6日目 26 妊婦のニンフと夢魔とドルイド僧
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冬の初めの森の景色が前から後ろに面白いように流れていく。
色変わりしない針葉樹の多い木々の間を荷車引きながら物凄い勢いで走る案山子。
正しくは案山子型の魔法生物。
えーと、なんだっけ。
じゃっこらたん? とかそんな名前。
正体は血沸肉男っていう、わたしたちの仲間、召喚士と嘯く幻術士、でもって夢魔でもあるアヤメの呼び出した奇怪人形。
本体は整備中だからって余剰部品かき集めて案山子姿で現れて……今は私たちを荷車に載せて精霊の森を爆走中。
…………の、はずだったんだけど……。
「エート……、ココハドコデショウ?」
急に立ち止まった血沸肉男が、こめかみに手袋ペラ一枚の力の入らない指を当てて首を傾げる。
せっかく帰れるって期待したのに勘弁してくれるぅ!?
「はぁ⁉」
「もしかして、道に迷われたのですか……?」
「モシカシナクテモ道ヲ見失イマシタ」
不安を口にするドルイド僧オーツーに対し、あっけらかんと答える血沸肉男。
ムカついたあたしは荷車を降り案山子の両肩と思われる当たりの枝を掴み体を前後に揺らす。
「何やってんのよ! しっかりしなさいよっ! 進化したんでしょっ⁉」
「ス、スミマセン~……」
「あら~ヒナさん~。そんなに乱暴に扱われますと肉男さんが壊れてしまいますわ~」
「え?」
止める気があるのかないのか分からない口調で話しかけてきた聖職者ジーナの言葉に合わせたのかと疑いたくなるほど、言い終えると同時に音を立てて崩れるじゃっこらたんこと血沸肉男。
細い枯れ木を蔓や蔦で補強した程度の案山子は思った以上に脆かった。
「あーあ」
「あ、あたしのせいっ⁉ わ、悪かったわよ! あたしが荷車引けばいいんでしょ!」
わざとっぽくため息をつく召喚主である幻術士アヤメ。
なんなのよっ!
こうなったらヤケクソだわ!
あたしが荷車の持ち手を持ち上げようとするのを、ドルイド僧オーツーが制する。
「待ってください。…………、水の音が聞こえますね。もしかするとこの辺りは……」
「だれ……?」「だれ……?」「だれ……?」「だれ……?」「だれ……?」
「人間……?」「人間……?」「人間……?」「人間……?」「人間……?」
ドルイド僧オーツーが呼び止めるけど、水の音なんてちっとも聞こえない。
その代わりに耳に飛び込んできたのは、山彦のように木霊する声。
ゆ、幽霊とかやだよ⁉
「えっ⁉ ちょっ、誰っ!?」
「ニンフよ……」「ニンフよ……」「ニンフよ……」「ニンフよ……」「ニンフよ……」
水面に波紋が広がるみたいに反響して声が聞こえる。
ドルイド僧オーツーに従って注目していた川べりに姿を現したのは髪の長い五人の女性。
あたしより背が高くほっそりした体つきはドルイド僧オーツーの師であり耳長のチトセさんにもどことなく似ている。
違うのは、五人が揃いも揃ってお腹がぽっこり膨らんでいること。
中年オヤジじゃないんだから。
「ニンフ?」
「水辺の精霊ですね。このあたりに泉が湧いていて彼女たちの住処なんです」
「妊婦のニンフ……」「妊婦のニンフ……」「妊婦のニンフ……」「妊婦のニンフ……」「妊婦のニンフ……」
「に、妊婦っ!?」
事もなげにドルイド僧オーツーが説明してくれるけど。
せ、精霊って妊娠するの!?
「相手にしなくていいです」
「オーツー??」
「揶揄っているだけですから」
「失礼しちゃうわ!」「失礼しちゃうわ!」「失礼しちゃうわ!」「失礼しちゃうわ!」「失礼しちゃうわ!」
「わー! うるさーい!」
こだまする喋りって煩わしいわね!
あたしが耳を塞ぐと、一番手前にいた一人が不満げな顔でつかつかと歩み寄ってくる。
「妊婦と聞いたら誰の子? って訊くのが人ってもんでしょ! 訊きなさいよ!」
「はいはい、わかりました」
「見た顔と思えばチトセのところの弟子の人間! 折角の楽しみを邪魔しないで頂戴!」
「た、楽しみ……?」
呆気に取られて聞き返してしまったあたし。
水精霊は得意げな顔をする。
「誰の子? って聞かれたら『あなたの子!』って返すと人間は喜ぶって聞いたの。それを試しているのよ!」
「は、はぁ……」
「あなた方の戯れに付き合っている場合ではありませんので。それより水狐様にお会いしたいです」
「冗談じゃないわ! 水狐さまが会うわけないでしょ!」
感情をあらわにする水精霊と、対照的に冷静なドルイド僧オーツー。
腰に手を当て、少女の目線に合わせて屈んだ水精霊と睨み合う。
そこへ素っ頓狂な声が舞い込んだ。
「ねー? 妊婦の精霊の生気って美味しいのかなー?」
「ひっ!」「ひっ!」「ひっ!」「ひっ!」「ひっ!」
幻術士アヤメが人差し指を口に当て首を傾げる。
無邪気に訊いているけど水精霊たち怯えてるじゃない……。
「五人もいるからー、一人くらいいいよねー?」
「魔族の子!?」「魔族の子!?」「魔族の子!?」「魔族の子!?」「魔族の子!?」
「あらあら。行ってしまいましたわね~」
怯えた表情のまま水精霊たちは、雪が溶けるようにスッとその姿を消してしまった。
「ちぇー」
飛行したり召喚したりと存分に魔力を消費した幻術士アヤメはご馳走を目の前で逃してしまい、残念そうに唇を尖らせていた。