6日目 19 ヒナとオーツー③ 大樹の上で
◇
「......う......、うーん............」
あたしは目を開ける。
あれ……? ここ……どこだっけ……?
どうして寝てんだろ……?
くらくらする頭を右手で押さえつつ左手を地面に付いて体を起こす。
掌には土というよりほとんど草や葉っぱの感触。
地面……?
「いたたたた」
体があちこち痛むのは、どこかにぶつけたのかな。
あざになったら嫌だな……。
手の感触に違和感を持ちつつ半身起こした状態でよくよく目を開くと、眼前には視界を塞ぐごつごつした壁がそびえ立っていて、圧倒される。
視線を上にあげると、手の届きそうにない遥か上に、横向きに、それ単体でも大木と言える大きさの樹がいくつも生えていて、空がまるで緑に染まってしまったかのような、そんな光景が広がっている。
「なにこれ......これ全部同じ樹……? これが樹人なの......?」
大きい、大きすぎる。
目の前の壁のようなものって、幹......?
周りを両手を広げた人で取り囲もうと思ったら何十人必要だろう。
「おわぁっ!?」
地に着いた手を少しずらすと、手が地面に吸い込まれ顔から葉っぱの絨毯にぶつかった。
「!?」
違う、地面じゃない……。
今お尻が乗っかっているのは大地ではなく、葉が生い茂った上で、つまりここは巨樹の枝の上……。
葉と葉の途切れ目から下を覗くと大蛇のようにうねった……あれは根なのかな。
大地もそこに確かにあった。
呆けて見ていると、現実に引き戻させる爆ぜる音と黒い煙、その臭いがまとめて襲ってきた。
今居るところから少し下の、これまた幹から横向きに生えている樹……その一部が燃えている……!?
「ね、ねぇ、オーツー、これが樹人......? あそこ、燃えてるのかな……?」
はっとする。
「オーツー⁉」
さっきまで、飛んでいるときにずっと前方に見えたはずの黄土色法衣の背中が無い。
体が枝からずり落ちないよう枝をしっかり掴んだ状態で見渡すと、手の届く距離の少し先、視界に入らなかった斜め後ろに俯せで倒れている姿があった。
うまい具合に枝に体が引っかかってくれたみたい……。でもそっちは枝先のほうで、あたしが乗ってるところより心許ない……。
「オーツー! 大丈夫⁉」
四つん這いで慎重に太めの枝の上に沿って近寄り、中心の枝に腰を落ち着け細い体を抱き起す。
名前を呼びながら揺さぶると、小さくうなる。
よかった……、生きてる……。
ところどころ擦り傷が見えるけど、出血は無さそう……。
胸をなでおろしたのも束の間、背後……幹のほうから気配を感じた。
幹側に視線を移すと、赤黒い胴体をし、挟まれるととっても痛そうな顎を持った蟻。
そう、ただの蟻だったらいいのに……。
問題は大きさ……。
体の長さが、ざっとあたしの指先から肘までくらいあるんだけど……大きすぎない?
なにこいつ……顎を打ち鳴らすと金属同士を打ち鳴らしてるみたいな音立てるし、恐ろしいじゃない。
どっかで見たことある気がするけど、思い出せない。
でも、なぁんか……噛んでくるだけな気がしないのよね……体赤いし。
火ぃ吹いてきたりしないよね~なんて。はは。
なんてあたしが考えてるそばから、蟻は頭を低くし胴体を反るようにしてお尻の先をあたしたちに向け、そして、向けられた先端から火の玉を放ってきた!
「わ! ちょ!」
咄嗟にオーツーを支えていない側の手で短剣を振り抜く。
飛ばした刃圧で火の玉を消す。
「あ、危ないじゃない! ここ木の上よ!? 分かってる!?」
蟻に話しかけているあたしこそ分かってるのか。
でも言わずにいられないじゃない。
あたしの剣幕に警戒したのか蟻は再びお尻を向けての発射体制に。
「燕!」
すかさず短剣を振るい放たれた刃の圧が、今度は蟻本体の胴の継ぎ目を断つ。
短い断末魔を上げ、落下する蟻。危機は去ったかしら……。
「う……うん……? あれ……ここ……?」
「オーツー! 気が付いたのね!」
「ヒナさん……あれ……私……どうして……」
「あたしも分からないんだけど、気が付いたらこの枝の上に居て……」
オーツーがゆっくりと体を起こす。
「たしか、樹人様のところに着く前に墜落しそうだと……それで、風の精霊の力を使って加速したら……媒介がいつもの杖でなく丸太だったのと、飛行魔法を使いながらだったから制御が効かなくて暴走して……そのまま樹人様にぶつか……!」
俯きながら記憶をたどっていたオーツーがいきなり顔を上げ、樹のてっぺん――天に向かって目を見開く。
「とれんとさまー! と れ ん と さ ま ーーー!」
いきなり大声を上げるもんだからあたしは耳を塞いだ。
この子こんな声出せたんだ……。
「とれんとさまー! と れ ん と さ ま ーーー! と れ ん と さ ま ーーー!!」
『うぅぅぅぅぅぉぉぉぉぉぉん? だぁぁぁぁれじゃぁぁぁぁぁ?』
ドルイド僧オーツーの必死の呼びかけに、樹人はようやく応える。
その声は低く、声というより地響きや雷鳴に似た空気の振動にも思えた。