6日目 31 彼の者は若芽の如く鮮やかな黄緑色した二つ尾結び《ツインテール》
ひょっこりと現れた【野ウサギと木漏れ日亭】の経営者モエギ=シャルトリューズ。
大地に萌え出た若芽を思わせる、褐色肌に鮮やかな黄緑色した二つ尾結び。
その二つ尾と交差するように尖った長い耳。
忘れもしねぇ……十年前とまるで変っちゃいない。
「しゃ、シャルっ……!?」
「ラスト、みんな。久しぶりー」
「おま……」
言いたいことが山ほどあったはずだが、いざ本人を目の前にすると言葉が紡げない。
オレは言葉を見失ったまま無言で歩み寄り……。
「いたっ」
小柄なそいつの、オレにとってちょうどいい位置にある左右二つ尾の真ん中に拳骨を落とした。
「クソったれ! 十年も留守にしやがって! 働け!」
「再会の挨拶それ……?」
ぶたれた頭を両手で抑え目尻に涙を浮かべる褐色肌に鮮やかな黄緑色の二つ尾結びを垂らした少女。
その目を奪われる薬草酒色の瞳での上目遣いにオレはとても弱いが、ここは心を鬼にして厳しく対応する。
「ったりめーだ! 経営者だろうが!」
「ふっふー。照れちゃって」
オレの胸の内など知る由もないはずなのに、ニヤニヤとオレらを眺める視線があった。
視線の主は今は給仕係をしている料理人ローシェン、給仕オレン。
片付け役の墓守バンシェンにお茶会の厨房業務一手に担っている騎士アッシュまでも……。
「照れ……?」
キョトンとした表情で首を傾げる二つ尾結びシャル。
「十年待ちわびた相手が現れたんだからなー。照れないわけないよな」
おい?
「居なくなった当初のラストの落ち込みようったらねー。罪なオンナだよシャルは」
おいおい?
「一日中窓ノ外バカリ眺メテナ……アレハ見テイラレナカッタナ」
おいおいおいおい?
「そのためにアタシらがココ手伝い始めたようなもんだし」
「お前ら! うるせぇ!」
我慢ならなくなって声を荒げた。
ドアの向こうは客が大勢いるんだが……。
幸い客席も大いに賑わってくれているからオレらの声も紛れてくれた。
ったく、余計なことしか言いやがらねぇ。
「はいはい」
気の無い返事と共に各自が持ち場に戻っていく。
ここでうやむやにされてたまるか。
「それで?」
「ん? なに?」
泡だらけのてを一旦止め、すっとぼける二つ尾結び。
その褐色の頬を両手で引っ張る。
「『ん? なに?』じ ゃ ね ー よ 。十年間どこをほっつき歩いてたんだ? 説明する義務があんだろ」
「ひたひひたひ。んもー。あれだよ、”しょこくまんゆー”ってやつ」
「んなワケあるか!」
「ほんとだってば」
「じゃあ何処行ったか言ってみろよ」
「……うぅー、えーと……、それはあのー……、筆舌に尽くしがたいと言いますかー」
「嘘じゃねーか!」
「うぅ、信じてくれないんだ。かなぴぃ」
「かなぴぃ、じゃねー!」
なんだかんだ二つ尾結びシャルの間に巻かれ話をはぐらかされている。
「見てよあれ。束縛系のオトコやだねー」
「ほんと。手伝えって言ったり説明しろって言ったり……」
「外野は黙ってろ!」
なんでオレ以外怒ってねぇんだ……。
お前らもとばっちり受けてるじゃねーか……。
「ハッハッハ。懐かしいねぇこの感じ」
「あとはアカネが居ればねー」
「アイツハイツモ素ッ気ナカッタナ」
なんやかんやと声が聞こえるが、いちいち反応している場合じゃない。
目の前のコイツはマトモに答える気無いし……。
オレらが話し込んでいる間にも客はどんどん入れ代わり、途切れることなく入ってきていた。
「何でもいいけど皿洗ってくれねー? 次の盛り付けが出来ねーよ」
洗い物の手が止まっていたのは失態で、一方の騎士アッシュはオレに絡みながらも紅茶と焼き菓子を滞りなく用意していたし、料理人ローシェンも給仕オレンも滞りなく盛りつけられたさらと紅茶を運んでいた。
焼窯を開くと焼き菓子の焼きあがった香りが広がる。
オレの分は残るのだろうか……。
「手伝おーか?」
「手伝うじゃねー! テメーの店だっ!」
「ひゃう」
二つ尾結びのシャルは褐色の尖った耳と眉を下げ、水を溜めた流しに浮かんだ棕櫚の束子手に取り、大人しく皿を洗い始める。
わかりゃあいいんだ、わかりゃあ。
「シ、シャルさまっ!?」
せっかく二つ尾結びのシャルが働き始めたのに、また邪魔だてが入る。
卓から片した食器を下げに厨房へ戻ってきた耳長のチトセが慌て裏返った声を出す。
そう、こいつらは同じ耳の形をしているわけだ。
「ななな、なにをなさっているのですか! 皿洗いなど!」
「お前の仕事だ! ってラストがー」
「わ!」
「おっとっとっとと」
皿を運ばせていた耳長チトセの精霊召喚が冷静さを失って解除になり、床に落ちかけた食器類を料理人ローシェンと給仕オレンが滑り込んで捕まえる。
危うく大惨事だったから、二人の瞬発力には感謝だ。
自身の失態は意に介さず、普段は涼しい表情を崩さない耳長の精霊使いチトセは血相を変えてオレに掴みかからんばかりに近づく。
「この赤錆頭! なんという無礼を!」
「無礼なもんか」
「モエギ=シャルトリューズさまですよ! あの偉大な! 伝説の!」
「んなこたぁ知ってる。けどなぁそれは昔の話で、今のこいつはここの経営者で! 十年もここをほっぽり出してフラフラしてやがったんだ! ツケ払うのが当然だろうが」
オレらが頭越しに怒鳴るその下で静かに、袖をまくった肘近くまで泡だらけにして洗い物をする二つ尾結びのシャル。
ちなみに二つ尾結びのシャルは流し台に背が足りないため、柑橘の入っていた木箱に乗って洗い物をしている。
それでも尚、オレと耳長チトセは頭越しに怒鳴り合うわけだ。
「シャルさま! あとはこの赤錆色の礼儀知らずがやりますので、どうぞお下がりください!」
耳長の精霊使いチトセは纏った法衣の裾が汚れるのも構わずその場に膝をつく。
「誰が礼儀知らずだ誰が」
「ちーは相変わらず堅苦しいなぁ。平気だよ、へーき」
「し、しかし……」
このやり取りがいつまで続くのかとうんざりしかけた。
その時。
「ただいまっ!!」
豪快、いや乱暴に扉を開け放った音と共に、聞き慣れた声が入ってきた。