1日目 14 ヒナとアサギ② 盗賊と美魔女《後》
花の香りをまとった下水の味。
一瞬が永遠……。
「んふふふっ☆ おいし☆」
オバサンは口を俺から離してそう言い舌なめずりをすると、やっと顔から手を離す。
解放された、と感じ油断した。
クソババアはそのまま、つつーと首を伝い体のほうへ指を這わせていき、胸と下半身をさわさわとなでてくる……!!
「うぁっ……」
さすが色ボケ、テクニシャンなのか、軽く触られただけで意思とは裏腹に情けない声が出る。
やだもう死にたい。
「あらあら敏感じゃない☆」
しつこく撫で回してくるオバァの手。
豊満な胸も押し当ててきて、反応してしまう体が恨めしい。
興味は無いんだよ。もうやめてくれ……。
立ち込める悪臭で抵抗する気力が失せているが、このままではまずい。
貞操の危機とかいうやつ。
そう思っているとドスドスと鈍い足音が聞こえてきた。
「はぁ、はぁ、し、失礼いたします!! ご主人様!! また侵入者です!!」
息を切らした衛兵らしき格好の小太り男が、礼もそこそこ猫背のまま報告する。
「ちっ! いいところを邪魔しおって!!」
険しい顔で睨むと、衛兵も付き人も青ざめている。
機嫌を損ねたらまずいやつかと解釈する。
「続きはあとでゆっくりしましょうね~☆」
俺に向かってにっこり微笑み、屋敷の主は牢を出ていく。
付き人が錠をかける非情な音が鳴ると、最後にウインクを飛ばし踵を甲高く鳴らして遠ざかっていく。
見たくもないウィンクを見てしまった自分を呪う。
しんがりの従者がこちらに目を向け、一瞬睨まれたように感じた。
え、もしかしてオバサンのチュ~で嫉妬??
勘弁してくれよ……。こいつら頭おかしいよ……。
……。
いっそ十歳で野垂れ死んでいたほうが良かった。
囮になんてなるんじゃなかった。
十五年の人生、最大の後悔……。
うぇっ、気持ち悪い。
口ゆすぎたい。
なんなら袖で拭うだけでもいいが、縛られていてそれもできない。
排水口のような残り香が自分から発生している。
果てしなくブルーな気分になりつつも、状況の打開を考えなくては。
なんとか縛られた状態から抜けられないものか。
足音は聞こえなくなった。
牢は一つ、見張りはいない。
こっそり忍ばせておいたピッキング用の針金を取り出したものの、両手首にはめられた手錠の鍵穴には角度が悪く入れられない。
「クソっ!」
悪戦苦闘するが一向にはまらず、悪態をつく。
「なーにしてるのかなー?」
……!!
突然の声にビビッてしまい大事な針金を取り落とす。
乾いた心細い音を立てて手の届かないところまで転がる。
終わった……。
足音が全く聞こえなかったのは、集中しすぎていたからか。
聞こえたのはさっきのオバサンとは違う声の主。
もっと若いし癇に障る語尾じゃない。
どっかで聞いたような……?
牢の外に目をやると同い年くらいの少女が手を後ろに組み、椅子に縛られている俺に目線を合わせるよう前かがみに立っている。
前かがみでも谷間皆無。
いつの間に来たんだよ。
暗がりでよくわからないが赤っぽい髪をしているようだ。
へそ出し脚出しの服装、おっぱい小さめ。
あれ、この格好どこかで。
「ねぇ、初対面の美少女に向かって何か失礼なこと考えてない??」
「いや、まったく」
思っていることに気づかれたのか不機嫌な声色だ。
勘がいいのかよ。
良すぎだろ。
てかなんだよ美少女って。
「かわいそうね、仲間に見捨てられて」
「違う、オレが囮になったんだ」
「へー、じゃあ覚悟の上で捕まったの? ここの女主人の噂は知ってるでしょ?」
「噂も何も、さっきご本人直々にお誘いにきやがったよ……、むちゅっとされたよ……」
「ぷぷー! やだー! かわいそー。それとも、あーゆーのが好みなの??」
上から目線で挑発してきたり、からかってニヤニヤ笑う女。
絶妙にムカつく。
バカにしてんな、こいつ。
「ふざけんな。あんたならともかく、あんな下水臭のおもちゃにされるなんて御免だ」
「ふぇっ!?!?!?!?」
急に奇声を発する。なんだこいつは。
「あ、あんたならって……。や、やだ、あたしは別に、あんたのことを誘いに来たわけじゃないんだけど、そりゃ、ちょっと見た目は好みかもしれないけど……、会ったばかりでいきなりそういうのはちょっと、なんていうか……」
なんだか俯いて一人でモジモジしだしたぞ。
俺なんか言ったか?
それとも尿意もよおしたか?
「嫌いっていうのとは違うんだけどさ、ほら、やっぱり物事には順序があるじゃない? だから、その、まずはさ……」
壁に向かってブツブツ言うが離れていてよく聞こえない。
話すなら人の顔見て話そうぜ。
ってか何しに来たんだこいつ。
「誰かそこにいるのか!?」
この地下牢に続く階段の入り口、つまりは頭のほうから怒鳴り声がする。
「やばっ!! 見つかっちゃった!!」
こっそり来たにしては不用心にもほどがある。
さっきの奇声が大きかったせいでバレたから百二十%あんたのせいだ。バカ女。
「ど、どど、どどどど、どーしよー!」
右往左往、オロオロわたわたと何をするでもなく慌てている。
見つかった時のこと何も考えてないのかよ。
この女、とことんバカだな。
あーあ、と俺は大げさにため息をつく。
その息は未だに排水口臭がしてさらに俺の心を幻滅させた。