6日目 30 お茶会営業と珍客
~6日目これまでのあらすじ~
攫われた聖職者ジーナ=レグホーンを救い出すため、夢魔アヤメ=レグホーンに生気を吸わせた盗賊アサギ=セイジは女の子の姿になった。
彼を元の姿に戻す術を手分けして探す【野ウサギと木漏れ日亭】の面々。
墓守で屍人のバンシェン、耳長のチトセ、薬草店主のベージュは古い記録を当たりに薬草店へ向かった。
舞剣士ヒナとドルイド僧オーツーは神樹へ知恵を借りるため精霊の森の奥地へ向かうものの、神樹が火吹き蟻に襲われ燃えており、奮戦敵わず危機に陥るも、突風と共に現れた黄緑色髪の二つ尾結び褐色肌少女に救われる。
何者かと問う舞剣士ヒナに対し二つ尾結びの少女は【野ウサギと木漏れ日亭】に戻ったら答えると返す。
助太刀のため後を追ってきた夢魔アヤメ、聖職者ジーナと合流した舞剣士ヒナとドルイド僧オーツーは厄介ごとに見舞われながらも【野ウサギと木漏れ日亭】へと辿り着こうとしていた。
一方、療養中である盗賊アサギは魔術師サキと僧兵アイボリーから舞剣士ヒナを聖都へ連れ帰る命を受けていると打ち明けられ意気消沈、寝台から動けないままであった。
そして、【野ウサギと木漏れ日亭】店主ラストをはじめとする大人組は、それぞれの帰りを待ちつつ食堂の通常営業を続けているのだった。
◇
「だりぃな……」
「まーたラストの『だりぃ』が始まった」
オレのうんざりにうんざりで返すのは給仕オレン。
オレが一応主を務める食堂併設の宿屋【野ウサギと木漏れ日亭】の食堂部分。
昼どき《ランチタイム》営業を終え、自分たちの食事も済ませ、夕食営業に向けての仕込みを始める時間帯だ。
窓から差し込む陽射しがだいぶ傾いていて夕刻と呼ぶ時間帯も近い。
随分と陽が短くなったもんだ。
外に出たやつらは日が暮れるまでに帰ってくるだろうか。
あいつらが動いてんのにじっと待つだけなど性に合わないが、迎えに行くにもどこをどう探せばいいやら見当つかず行くに行けない。
「うるせーな。ったく、暢気に食堂営業なんてしてる場合じゃねぇだろうが……」
「何言ってんだい。悠長なこと言っててると店が潰れちまうよ」
「そーそー、宿での稼ぎなんてたかが知れてるし。こき使えるやつらが出払って他所からの仕事の請負も出来ないんじゃ食堂を盛り上げるしかないじゃないか」
給仕オレンの返しに厨房から顔を覗かせた料理人ローシェンが便乗する。
食堂に居るオレたち以外で宿に残っているのは寝台に臥せったままの盗賊アサギに、その看病役を担うサキとかいう魔術師の嬢ちゃんと、その相棒らしい愛想の悪い僧兵。
「そういうこと。本日のお茶の時間は完熟葡萄の煮詰たっぷり添えた焼き菓子に春摘みの紅茶だ。明るく行こうぜっ」
厨房の奥からさらにもうひとり、どこで手に入れたのか春色鮮やかな花柄刺繍をあしらった前掛け姿をした背の高い男が顔を出す。
一応聖都の遊撃騎士隊長……のはずなんだが。
やけに精巧な刺繍はどこかの特産品か、高いんじゃないかそれ。
「待てアッシュ。なんでお前厨房に居座ってんだ? ……お茶の時間って何のことだ?」
「昼どきと晩餐の間に時間があるだろ? 宿の準備するにしても人手が余るし、アッシュがいるなら菓子任せられるからお茶会営業したら売上増やせるんじゃないかってことでさっき決めたんだけど」
騎士アッシュへの問いに料理人ローシェンが答える。
売り上げが上がるに越したことは無いが、騎士アッシュの滞在を許可した覚えはない。
聖都から遠征で来た遊撃騎士部隊の隊長なんだから自分たちの宿があるわけで。
それを職務放棄して暢気に窯で菓子焼いてるなんざどうかしてるだろ。
「誰が決めたんだ?」
「あたしとオレンとアッシュ」
「なんでオレが入ってないんだ?」
「三対一で決まりでしょ」
「…………」
深く深ーくため息が出た。
「ウチの部下が暇してるから町まで呼び込みに行っててな。もう表に待ちの列ができてるらしいぞ」
「列ぅ? 大袈裟なこと言ってんじゃね……ぇ……えぇ⁉」
「何素っ頓狂な声上げてんのさ」
「ま、窓から覗いてみろっ!」
見たくないものが見えた。
初冬に差し掛かる頃の昼下がり。
ちょっともう表で待つには寒いといえる時期なのに……宿の入口手前から街の方角に向けてずらぁ~っと並ぶ人、人、人……。
甘味とあって女性の姿が目立つが、ちゃっかり甘味好きと思わしきおっさんどもの姿も見える。
これから始まる修羅場を想像し、俺はその場にしゃがんで赤錆色の頭を抱える。
その上から給仕オレンと料理人ローシェンが窓を覗く。
「おーおー。なかなかの人数が集まってんねぇ。さすが一番のかきいれどき」
「ざっと五十? 焼き菓子足りる?」
「まだまだ焼くぜ!」
「お前らなんでそんな元気なんだよ……」
「うじうじ悩んでても始まらないだろ、ハニー?」
イラつく呼び方は無視する。
毎年開かれる収穫祭に他所の手伝いをすることはあっても自分たちが催しを仕掛けることは無かった。
そのため一年で最も人が集まる街の賑わいとは無縁にこれまでの十年はやってきたのだが、ちょっと呼び込みするだけでこうも集まるのか……。
「隊長ー! 先頭のお客さん中に入れてもいいですか―⁉」
「おう! いいぜ!」
「みなさまお待たせしましたー! 順番にご案内しまーす!」
若手の騎士と思われる若者が陽気に声を上げる。
「仮にも爵位あるような家柄の子息に店の呼び込みなんかやらすなよ……」
「どいつも新鮮ですっ! ってノリノリでやってるぜ? 聖都に居たんじゃ一生やらせてもらえないだろうからな。貴重な社会経験ってやつだ」
「物は言いようってか」
「まぁ聖都に戻ったら無職かもしれないからな」
厨房脇に引っ込み呆気に取られているオレを尻目に続々と客が着席し、給仕オレンと普段は厨房に引っ込んでいる料理人ローシェンが、菓子職人と化した騎士アッシュの盛った焼き菓子と淹れた紅茶を息ぴったりに運ぶ。
舞台を観るような軽やかで無駄のない動きだ。
衰え知らずだなと、昔を思い出す。
あの二人はいつもああやって先頭に立ち戦場を駆けまわっていた……。
「美味シソウナ菓子ダナ。一ツ戴コウカ」
「私も食べようかしら。葡萄の煮詰がよさそうね」
「バンシェン! チトセ!」
客席を超えて厨房手前までやってきたのは透き通るような肌をした耳長の精霊使いチトセと、生気のない土色の肌をした墓守バンシェン。
なんとも両極端な風貌は誰からも目を引く。
「姉さんたち! 帰って来て早々悪いんだけど空いたお皿下げててくれない?」
「人使い荒いわね……調べものして疲れてるのよ、こっちは」
「こっちはずっと営業してんだから! お互い様!」
「盛況ナノハイイコトダ。手伝オウジャナイカ」
「んもぅ……」
妹ローシェンの依頼に乗り気で応える墓守バンシェンの魔術と、しぶしぶ手伝う耳長の精霊使いチトセの精霊術で洗い物が続々と下げられていく。
卓が片付くと、片付け待ちで入れずにいた次の客が遠慮なく席を埋める。
そうそう、こうやって斥候約の二人が引き付け、俺たちが攻め込み、後衛の二人が術で援護。
あと、あいつらが居れば……。
「懐かしいか?」
「ああ」
「じゃ、ラストは洗い物よろしくな」
「はぁ⁉」
菓子焼き騎士アッシュがオレの肩を二度叩く。
「だって何もやること無いだろー? 縁の下の力持ち―」
「っくそ……」
「早くしないとお客さんに出すお皿無くなっちゃうぞー?」
「無駄口叩いてるんなら手伝え!」
「ざーんねん。焼き菓子と紅茶で手一杯でしたー」
「いちいち腹の立つ奴だな!」
あっという間に山積みにされた皿や茶器を片っ端から溜めた湯につけ、割らないよう慎重に洗ってゆく。
「ラストー、手伝おうかー?」
聞き覚えのある声がした。
「おう? 助か……る……? って、えええええええええええ!!」
「フフッ! 久しぶりっ」
何年経とうと見間違えるはずのない、若草よりもっと鮮やかな薬草酒色の緑の髪を二つ尾にした褐色肌の耳長少女。
【野ウサギと木漏れ日亭】店主、モエギ=シャルトリューズその人だ。




