6日目 34 勇者様ご一行
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慌ただしい一日だったが、一息つくべく自分たちの夕食とする。
麺麭とレンズ豆煮込みくらいだが、時間も遅くなっちまったし今日はまぁ仕方ない。
おっと、酒はもちろんあるぞ。
片付けの間治療と休息を取らせた者たちも呼び、皆で食事を始める。
一応顔合わせも兼ねて食卓を寄せ、各々の顔が見えるようにした。
つーか、いったい何人いるんだ?
夢魔である幻術士アヤメに生気を分けた反動やらで女性化し未だ満足に体を動かせない盗賊アサギと、その世話役を買っている魔術師サキ、僧兵アイボリーは2階に居るままだが。
その幻術士アヤメ、聖職者ジーナ、舞剣士ヒナの三人に、詩人。
夢魔アヤメに髪と瞳の色以外瓜二つのアイリス=ウィスタリアとかいう魔術師サキの使い魔は、見張りだと言って夢魔アヤメの隣に腕組みして座っている。
これで五人。
でんせつのゆうしゃさま……と言うのもアホらしい、二つ尾結びシャルに、料理人ローシェンと、その姉の墓守バンシェン。
給仕オレンに、精霊使いの耳長チトセ、その弟子ドルイド僧オーツー。
これで十一人。
オレを加えて十二人か。
「俺をわざと外すは好意の裏返しかなぁ?」
わざと頭数に入れなかったのだが、めんどくせぇこと言い出しやがる騎士アッシュ。
心を読むな心を。
仕方ねぇな、十三。
いつの間にこんなに増えやがった……。
簡素な食事とは言え人数が人数だけにまた洗い物が面倒になるじゃねーか。
酒の在庫も気になるな。
オレが半ばヤケクソに麦酒を煽っていれば、会話を切り出したのは二つ尾結びの勇者さまシャルだ。
「黒い竜退治だっけ? あのおとぎ話も大概だよねー。いくらおいらがズボラでだらしないからってさー、女の子が男を風呂に入れるなんて子供向けの話でしないだろーフツー。女同士だからルベルもお風呂入れてくれたんだし」
何を言いだすかと思えば長い年月を経たボヤキだ。
「お風呂に入れられた下りは事実なのかよ……」
「あ、バレた?」
呆れて返せば笑ってごまかす二つ尾結びのシャル。
「ルベルって、さっき樹人のところで言ってた名前……」
長方形の卓の中央に陣取った二つ尾結びシャルと、端に座り明らかに避けている舞剣士ヒナだが、話す内容は気になるようで反応を示す。
「お? 気付いた? そう、ルベル=シャルラハラート。直系では無いけど君の遠い遠いご先祖様さ、ヒナ=シャルラハラート」
「直系ではないって?」
「ルベルはさー、おいらと一緒に暮らしてたんだよ? 女同士だから、おいらたちの間に子供は生まれなかったんだ。ルベルは自分のこと末娘だと言ってた。つまりキミはルベルのお姉さんの子孫だよね」
そんなことを言われてもピンとこないだろうに。
言われた舞剣士ヒナは食べる手を止め、俯く。
「ねー、おねーちゃん」
舞剣士ヒナの向かい、長方形の食卓の隅で隣り合っている幻術士アヤメと聖職者ジーナのコソコソと話す声が聞こえてきた。
「どうしたの? アヤちゃん」
「ボク、おねーちゃんとの子ども欲しいなー」
「まぁ」
「ぶふーーーーー!! げぇーほっ! げっほ!」
「うわぁっ!」
義妹からの申し出に聖職者ジーナは頬に手を当ててうっとりする。
隣で聞いた使い魔ウィスタリア、腕組みをようやくほどいて麦酒を口にした矢先、吹き出した。
厨房から戻り着席すべく椅子を引いた料理人ローシェンだったが正面から襲い掛かる飛沫に飛び退き、危うく難を逃れた。
まだまだ現役だな、こいつも。
「あれぇー? ウィー、顔が赤いよぉ?」
「き、貴様が突然ふざけたことをぬかすからじゃっ!」
「ふふーん、ウブなんだぁ。あの大人しそうなご主人様とはそーゆーことシないワケぇ?」
「やかましい!」
「あらあら、可愛いのねぇ~」
酔いなどまったく回っていないだろうに、自分と同じ顔に酔っ払いよろしくウザい絡み方をする夢魔アヤメ。
当然悪ノリをする聖職者ジーナ。
「何を言ってんのよ! あんたたちはぁっ! 他所でやんなさーいっ!!」
黄色髪姉妹の向かいに座った舞剣士ヒナが立ち上がり、二人を指差し声を荒げる。
やれやれ、また始まった。
「ちいねーちゃん、なんで怒ってるのー?」
「乙女心は難しいのですわ~」
ケタケタと笑う幻術士アヤメ。
その隣で、そっくりな顔立ちの使い魔ウィスタリアは切れ長の目をまん丸に見開き、硬直している。
こっちはそういう話に免疫無さそうだな。
いつもなら火に油を注ぐ形になり益々怒りを買うだけなのだが、今日は怒りの矛先が別に向かった。
「それで、あんたが本物の風の勇者様だとして、野ウサギと木漏れ日亭は何の関係があるわけ!?」
舞剣士ヒナの剣幕に、普段ずけずけと物を言う二つ尾結びシャルがやや躊躇いがちに答える。
「それはね……」
「はぁぁぁ⁉ 経営者ぁぁぁ!?!?!?」
驚きのあまり立ち上がる舞剣士ヒナ。
卓の上の麦酒は隣に座る給仕オレンが素早く抱え避難させていた。
「ちいねーちゃん声が大きい……」
「また服を濡らしてしまいますわ~」
「ガサツな女だ……。サキとは比べ物にならんな」
幻術士アヤメが苦言を呈せば聖職者ジーナと使い魔ウィスタリアが同調する。
「今日まで十年間音沙汰無しで行方不明だった、な……」
「十年もっ!? 何してたわけっ!?」
「ほらみろ、皆聞くじゃねーか」
「ぶー」
音信不通が大したことないと言っていた二つ尾結びシャルも、舞剣士ヒナからも責められたことでバツが悪そうだ。
「皆様どういうご関係ですの~?」
「あぁ……、オレら――オレとローシェン、バンシェン、オレン、チトセ、アッシュ、此処に居ないがアカネ……舞剣士ヒナの育ての親であるアカネ――皆二つ尾結びシャルの冒険者仲間だったわけだ」
「勇者様一行ーっ!?」
一度着席し直した舞剣士ヒナが卓に手を叩きつけながら再び立ち上がる。
麦酒は左横の給仕オレンが、豆スープは右横の詩人がそれぞれ抱えて守っている。
「なんで、なんでみんなして勇者様のこと知ってるのに隠してたの!? あたしが勇者様のこと捜してるって分かってるのに……!」
「口止めされてたんだ、アカネに」
「ヒナ、あんたは一つのことに夢中になると危険を顧みずに飛び込むだろ。勇者様と一緒に旅しようものなら命が幾つあっても足りないからね……」
しみじみと言う料理人ローシェン。
女神の加護により不老不死の体である勇者シャルと、ただの生き物であるオレたち旅仲間には圧倒的な実力差があった。
必死に喰らいついて旅について行ったわけだが、オレたちにしてみれば苦い想い出でもある……。
「それにしても、ゆーしゃさまってどっかで見たことある人だねー」
「アヤちゃん! そうですわ。ヒナさんにいきなり口づけをしたお相手って、墓守の館の地下の酒蔵で氷漬けになっていた人ですわ……」
「あー! あのときの!」
「おいおいどういうことだシャル? お前……諸国漫遊って言ったよな?」
「いやぁ早く帰ってきたもんだから少しばかり冬眠をですねえ」
再び二つ尾結びシャルの脳天に拳骨を繰り出す。
「いったぁ~」
ぶたれたところを両手でさする二つ尾結びの勇者様。
拳骨ごとき碌に効いていないだろうにいっちょ前にそぶりを見せやがるな、こいつは……。




