を倒したら、おいらはまた女神さまの導きで竜が生まれ暴れる違う世界、違う時代へ向かっていたから、最初はルベルともお別れのつもりだった。
それを防ぎ、二人の時間を持てたのは降って沸いた幸いだったかもしれない。
ただ、竜がその身にいる間、ルベルは蝕まれ続けた。
頻繁に起こる発作、衰弱していく身体。
けれどルベルは気丈だったよ、最期の最期まで…………。
それが良かったかどうか、わからない。
あのときおいらがルベルのお姉さんの体をした竜を躊躇わずに打倒していたら、ルベルはあんなに苦しまずに済んだかもしれない。
苦しんだ時間の分だけ、かけがえのない時間を過ごせたのは確かだけども……。
吟遊詩人の語り継いでいるバージョンについては、
自作【野ウサギと木漏れ日亭シリーズ】内の
【かぜのゆうしゃさまとくろいりゅうたいじ】にて
フルバージョンお送りしております。
『語り継がれるうちに変容していった昔話』という位置づけです。