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野ウサギと木漏れ日亭 #ウサれび【電子書籍化作業中】  作者: 霜月サジ太
6日目 夜 ~オレたちの話をしよう~
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6日目 33 ヒナの困惑

 草木の新芽が芽吹いたような萌黄色の髪を二つ尾結び(ツインテール)にした、どっからどう見ても十代半ばにしか見えないお子ちゃまみたいな女・モエギ=シャルトリューズ。

 こいつこそが吟遊詩人の奏でる御伽噺おとぎばなしにもなっている「風の勇者様」本人であると知り、悲鳴に似た素っ頓狂な叫びをあげた舞剣士(ソードダンサー)ヒナ。

 そりゃ、まぁ……驚くわな。

 オレらも出会った頃は信じられなかったわけだし。



「ちいねーちゃん、声大きすぎいー」


お茶会(ティータイム)楽しまれている客席の皆様にご迷惑をおかけしそうですわ~」



 同じように初耳であろうが、幻術士(イリュージョニスト)アヤメと聖職者(クレリック)ジーナの黄色髪姉妹は特別な感想も無いようで。

 厨房端に置かれた木箱コンテナに腰かけては舞剣士ヒナの動揺っぷりに文句を付けている。


 驚かれた張本人シャルはどこ吹く風。

 鼻歌交じりに積まれた食器を涼しい顔して洗い上げていく。


 焼き菓子と紅茶を届けた給仕(ウェイトレス)オレンが客席(フロア)から厨房へ、呆れた顔をして下がってきた。



「帰ってきたと思ったらいきなりなんだい。丸聞こえでさ、客席で何事かと騒がれてるって……。ローシェンと二人で軽く誤魔化したけどさ、無理があるって」


「だ、だってだってだって! あたしがずっと旅のお供をするって夢見ていた勇者様がよ!?」


「だーかーらー、声が大きい」


「う……はい……」



 料理人クックローシェンが声を低くし注意すれば、さすがに興奮した舞剣士ヒナでも大人しくなった。



「おいらが女の子だったら不都合でもあるのかい?」


「えと……」



 勢いが削げたところで素朴な疑問を投げたのは本人――二つ尾結びのシャル。

 皿を洗う手は止めないで、目線も向けずに淡々と問う。

 問われた舞剣士ヒナは答えに窮し俯く。


 勇者様が世界の滅亡を目論む破壊論者だったら困惑するだろうが、性別程度で騒がれても、という二つ尾結びシャルの気持ちも分かる。



「まぁ……。ヒナさんったら。得体も知れないのに、勇者様にお逢いできたならそのまま旅という名目でいちゃいちゃするつもりだったなんて……」


「そーなのー? ちぃねーちゃんフケツー」


「な……! 誰もそんなこと……!」


「暗ニ言ッテルナ」



 いつもの調子で揶揄からかう黄色髪の姉妹だが、聖職者ジーナの言い方に棘があり目が笑っていない。

 墓守のバンシェンも同調する。



「あ、あたしはっ……幼いころに火事からあたしや家族を助けてくれた勇者様に憧れて……っ! あのときは、柔らかい春風に包まれた感覚しか無くって、勇者様の姿とか顔とか全然覚えが無くって。それで吟遊詩人の奏でる風の勇者様の物語を聴いてはどんなに素敵な方なのかと心を躍らせていたの……っ!」


「へぇー。そんな風に思ってくれてたんだ。嬉しいねぇ」



 顔を真っ赤にして反論する舞剣士ヒナには、二つ尾結びシャルの好意的な言葉も届かない。

 注意されても尚、気持ちがたかぶれば声の大きさを調節できていない。


 こんな調子で興奮が続けば、また扉やら壁やら壊されかねない。

 雲行きが良くないな。



「まぁ……ちょっと落ち着けヒナ……。ひとまずだな、陽も沈みかかっている頃だし、今いるお客まででお茶会(ティータイム)を閉めよう」


「まだ並んでる残りの客にはどうすんだ?」


「あるだけの焼き菓子持ち帰りにして安価リーズナブルで買わせてやればいいだろ? また明日営業すればいい」



 製菓担当の騎士ナイトアッシュがしょーがねぇなーと零しつつ、行列を整理する部下へと伝達する。

 それぞれの持ち場から返事があり、客を煽らない程度に片づけを始めた。


 食堂を閉め終えるまでしばらくかかるだろう。

 ひとまずは厨房から一番近いオレの部屋で森へ行っていたやつらを休ませるか……。


 洗い物を二つ尾結びのシャルに任せ指示出しに専念。

 だりぃな……。


 いちばんの負傷者であろうドルイド僧オーツーの治療は精霊使いの耳長エルフチトセに任せ、舞剣士ヒナと、一応幻術士アヤメ、聖職者ジーナも休ませる。

 見たところ元気そうだが元々病み上がりで出掛けてるからな、見えない疲労が無いとも言えない。


 そんなオレの姿を食器洗いしながら眺めていたらしい二つ尾結びのシャルが、一段落したところで含み笑いを隠さず話しかけてきた。



「ふぅーん。立派になったねぇラスト。あるじとしての役割も板についてきたんじゃなぁい?」


「誰のせいだ、誰の!」



 こいつは全く悪びれた様子が無いな……。


 騎士アッシュの手掛けた焼き菓子と紅茶の評判はすこぶるよく、持ち帰りで出した分はあっという間に完売した。

 一方席に着いてお茶会を堪能していた客は思うように引かず、片付け終わったころには陽がすっかり落ちていた。

 窓の硝子が鏡のように己の姿を映し出す。

 普段であれば晩餐ディナーの営業を始める頃合いだが、碌に仕込みもしていない。


 ……こりゃ晩餐の営業してる場合じゃねーな。

 仕方ねぇ……今夜は臨時休業にして、それぞれの話を聞くとするか……。


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