1日目 13 ヒナとアサギ① 盗賊と美魔女《前》
2週間ぶりの更新です。いつもアクセスありがとうございます!
大変お待たせいたしました!
アサギ&ヒナのボーイミーツガール的な話です。
薄暗くじめじめした地下牢……。
その日、俺は人生で初めて牢屋にぶち込まれた。
そして脱獄した。
忘れたくても忘れられない。
あんな事件はあの日を最後にしたい。
俺の名はアサギ。
とある盗賊団の親方の下で技術を学んだ、一端の盗賊。
なぜ盗賊って?
そうするしか生きる術がなかったんだ。
俺には親がいない、この世界には。
10歳のとき、ある日突然この世界に迷い込んだ。右も左もわからない。
異世界転移といえば聞こえはいいが、召喚されて英雄だ聖女だと崇められるのではなく、本当にただ迷い込んだんだ。
誰も何も教えてくれない。
向けられるのは妙なものを見る目だった。
英雄になったり名を馳せるような奴らは、特殊な強力な力をもって転移してくるらしいが、俺には何もなかった。ひどいもんさ。
とにかく死にたくはなかった。
生きることに必死で、元の世界に帰るとか、そんなことは考えていられなくなった。
ぼろ雑巾の乞食になりながら、何とかたどり着いた聖都のはずれにあるスラム街に身を寄せた。
そこでおやっさんに出会い、盗賊としての知識と技術を教わった。
もともと足が速かったのと手先が器用だったから向いていたんだろうと、おやっさんは言ってくれた。
人から認められて嬉しかった。
目をかけてもらえて本当に救われた。
ある日、前情報をもとに盗みに入った屋敷で、作戦の裏をかかれて失敗した。
内通者がいたらしい。
そいつはどうやら、この屋敷の女主人に飼い馴らされていたそうだ。
必死で逃げた。
足には自信があったが、入り組んだ迷宮のような屋敷では、その持ち味を生かすことができなかった。
「……っ‼」
「アサギ!」
罠だった。
一人が足止めすれば一人は逃げられる。
二人とも、はたぶん厳しい。
「ほら、早く行け!」
「でも、おやっさんが……!」
「馬鹿野郎、俺は大丈夫だ!」
「でも……!」
「いたぞー!!」
「ちっ! もう来やがったか。ほら、急げ!」
風を切る音がし、何かが頬をかすめ赤い一筋が流れる。
「盗賊団なんて大したことなさそうね」
頭巾を目深に被り、両手に短剣を携えた女が俺とおやっさんの前に着地する。
顔は見えないがヘソ出し足出しの服装で女だと丸分かり。
自分と年の変わらないくらいの少女のようだ。
「やばーい。顔傷つけちゃった。後で文句言われるのかなぁ」
軽いノリで独り言を言っている。
「捕まえたらお給料十割増し! あたしの夢のために大人しく捕まってもらうわよ!!」
フードの奥から燃えるような眼光が鋭く光る。
構える間もなく切りかかってきたのを手持ちのナイフで応戦するが、向こうの獲物のほうが一回り大きい。
身のこなしも格上のようで完全に不利だった。
が、ここで引き付けておけば……!
力任せにナイフを振り女を弾く。辛うじて力は上か……だがほとんど差がない。
「おやっさん! 行ってください! おやっさんが捕まったらみんな路頭に迷います!」
「アサギ! おま……!」
「何とかなりますって!」
「すまない……!」
路頭で迷っていた、何も知らないガキが野垂れ死にしないで生き残ってこれたのは、拾われ育ててもらったからだ。
一度死んだようなもの。だから俺は囮になった。
時間稼ぎのために――。
もしかしたら逃げられたかもしれないが、皆を逃がすために敢えて捕まった。
家族同然に育ててもらったのに、俺は現場になるとどうしてもミスしがちで足手まといだった。
そんな俺が役に立つ――恩返しするには、身代わりになって捕まることくらいだった。
走り去るおやっさんの背中を見つめる。
そう、これでいいんです、これで――。
何か光るものが見えたのは気のせいか。
「泣かせるわね」
再び切りかかってくる。
流れるような動きで刃の軌道が読めず防ぎきれない。
一つ二つと切り傷が増えていく。
「ここで恩返しできなきゃ、俺は何もできないままなんだよっ!」
意地になってナイフを振るう。金属同士がぶつかる耳障りな音が響く。
「強がるのはいいけど、ここまでかなー。一気に片付けるよ」
立ち止まり、呼吸を整えだした。
「炎。延」
金色の短剣が赤みを帯び輝きを増す。
刀身を炎が包み一回り長くなったように見える。
……おいおいマジかよ。
「円」
一振り。俺と女の周りの床に炎で円が描かれる。
「さぁ、これで逃げられないわよ」
フードの奥からニヤリと笑う口元だけが見える
。
「わーった、もういい。降参だ。好きにしろ」
敵わないなら抵抗するだけ無駄。
目的は果たしたから大人しく捕まったほうが逃げるチャンスがあるだろう。
◇
――結果。今、この薄暗く湿気の多い夏場には不快指数しかないようなところに閉じ込められている。
両手は後ろ手に椅子に括り付けられ、足も鎖でつながれている。
……これトイレどうすんだ?
見張りが鉄格子の向こうにいるが、暇そうに大あくびしてやがる。
緊張感のかけらもありゃしねぇ。ムカつくなー。
と、石造りの地下牢にカツ、カツ、カツと甲高い足音が響き、だんだんと大きくなる。
何かが近づいてくる。
「うふふふふふふ、今回は上玉が手に入ったわね☆」
現れたのはボディラインのくっきり出る、黒のタイトなミニ丈ワンピースを着た妙齢の女。
美魔女とかいう類のオバサンが、気色悪い笑い声を出しながら、ひらひらのいっぱいついた扇を口元にあててニヤついた目で鉄格子ごしにこちらを見てくる。
遠目には美女だ。
サラサラのロングヘア―と大人の色気。
噂によると色狂いらしい。
ご奉仕をすれば命は助けてもらえるという話だが犯罪レベルに年が離れている。
外見とスタイルがいいのは認めるが正直勘弁。
死んだほうがましだと思うが、内通者みたいに虜になるやつもいるんだろう。
そうなる前に目の前で舌嚙んで死んでやりたいが、死にきれなかったら恥ずかしいしこのオバサンの餌食になる。
……それはかなり嫌だ。
「どう?ワタシといいことしたくない☆?」
猫なで声を出すなオバハン。
背筋を指でなぞられたように悪寒が走る。
おもむろに嫌な顔をしてから、ふんっとそむける。
俺は壁際に繋がれているから距離があるのに、香水の匂いがプンプンする。
かなりキツくて鼻が曲がりそうだ。
……こんなんのそばによくいるな。
顔色一つ変えない従者に感心する。
もしかして鼻栓してんのか……? よこせよ。
「ふふ、強がるところも若さって感じね☆ かわいいわぁ☆」
さっきからさぁ……いちいち癪に障るんだけど。
なんなんだよその語尾は。
口には出さず睨み付けるが全く相手にされず、じゃ、またあとで遊びましょう☆ と言い残してオバンと従者は踵を返す。
絶対に遊ばれてやるもんか。
べーっと舌を出していると、ババアは振り返った。
最悪だ。
ニタァとした笑みを浮かべる魔女に血の気が引いた。
「あら、いけない子ね☆ せっかく好みの顔だし味見しちゃおうかしら☆」
若作りクソババアはウインクをすると、再び近寄ってくる。
嫌な予感しかなく悪寒がし、背中と脇に冷や汗がだらだらと流れる。
顔に出ないから幸か不幸かばれていない。
従者が牢の鍵を開ける。
若作りクソ悪臭ババアが扇を従者に預けて鉄格子をくぐり入ってくると、香水の臭いが一層きつくなる。
両手を後ろで縛られ、両足も繋がれているため体をよじるしか抵抗が出来ない。
なんでもいいから鼻つまみたい。
悪魔にしか見えない女は、気色悪い笑みを浮かべながら顔を近づけてくる。
え、いや、まじかよ!
チューする気か、こいつ!
俺のはじめてだぞ!!
「近くで見るとますますかわいいわね☆ さぁ子猫ちゃん☆」
間近に迫ると、香水のきつい香りに混ざって中年臭がする。
あれだよ、歯周病だよ。
口紅塗ってないで歯ぁ磨けよ!!
鼻が曲がる!!
「だ~め☆ じたばたしちゃ☆ 綺麗なお顔に傷がついちゃう☆」
必死で顔をそむけるが、獣のように長く伸びた爪がついた両手で顔を押さえてきて動かない。
結構力もあるぞこいつ!
ん~と唇を尖らせ重ねようとしている。
騒いで抵抗すればいいのに怖すぎて声が出ない。
体が震え涙が出てくる。
あと10センチ。
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!!!!!!!
あと5センチ。
ご丁寧に目を閉じている。たすけてたすけてたすけてたすけて!!!!!!!
あと2センチ、鼻同士が触れる。
だめだめだめだめ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
むちゅっ
うえぇぇぇぇぇぇぇ……。
アヤメにつづきアサギも登場時にひどい目に合わせてしまいました。
下水臭はきついです。




