6日目 24 その名は”ジャック・男・蘭たん♪”
「あ、アヤメさん……この方は……?」
「わっかんない……」
耳長チトセさんの弟子、黄土色の波打った癖毛が可愛らしいドルイド僧オーツーさんが戸惑いながら幻術士アヤちゃんに尋ねます。
アヤちゃん自身も召喚したのと別の存在が現れ驚いて口が半開きですわ。
もちろん私もカボチャ頭の動く案山子さんは初めましてです。
「怪しすぎるわ……」
「怪しくないでスぅ~! 何を隠そうアタシの名ハ、”ジャック・男・蘭たん♪”! 飛ぶ鳥も嘲笑う案山子蘭たん♪ とはアタシのことでスぅ~!」
重そうな頭を揺らしながら、舞剣士ヒナさんの呟きに食って掛かるカボチャ頭の案山子さん。
「ら、ランたん……?」
「ノー! ノー! そこの女子! ”蘭たん♪” でスぅ~!」
案山子さんは今にも折れそうな細い枝切れでできた腕をビシっと伸ばし、先端に粗末な縄で雑に括り付けられた少々汚れのある白い布手袋の人差し指で舞剣士ヒナさんを指差します。
「なにコイツ……」
「ボクも分からないよ……」
「飛ぶ鳥に笑われる案山子って意味がないですね……」
「解体整備中の血沸肉男人形さンに代わって、皆さんをお運びしまスぅ~!」
そう高らかに宣言し布手袋で指を鳴らした案山子さんの前に突如現れたのは、見覚えのある二輪の荷車。
血沸肉男さんが使用していたものと同じものですわ。
「……血沸肉男って、昨日あたしを攫った体半分に皮膚の無い内臓丸出し男でしょ……?」
「じゃあ、この案山子はその二号ってことですか……?」
「二号なんて聞いたこと無いけどね」
「ヒソヒソ話禁止でスぅ~!」
皆が困惑する中、ひとりご立腹なカボチャ頭の案山子さん。
はたして運ばせて大丈夫なのでしょうか……?
腕だけでなく、脚もまた同じような細い枯れ枝のような見た目ですから不安が拭えませんが、アヤちゃんの召喚した魔法生物ですから、何らかの魔法がかかっていて見た目の線の細さとは裏腹に強靭かつ素早いのかもしれませんね……。
「まぁ、運んでくれるらしいし、乗ってみようよー」
「そうですわね~。オーツーさんのお怪我もありますし、ヒナさんもアヤちゃんもお疲れでしょうし~。もたもたしていては森の中で野宿になってしまいますし、ここは”蘭たん♪”さんのお言葉に甘えましょう~」
「そこの女子! 適応が早いでスぅ~! 嬉しいでスぅ~!」
「その喋り方どうにかなんないの……」
舞剣士ヒナさんがげっそりした表情で仰います。
外傷が少ないだけで、舞剣士ヒナさんも戦われているわけですからね。
「道中もし何かに出くわしましたら、私が戦いますわ~」
「本当にお願いしたいわ……」
私の法力でひとまず傷口を塞ぎ終えたドルイド僧のオーツーさんも無言で頷かれています。
そんなに期待されるとさすがの私も照れてしまいますわね。
そんな出番など無いに越したことはありませんが……。
「じゃあ、みんな乗っちゃってー。しゅっぱつしゅっぱつー!」
幻術士アヤちゃんの声に促され、皆で荷車に乗り込みます。が……。
四人も乗るとさすがに手狭で、各々座るだけで体が触れてしまうくらい一杯ですわ。
もちろん私とアヤちゃんはぴったりくっついて座っているわけですけど。
向かい側に舞剣士ヒナさんと応急処置をドルイド僧オーツーさん。
移動しながら治療を続けることも考えましたが、荷台が手狭なために宿へ戻ってから治療をすることにしましたわ。
ここがアサギさんだったらくっつかざるを得ない二人をからかって遊ぶこともできましたのに、残念ですわね。
それにしても……うふふ、アヤちゃんのもち肌を味わい放題ですわ……。
かぼちゃ頭の案山子さん――蘭たん♪ が荷車の引き棒を掴み、前進を始めます。
以前血沸肉男さんの荷車に乗った際には振り落とされるような物凄い速度で進んでいましたが、今回は四人乗り。
加えて引手の力は未知数ですわ……と、案ずるより産むが易しでした。
みるみる加速し、荷車にしがみ付いていないと振り落とされそうですわ。
血沸肉男さんと同等、あるいはそれ以上の力持ちですわね。
「ちょ、ちょっとぉ! 蘭たん! 引き方が乱暴すぎよっ!」
「そこの女子! ”蘭たん♪”でスぅ~! 蘭たん♪ は力持ちなんでスぅ~!」
「さすがに乗り心地がいいとは言えませんわね~」
木製の荷台と車輪と軸でできた荷車ですから地面の凹凸がそのまま振動になって伝わり、縦に横にと荷台が揺れます。
私たちの座る荷台の底も板張りですから揺れるたびにお尻が痛いですわね。
「うっ……揺れ方が酷いです……うぷ……」
「お、オーツー! 顔色悪いわよ! ね、ねぇ、こっちに向かって吐かないでよ!?」
「うぅ…………」
もともと色白のお顔がみるみる青くなるドルイド僧オーツーさん。
隣の舞剣士ヒナさんから悲鳴が上がります。
「ジーナぁ! 吐き気止めの法力とか無いわけぇー⁉」
「そんな便利な法力はありませんわ~」
「アヤメぇ! あんた眠らせたりなんとかできるんじゃないのぉ!?」
「今は蘭たん♪ を召喚使役中だから他に魔力回せないんだよー」
「もう、こんなときに限って! オーツー! せめて後ろ向いて! 外に出してっ!」
「うぅぅ…………」
碌に言葉を発することもできず、のっそりとした動きで荷台の淵に手を掛け外側を向くドルイド僧オーツーさん。
舞剣士ヒナさんがその黄土色法衣の背中をさすります。
荷車を引く案山子さんは容赦なく荷台を揺らしながら宿へ向かって進んでいて、景色がみるみる遠ざかっていきます。
「つわりー?」
「そんなわけあるかぁ!」
「大人シく乗っていてくだサぃ~!!」
さすがは私の妹ですわ。
幻術士アヤちゃんの下世話な冗談に介抱しながら紛糾する舞剣士ヒナさん。
荷台の暴れっぷりに引き手の案山子さんはご立腹のご様子。
これでは快適な乗り物移動とはなりそうにありませんわね~。
と、更に揺れが酷く……?
「あウぅっ!」
「ちょっと! 今度は何よっ!?」
「あら、カボチャの頭が転がっていきましたわね~」
「あー! オマエー!」
進行方向に背を向けて座っていた幻術士アヤちゃんが案山子さんに異変を感じ振り返り、その姿に思わず指差して叫ばずにいられなかったようです。
その声に私も振り返ると、夕焼け色のカボチャ頭は取れたはずなのに、そこには見覚えのある後頭部が……。