6日目 22 ヒナと褐色二つ尾結びの少女
「樹人様――――!」
突然吹いた激しい風によって燃えていた大樹の枝葉の炎が一気に消え失せちゃった。
ドルイド僧オーツーは目を覚まし、傷だらけのなのも構わず大樹の幹に駆け寄る。
こんなに巨大なんだから駆け寄ったところであんまり変わらなそうだけど……。
「御 ー 無 ー 事 ー で す か ー !?」
『ふぉっ ふぉっ ふぉっ しぃぃぃぃんぱぁぁぁぁぁいなぁぁぁぁぁいわぁぁぁぁぁぁい。 あぁぁぁぁやつぅぅぅぅがかぁぁぁぁえってきぃぃぃぃぃたんじゃぁぁぁぁ』
「あやつ……?」
何のことかさっぱりなあたしたちをよそに、樹人は不器用にゆっくりと、幹の節くれ自体が動くように片眼を閉じる。
「相変わらず暢気なヤツ……。そっちの葉っぱまだ燃えてるよ」
「誰!?」
耳元で囁かれたような声がし、弾かれるようにあたしとドルイド僧オーツーは身構える。
けれど辺りを見回しても姿が見えない。敵なの……?
『燃ぉぉぉぉえるよぉぉぉぉなら、そぉぉぉぉれまぁぁぁぁでだぁぁぁぁ』
「生憎、まだ生き永らえることになるんじゃないかな。風よ!!」
「きゃっ!」
まただ、さっきと同じように突然風が吹き荒れる。
それは乾燥しきった冬の風ではなく命を吹き込むような温かみのある、まるで春風。
ドルイド僧オーツーが大樹の幹にしがみついたのを確認し、あたしはしゃがみ込んで目を閉じ突風が収まるのを待った。
風が止み、目を開けると火の残っていたところは消えて白い煙が細く上っている。
もう大丈夫なのかな……。
「ごきげんよう、樹人。君は相変わらずだね。元気そうで安心したよ。そちらの黄色い法衣姿のお嬢さんは、君の新しい守り人?」
さっきからの聞き慣れない声がまたも。
やけに馴れ馴れしく話しかけてくる見えない相手に、ドルイド僧オーツーもどう答えたものかと戸惑いの表情。
「ちょっと! 誰だか知らないけど、姿ぐらい見せなさいよ!」
勿体ぶる相手にしびれを切らしてあたしが叫ぶ。
こっちは戦闘後で疲れてるのよ!
余計なことで体力使いたくないわ!
「随分とご挨拶だね。君とも、ひさしぶり。ヒナ=シャルラハラート」
唐突に名を呼ばれ驚く。
新緑の季節のような、季節外れの柔らかく暖かな風が吹き抜けると、いつの間にか目の前には同年代くらいか、少し上の年頃の一人の女の子が立っていた。
浅黒い肌に春の新芽……萌え出る生命力を思わせる鮮やかな黄緑色の瞳。
その色よりもう少し緑の濃い髪は頭の両側から長く腰まで尾を垂らす二つ尾結び。
そして……肌と同じ色をした、尖った耳。
左腰には背丈の半身ほどの長さがある細身の長剣を携え、要所要所を覆う光沢のある白銀色の軽装鎧を身に付けている。
(誰……?)
どうやって現れたのか、何者なのかあたしが疑問を口にするより先に、二つ尾の少女は覗き込むように顔を寄せ――
「――――っ!!」
あたしの顎に添えた手で顔を少し持ち上げると、唇に封するみたいに少女のそれを重ねてきた。
「なぁにすんのよっ!!」
ふっざけんじゃないわよ!
条件反射で二つ尾結びの褐色少女の頬をひっぱたいていた。
「あいた~」
悪びれる様子もない褐色少女。
「んー。やっぱよく似てるね。で、なにこのヘアバンド? 黒? ダッサ……こんなにセンス無いんだ?」
「だ、だだ誰っ!? しっつれーな人ね!! これは大切な贈り物なの! バカにしないでくれるっ!?」
「あぁ、これはこれは失礼。これはお詫び……」
「!? どさくさに紛れてキスしないでくれるっ!? それも二度も! 知らない人にされるのはこの間のでもう御免だわ!」
「あぁ。キミは覚えていないのか……。ま、無理ないか。ちっさかったもんなぁ。しっかし今代の火巫女はガードがカタイし気が強いねぇ。ルベルはもっと積極的だったのになぁ」
「ルベルもヒミコも誰か知らないけど! 突然キス仕掛けるなんて失礼すぎるでしょっ!」
「ヒナさん……」
「オーツーは黙ってて!」
「あー。もう名前も語り継がれなくなったんだね。寂しいなぁ。ルベル=シャルラハラート。直系ではないけど、君の一族のご先祖様のはずだよ? 今代の火巫女、ヒナ=シャルラハラート」
「なんであたしの名前を……」
「んー。さぁなんででしょー?」
「ふざけるのもいい加減にしなさいよ! あたしたちは遊びに来たわけじゃないんだから!やろうってんなら受けて立つわよ!」
両の腰に収めた短剣を抜き放ち、詠唱せずに炎を纏わせる。
「そうカッカしないでさぁ。……じゃあ、【野ウサギと木漏れ日亭】に戻ったら教えてあげよう」
「えっ⁉ なんで宿のことを……!?」
「さぁーて。なんででしょー?」
「か、揶揄わないでっ! それに、オーツーがこんなじゃどうやって宿まで帰ったらいいか……」
「今代の巫女はだらしないなぁ。なんにもできないのか。世話が焼けるなぁ。ルベルはなんだって出来て、僕の分までやってくれたっていうのに」
「うっさいわね! なんなのよ知ったような口をきいて!」
褐色肌の女はケラケラと笑う。
かわいいという部類の顔なのだろうけれど、のらりくらりとした態度がとことんムカつく。
「途中まで送ってあげるよ。迎えも来てるみたいだしね」
「迎え……?」
「……風よ!」
答えを聞く間もなく、瞬時に景色が巡る。
森の中の……開けた場所だ。
この間森に入ったときも、この場所で気絶しちゃってたっけ。
あのときは……なんだったんだろう……。
さっきまであたしたちが居たところ……巨大なる樹人はずいぶん遠くに空と一体化して見える。
一気にこんなところまで……あの子、何者なのよ……。
「ヒナさーーーーーーーん」
遥か遠くから、かすかに聞こえた声……。
おっとりが服を着て歩いているような人が、珍しく大きな声で呼んでる?
でも、どこから……?
「おーーーーーーーい! ちいねぇちゃーーーーん!」
こっちは元気印なあの子の声。
さっきより近づいて聞こえる。
アヤメとジーナ、よね。
迎えって二人のことなのかしら。
ってゆーか、あの褐色の女どこ行ったわけ!?
「ヒナさん、あそこ……!」
「な、な、な!?」
ドルイド僧オーツーが指差した先、あたしは振り返って目線を斜め上に。
召喚士アヤメが空を飛んできた……のはあの子の能力だからまぁいいとして……な、なんだか白い羽根が生えて見えるのもまぁ魔族としては変だけどそういう魔法だと思えばまぁ許せるとして……、なんで修道女ジーナをお姫様抱っこしてるわけ……!?
しかもご丁寧に修道女ジーナは召喚士アヤメの首に腕を回して!
体格的にどう見ても逆だろうに、もうちょっと持ち方あるでしょ!
なんでわざわざ見せつけるような……!