6日目 14 墓守りの館の地下
結局全部説明する羽目になりやがった。
――それは今よりほんの少し前だ――
◇
宿場街の、「野ウサギと木漏れ日亭」とは反対側の外れにある「墓守の館」。
その隣に広がる共同墓地の中にオレたちは居た。
夜には真っ暗闇になるのは当然だが、高々と生い茂った常緑樹に覆われるようにしているため陽の出る朝や昼間でもなお薄暗く、薄気味悪いと、用が無ければ傍の通りの通行を憚る者も多い。
もっとも、死者が安らかに眠るには静かな場所がもってこいなわけだが。
ここの共同墓地はどの神を信仰していても、また何も信仰していなくとも、種族さえも問わず分け隔てなく弔うことができる墓地だ。
旅人の多い土地柄とはいえ、実際には宗教問題に発展するため実現する出来る場所は少ない。
「無事に弔い終えたな、感謝する、バンシェン」
真新しい石造りの墓標の前。
振り乱した焼けた土色の髪に土色の肌を持つ墓守・バンシェンにそう話すのは短い灰色髪の長身、遊撃騎士団長のアッシュ。
最も、今は騎士団用の全身鎧を纏っておらず、ただ長身の男であるというだけだ。
オレも体格のいい方だが、そんなオレが長身と言うからにはどんくらいおっきいのかって?
…………フン。オレよりちょっとだけデカいんだよ。
「墓守トシテノ役割ヲ遂行シタダケダ」
ぎこちない喋りで答える焼けた土色髪の墓守バンシェン。
こいつは一度命を失った後、死人として再び世に戻った。
蘇生が不完全がために喋りや動きが少々ぎこちない。
その容姿や言動から、そして墓地の管理をするが故に目にした人から薄気味がられることが多い。
俺たちからすれば大切な仲間なんだがな。
「こうやって手厚く葬ってありゃ、もう蘇ってはこないだろ。武勲を立てて教会公認の聖人に名を連ねることは叶わなかったが……父なる神の下で安らかに眠れよ、副隊長サンよぉ」
くだけた調子で死者に話しかける灰色髪アッシュ。
初冬に差し掛かるこの時期、手向けの花を探すのにも苦労した。
オレはふと疑問を投げかける。
「つーか、なんでコイツ生き返ったんだ?」
「ワカラヌ。部隊ノ者ガ蘇生デキナイカト館ニ来タガ……」
「どうなった?」
「初メじーなガ応対シテナ、私ガ出タトキニハモウ姿ガ無カッタ」
「ありゃま……」
「で、訪ねたソイツと副隊長の遺体ともども行方不明になり、そしたら俺&シスタージーナ誘拐事件ってわけだ」
「お前が拉致られてどーすんだ」
「不可抗力ってやつだ。しょーがねーだろ、死体相手にゃ不意も付かれるさ」
はっはっは、と軽く笑う。
命を預かっていた部下が命を落としたんだ。
辛くないはずがない……んだが、沈痛さの欠片も見えない。
「恐れながら。隊長……」
後ろに控えていた、アッシュの部下だというまだ若い騎士が進み出る。
副隊長と一緒に連れ去られた後、暗示をかけられジーナ誘拐に加担したヤツだ。
「おお、悪かったな、付き合わせて。他の奴らによろしく言っといてくれ。その書簡でまぁ判ンだろ。お前も大変だったろ。ゆっくり休め」
「隊長は……?」
「もう少し用事を済ませてから合流するさ。それまでは休暇ってことで、各自祭りを楽しんでくれたらいい」
灰色髪アッシュの部下は何か言いたげであったが、一礼すると足早に立ち去った。
部隊が駐留する宿に向かうのだという。
「じゃ、ま。俺らも宿に帰るとするかね」
「なんでお前が自分ちみたいな言い方するんだアッシュ」
「まー、いいじゃないの」
「待テ、らすと」
「あ?」
焼けた土色髪バンシェンが一歩踏み出そうとしたオレを呼び止める。
「……見セタイ奴ガイル……。ソロソロ逢ッテモイイダロウ……」
そう口にすると後は喋らず先程片付けたばかりの館へと入っていく。
おいおいなんだ全く。
やはり黙られると不気味ではある。
「コッチダ……」
立ち止まったのは最も書物の散乱が酷かった場所。
骨と皮だけの痩せぎすの腕でおもむろに床板を上げ隠し階段を出す。
「地下? 秘蔵の麦酒でもあんのか?」
「密造シタ白ノ葡萄酒ダナ……美味イゾ」
「そりゃいいや」
地下室の両側、壁に沿って樽がぎっしりと並んでいる。
こんなに多量に作っていたのか……。
「ソレト、秘蔵ノ薬草酒。見ロ......」
奥の壁を指差す焼けた土色髪のバンシェン。
差された先を目にし、口笛を吹く灰色髪アッシュ。
「ひゅ~。氷漬けのお姫様だな、ラスト?」
「おい……まじかよ......」
オレは感情が渦巻いてどう言葉にしていいかわからない。
驚きと安堵と怒りと……嬉しさもあるのか……?
それよりもまず疑問だった。
なんだよ、どうしてここにいる?
「こりゃぁ……。こぉんのクソバカ……」
地下室の突き当り壁一面に氷が張られ、その中に左右二つ尾結びの髪の少女が膝を抱えてうずくまっている。
あの日、背中を見送って以来ずっと探していた、帰りを待ち続けた姿だ。
進み出て、氷に手を付く。
確かに氷だ。
そんな冷さなくたって、外はとっくに寒くなってんだよ。
「こんなところで油売ってやがったのか……しかもすやすやおねんねだと......目ぇ覚ましたらタダじゃおかねぇ……」
拳で氷を殴りつける。
反応などあるはずがない。なにせ氷漬けだ。
が…………
「お、おい!」
氷に、ヒビが……!?
「らすとガ呼ンダカラ、目ガ覚メタカ?」
「バカとか言ったら誰だってキレるよなぁ」
氷が割れるどころか、建物全体が揺れる!
「暢気なこと言ってんじゃねぇ! この揺れ……この地下下手すると崩落するぞっ! 逃げろっ!!」
オレたちは一目散に地下室の入口になっていた階段を駆けあがる。