6日目 15 ヒナとオーツー① 巨岩鳥
◇
「寒いよぉぉぉぉぉ!」
「我慢してください!」
「オーツーは法衣だからいいわよね!」
凍える空気が肌を叩いてくる。
丸太に跨ったあたしと黄土色髪のドルイド僧オーツーは、風を切るなんて表現では済まされない、とんでもない勢いで空中を進んでいた。
飛行魔法で飛んでいる、というより、投石器で打ち出された感覚に近い。
あたし自身が投石器で飛ばされたことなんて無いけれど……、砦や要塞に立て籠もった場合の投石器の使い方なんかは育ての親であるアカネおばさんに教わったことがある。
昼間とはいえ初冬の山間の空気は冷たく、それが上空であれば尚更。
丸太にしがみつく手もかじかんでる。
顔や手はともかく、あたしはお腹も脚も剥き出しなわけで。
防寒能力の高い外套は閉じ忘れたために現在後方でたなびいていて......。
全くもって用を足さない。
「あ、あとどのくらい⁉」
「まだ森に入ったばかりですから! 樹人様はずっと先です!」
投石器と考えると放物線を描くように飛ぶわけで、今はまだ上昇角度。
とにかく振り落とされないように丸太に必死にしがみつく。
こんなのそんな長く耐えられないよぉぉぉ。
目下。
広がるのは広大な森。
視線を上げると、奥には半分以上雪化粧した山。
こっちの山はたしか街道が走っていないほう。
野ウサギと木漏れ日亭はもとより、宿場街も、街道も、墓守の館も全部後方。
と、眼前に何かいる!
空中にいるってことは、鳥とか⁉
も、も、も、もしかして竜っ⁉
「オーツー! な、何かいるよっ⁉」
「えっ……!? もしかして……ヒポ......そんなはずない。あれは......巨岩鳥⁉」
「なによそれ!」
「あっちの山や樹人さまの枝に営巣している大きな猛禽ですっ! 野ウサギと木漏れ日亭拠点にしてるのにどうして知らないんですかっ!」
そんなこと言われても……こっちの方は危ないからってあんまり来ないように言われてるのよねぇ……。
「私も遠目にしか見たことがなくて。冬は活動が鈍ると師匠が言ってましたけど……まだ活動していたなんて! ヒナさん! 迎撃できますか⁉」
「こんな速度で進まれちゃ当たらないわよー!」
「なんとかしてくださいっ! この丸太……さっきから制御利かないんですっ!」
え? 今この子なんて言った⁇
んなこと考える前に巨大猛禽が近づく。
どちらかといえば、私たちの丸太が近づいてるだけなんだけれども……!
人の背丈の倍ほどある体長。
翼もそれぞれ人丈以上。
おっきすぎるでしょーがっ!
こちらを睨みつけていた巨岩鳥が不意に天を仰ぐ。
顔を下げると人を丸呑みしそうな嘴を開いて、野ウサギほどの岩を飛ばしてきた!
だから巨岩鳥なのぉっ⁉
「ひ、ヒナさん! 来ましたよ!!」
「……っしょうがないわね……! 通じるか知らないわよ!」
左腕で丸太を力いっぱい抱きつつ、右腰の鞘に収まっている短剣を右手で振り抜く。
「燕!」
刀身から放たれた刃圧が燕の如く空を滑り飛び、巨岩鳥の放った岩に当たって相殺する。
「よし!」
「また来ます!!」
黄土色髪オーツーの警戒を聞いたときにはもう次が放たれていた。
今度は二つ続けて!
こいつ……手加減ってものを知らないの⁉
「わわわ、ぶつかります!」
「円! 園!」
短剣で空に輪を描く。
片手の上、無理な体勢で描けるのは小さな輪でしかないけど、円は園のように広がって、間一髪、発射された岩との接触寸前であたしたちの前方に透明な壁となって展開した。
ひとつめ! 当たって壁にヒビが入る。
ふたつめ! 耐えて......!
防ぎ切ったけど、壁も四散した。
耐久精度はギリギリね……!
「ど、どうにか撃退できないんですかっ⁉」
「注文が多いわね! 無茶言わないでよ!」
青ざめているであろう震えた声で黄土色髪オーツーが騒ぐ。
この間暴漢に襲われたときとは打って変わってお喋りじゃない。
随分と余裕ね……!
さて、と。どうしよっか。
こういう状況のとき、いつも騒ぐのはあたしの役目で。
アサギがなんとか考えてた。
なんでこういう肝心な時に居ないのよあいつはっ!!
............。
頼りきってるわねあたしは。
いーわよ、いーわよ! ひとりでやってやるんだから!
とはいえ。人の倍はゆうにあるバケモノ相手に有効な技なんて無い。
せいぜい追い払うくらいしかできないわよ!
ますます加速しているように感じる丸太から落ちないよう必死にしがみつきつつ、顔を上げて巨大猛禽を見据える。
怖いけど、これ以上接近してあの鋭い嘴や獅子よりありそうな爪で襲われたら終わりだから......ここでやるしかない!
短剣を鞘に戻す......。
目を閉じ......、
息をゆっくり深く吐き......、
『遠まで 延ばせよ焔 縁あれ』
言葉に出して術の発現を思い描く。
頭で現象を描けるときはわざわざ詠唱しなくていいんだけれど……切羽詰まった状況だと言葉にしないとどうなってほしいかうまく考えられないから、必死で言葉を紡いだ。
短剣を鞘から振りぬいた際に生じる刃圧に焔を纏わせ、遠くまで飛ばして......、たとえ避けられても追いかけてくれるように……。
いける!
右手で再び短剣の柄を逆手に握って降りぬく!
『遠! 焔! 延! 縁!』