6日目 16 ヒナとオーツー② 巨岩鳥撃退と制御不能の丸太
あたしが愛用する、刃渡りが肘から手首までほどの短剣。
鞘に納めたその刃の柄を強く握り締めて振り抜くと、焔を纏った刃圧が飛ぶ。
巨岩鳥目掛けて真っすぐに飛ぶ焔の軌跡を、自在に宙を舞う空の猛者は一度の羽ばたきで高度を上げてやすやすと躱した。
「よ、避けられました!」
黄土色髪ドルイド僧のオーツーが叫ぶ。
思わず舌打ちが出る。
ま、正面からじゃ向こうに分があるのは当たり前か。
いや、まだ終わりじゃない。
効かなかったわけじゃない。
「また来ます!」
巨岩鳥がまたも長大な嘴を天に向ける。
体内に溜め込んだ岩を飛ばす動作だ。
今からもう一度あたしも放って、あいつの岩飛ばしに間に合うのか。
防御するにも二発で割れたの見られているから、それなりの知性があるなら三発続けて飛ばしてくるかも。
そしたら終わり。
かと言って、三発続けて術を放って岩を相殺できるとも限らないし、四発、五発ともっと続けてくるかもしれない。
アレさえ、当たれば……!
丸太を抱きしめた無様な格好で巨岩鳥を睨みつけるけど、どうにも決まらない。
大空を華麗に舞って闘えたらどれほど気持ちいいだろう。
手を放せば地上に真っ逆さまになるのが間違いない現実が歯がゆい。
ダメもとで、飛んでくる岩の迎撃準備をする。
えーい、どうにでもなれ!
って、オーツーにそんなこと聞かれたら怒られそうだから、声には出さないけど。
天を向いた巨岩鳥が頭を下ろし、あたしたちに向け人の腕の長さほどもある嘴を開いた。
「グェェェ!!」
今まさに岩が飛ばされるというとき、巨岩鳥の姿勢が崩れた。
嘴から放たれたのは岩ではなく、絶叫だった。
羽ばたきの動作が止まり、地表に向けて落下してゆく。
「え? え?」
ドルイド僧オーツーが把握しきれず困惑の声を上げる。
そりゃそうよね。あたしもうまくいくとは思わなかったもの。
息を飲んで行方を見守っていると、目下の木々に触れそうな高さで、巨岩鳥は息を吹き返したのか再び羽ばたきだした。
しかし、もうあたし達には目もくれず、あたしたちの進行方向左前方にそそり立つ山へと帰って行った。
これで一安心ね……。
「さっき飛ばした焔に追尾能力を載せたの。躱されても戻ってきたのよ、飛去来器のようにね」
「さすがです!」
「当たると思わなかったし、あんな大物に当てたところで効果があるかどうかも怪しかったのよね。まぐれよまぐれ。……ところでオーツー、さっきなんて言ったの?」
「え? ……えと……制御利かない、ですかね?」
「なんの?」
「この丸太」
「な~んだ、制御利かないのかぁ~…………って、えええええ!! ちょ!ど、どーやって降りるのよぉっ!?」
「墜落しかありませんね……」
どーーーーすんのよぉぉぉぉぉ!!
折角巨岩鳥を追い払ったっていうのに!
「こんなところで死にたくないわよぉ!」
「私だって死にたくありません!」
「じゃあどうするのよ!」
「ヒナさんが勝手についてくるから! 私一人だったらこんな丸太で無理矢理飛ぶことも無かったのに!」
なにこの子っ……!
あたしが悪いっていうのっ!?
「なによ! 護衛が要るって話だったし、飛べるって言ったのオーツーじゃないの!」
「それは……あの状況で断れるわけないじゃないですか! さっきの岩を防いだ盾? みたいなものでどうにかならないんですか!?」
「衝撃吸収の役割はしてくれないわよ! オーツーこそ、チトセさんの弟子なら精霊呼ぶとかして無事に着地できたりしないわけ!?
「今飛んでるんですよ!? 飛行魔法使いながら精霊魔法なんて使えるわけないじゃないですか!」
「制御不能なんでしょ!? だったら飛行魔法なんてやめちゃえばいいのよ!」
「え?」
丸太にしがみついているためにお互いの顔が見えないまま言い争っていたところ。
必死の声をしていたオーツーから突然熱が引く。
「な、なによ急にっ!」
「そ、それです! ヒナさん! 飛行魔法いくら使っても意味が無かったです! 風の精霊を呼んでみます!」
「そ、それはよかったわ……」
なんだか拍子抜けする。
「丸太には全く関与しなくなるので揺れると思いますけど落ちないでくださいね!」
無茶を言う……!
悪態を付きつつ短剣は鞘に納め、丸太を抱きしめる両腕に力を込める。
「ところで樹人は!?」
「いま真正面です!」
言われて初めて。霧だか雲だかに包まれていた視界から、浮かび上がったように天に届きそうな巨木が現れた。
「うっそ、今の今まで見えなかったのに!」
「ある程度近づくまで見えないように結界貼ってますから!」
得意げなドルイド僧オーツー。
そういうことね……。普段から見えてたら目立ってしょうがないものね。
「精霊は呼べたので着地はなんとかなりそうですが……ただ、もう放物線の頂点を迎えたので樹人さままで辿り着けるかどうか……やけに黒い雲がかかってるのも気になります。
視界に入る幹の下の方――それでも地上からしたら人の手では届かないくらい上の方なんだろうけど――から、やけに色の濃い雲が天に向かって伸びている。
いや、雲は私たちよりも上空。あそこの黒いのだけ異常に低い。
あれって……!
「ね、ねぇ! もしかしてあれ煙じゃ……!? 樹人燃えてない!?」
「え⁉ そ、そんなまさかっ……でも、言われてみれば確かにっ……。雲にしては低い……」
「い、急がなきゃじゃない!?」
「急ぐと言ったって制御利かないんですって!」
「か、風の精霊に後ろから押させる!?」
「な、なんてこと言うんですか! ……近づけるかもしれませんが……勢い付きすぎて着地できないかもしれませんよ!」
「こうなったらやれるだけのことやるしかないじゃない!」
「ど、どうなっても知りませんからね!」
「死ぬよりマシよ!」
なんであたしこんなに強気なんだろ……いつもアサギたちと居ると、あたしは臆病で何の策も浮かばなくておどおどするばかりなのに。
でも、今死ねないのは確か。
生きて、生きて帰らなきゃ……!
アサギ、待ってなさいよ……!
◇
同日同時刻。
街道沿いの宿場街。
収穫祭の準備にと休日返上で駆り出された紫色薄毛の一般市民、モーブさんが荷運びの休憩をと、踏み固められた土の路傍に荷車を停め、手ごろな岩に腰を下ろし空を見上げると。
虹を掛けるかのような見事な弧を描く飛行物体が見えたとか見えなかったとか。
指差し周りにいた人々に伝えても、誰も信じてくれなかったとか。




