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6日目 20 ヒナとオーツー④ ドルイドと火吹き蟻

 黄土色の法衣ローブまとったドルイド僧オーツーが、自身の守護する神木へと語りかける。

 語りかける、とはずいぶん持ち上げた表現かも。ただ大声を張り上げているようなものなのだけど……。



「オ ー ツ ー で ー す ! エ ー ル ー フ ― の ー ち ー さ ま…… チ ー ト ー セ ー の ー ! 弟 子 の ー ! ド ル イ ド の ー ! お ー つ ー で ー す !」


『おぉぉぉぉ、おぉぉぉぉつぅぅぅぅかぁぁぁぁぁ』



 激しく衝突しただろう状況にも関わらずさすが長く生きた神木だけあり至って冷静なのか、樹人トレントの反応から感情が見えない。

 ……そもそも樹人に感情ってあるの?



「ぶ ー つ ー け ー て ー し ー ま ー い ー ! (も ー う) ー し ー (わ ー け) ー ご ー ざ ー い ー ま ー せ ー ん ー !」


『なぁぁぁぁんんんんんんのぉぉぉぉぉ こぉぉぉぉぉとぉぉぉぉぉじゃぁぁぁぁぁ?』



 冷静どころか、無自覚だったのね、この樹人……。

 なんと間延びした喋りだこと。

 ドルイド僧オーツーまで釣られ同じ喋りになってるし、この早さでないと聞き取れないのかしら。



「よかった、ぶつかったことに気付いて無いみたい」



 黄土色の法衣ローブの胸元に手を当て安堵のため息をつくドルイド僧オーツー。

 いいの、それ? と思ったけれど、口にはしないでおく。それよりも……



「あ、安心してる場合じゃないわオーツー! あっち! あれ、燃えてるんじゃないの⁉ さっき、火を飛ばす蟻が……って、また!」



 幹を上ってきた蟻を刃圧で断つ。

 真っ二つになった大蟻の骸は大地へ落ちてゆく。


 嫌な予感がする……。

 こんなもんで終わったりしないでしょ。

 もしかして、相当な数が上って来てるんじゃ……。



炎蟻(フレイム・アント)!? この森には生息しないはずなのに……どこからっ!?」



 ドルイド僧オーツーが顔色を変える。

 やっぱりだいぶまずいものなのかしら。



「なんなのあれ⁉」


「ざっくり説明すると炎を吐くアリです!」


「じゃあやっぱりあそこが燃えてるのは……!」


「そうですね……あいつらの仕業かと! けれど……、何故樹人(トレント)様をっ……!」



 守護対象が傷つけられている怒りか守れない焦りからか、言葉からいつものドルイド僧オーツーの冷静さが無い。



「普段は無いことなの?」


「少なくとも私がここに来てからの半年は見ていませんし、ちーさまから気を付けるようにと言われたこともありません!」


「……チトセさんが忘れてるってことは?」



 一瞬恨みがましい瞳でこちらをにらんだのを見逃しはしなかった。

 けれど反論は無し。チトセさん(師匠)の人徳のなさにはちょっと同情するわ……。

 こうしたやり取りを重ねる間にも、枝葉が燃える音と煙は常に感じ続ける。



「……今はとにかくあの火をどうにかっ!」


「どうにかって……どうするのよ!?」



 責任を転嫁するような言葉を口走ってしまった。

 どうするのか考えるのはあたしも一緒だ。

 頭を冷やせ、あたし。


 相手は火の魔物。

 あたしも火の使い手。

 あたしの術じゃ、ヘタに使うと逆に燃え広がってしまうかもしれない。


 ほのおを纏わなければ、あたしにできるのは短剣をただ振り回すだけで、広範囲への攻撃ができない。

 刃圧を飛ばすことは出来るけれど物量戦には圧倒的に不向き。


 護衛できたのに役に立たないじゃない……。



「とにかく、蟻どもを叩き潰します!」


「ど、どうやって……!? 丸太は無いし……、オーツー杖置いてきたでしょ!?」


「枝があります! 肉弾戦だってなんだってやります!」


「無茶よ!」


「無茶でも……っ! 私が守らないと……っ! そのためのドルイドなんです!」


「オーツー……!」



 自らに言い聞かせ、奮い立たせるような言い方。

 樹人トレントの幹に向き直る。その後姿は震えているように見えた。



「ト ー レ ー ン ー ト ー 様 ー ! (の ― ん) 気 ー に ー ! し ー て ー い ー る ー ! 場 合 で は ー ! あ り ま せ ん ー ! 向 ー こ ー う ー の ー 枝《え ー だ ー》 が ー ! 燃 ー え ー て ー い ー ま ー す ー !」



 樹人の目がどこにあるかあたしにはさっぱりだけど、オーツーは火の手が上がっている枝のほうを指さしていた。



『もぉぉぉぉぉぉえぇぇぇぇぇる よぉぉうなぁぁぁぁぁら、そぉぉぉぉぉれまぁぁぁぁぁでだぁぁぁぁぁ』


「ああもうこの方は! ……とにかく火の元を……蟻をどうにかしないと!」



 樹人トレントののんびりさに苛立ちを隠せず悪態をつきつつも、ドルイド僧オーツーは幹の向かいに見える赤い蟻の一団を睨む。

 幹を上って枝の根元に群がる蟻が枝端に繁った葉へ向けて次々と火の玉を放っている。焦るのも無理ないわ。


 ドルイド僧オーツーは安定しない曲がりくねった枝を、綱渡りのようなおぼつかない足取りで歩み出す。

 黄土色のゆったりした法衣ローブが飛び出た枝にひっかかり動きにくそうだけど、それでも一歩ずつ前に進んでいく。



「きゃっ!?」


「オーツー!?」



 足を滑らせたドルイド僧オーツーが、辛うじて枝を掴み宙ぶらりんになる。

 片手は太い枝を掴んでいるけど、もう片方は細い……。



「い、今助けるわ!」


「だ、駄目です! ヒナさんがこっちに来たら枝が折れるかもしれません!」


「なによ! あたしが重いっていうの⁉」


「そういう意味じゃありませんってば!」


「ちょっと! トレント! あんたの守護者が落っこちそうじゃない! なんとかなさいよ!」


「ヒナさんっ!? と、樹人トレントさまにそんな口聞いてはいけませんっ!」


「あんた自分の状況分かってんの⁉」



 なんでそんなにこの樹を庇うのかしらっ!

 そんなに偉いのっ⁉


 不満なあたしをよそにドルイド僧オーツーは捕まっている枝のうち細いほう――成長を終えた枯れ枝を折り、片手でぶら下がる。



「ちょ、ちょっと! 自分から枝を折るなんて!」


「こうすれば……なんとか……! お願い! 風の精霊(ハルピュイユ)!」



 ドルイド僧の訴えに呼応し、枝に片手でぶら下がる少女に向かい合うように光が生まれる。

 折った枯れ枝を杖代わりにしてドルイド僧オーツーは精霊を呼んだんだ。

 やるじゃない……!


 現われたのはさっきあたしたちを襲った巨岩鳥によく似た大型の鳥……けれど、その頭部は人の女性!?



風の精霊(ハルピュイユ)! 私をあっちの……蟻のいる枝まで!」



 ハルピュイユと呼ばれた人面の大型鳥が大きく羽ばたくと突風が巻き起こる!



「ひゃ!」


「ヒナさん伏せてて!」


「は、早く言いなさいよっ!」



 丸太にしがみついて飛んでた時と同じように樹人トレントの枝にしがみつく。

 小枝と葉が茂って掴まるのに邪魔ね……!


 風が収まって顔を上げて見れば、ドルイド僧オーツーは無事に向こう岸へ辿り着いており、燃えている枝端と幹側に密集している蟻との間に立っている。



「トレント様に近寄るなぁー!! あっちいけぇー!」



 不安定な足場にふらつきながらドルイド僧オーツーは蟻に詰め寄るけれど、体術がまるでなっていない。

 棒を振っているのか棒に振り回されているのか分からない体使いで蟻に立ち向かう。


 蟻たちは多少怯むものの、退散するほどではない。

 当たらないよう数歩後ずさっては尻を上げ炎弾の発射体制になり、ドルイド僧オーツーは武力を振るう前に炎の弾丸の集中砲火を浴びる。



「ああっ!」


「オーツー!」



 ひとつひとつは強い火では無いのか、当たると消える程度のもので脅威とは言えない。

 でも当然傷つく。

 数が数だけに、勢いで弾き飛ばされ倒れるオーツー。

 あの子があんなに頑張ってるのに……あたしも留まっている場合なんかじゃないわ!


 気持ちを奮い立たせると、懐にあった感触に気付く。

 出発の直前、藤紫色の髪の魔術師ソーサラー、サキちゃんが渡してくれたもの。

 女の子になっちゃったアサギから渡してって言われたって、息を切らしながら届けに来てくれたもの。

 薬草士セージアサギから、あたしへの…………、初めての贈り物。


 何で直接渡してくれなかったのかしら。

 複雑な気持ちを抱えつつ包みの袋を開くと、そこにあったのは、両掌に乗るくらいの、布。


 持ち上げてみると輪っかになっているから、もしかして……おでこを覆うヘアバンド。

 色は…………黒。



 これはどういうことなの。

 もっとかわいい刺繡ししゅうの入ったものとか、せめてもう少し明るい色のものとか無かったのかしら。

 もしかして黒が似合うってことなの??


 色々と文句が浮かんでしまうけれど、贈りものをもらえたことは嬉しいし、薬草士セージアサギがこうして見守ってくれてるんだと思うと、傍に居てくれてるみたいで少し勇気が湧いてきた。


 よーし……、アサギ! 見てなさいよ……!


 そろりそろりとおっかなびっくりの足取りで、できるだけ蟻たちのいる側の枝に近づくように、幹に向かって歩みを進める。

 ここまでくれば……、この距離なら、何とかなるかもしれない……!



「ま、負けるわけには……!」



 何度も火球に打ちのめされながらも、枯れ枝を頼りに立ち上がるドルイド僧オーツー。

 少女を越えて燃える枝先に到達する火弾もあり、ドルイド僧オーツーの背後には勢いの増す火の手。


 これ以上の拡大を止めようと、火の発生源である炎蟻の群れへ、手も足も出ないながらも、それでも向かう。

 精霊を呼ばないのは、きっと、もう魔力が底を尽きているから。

 さっきの人面鳥の精霊が最後の一絞り……。



「オーツー!! あぶな―――――――」



 手を伸ばし駆け出そうとしたけれど、遅かった。

 数十匹の蟻による拳ほどある炎弾の、さっきより激しい集中砲火。


 一斉射を浴び、小さな体はいとも簡単に弾き飛ばされ、宙を舞う!



「オーツー!!」



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