6日目 11 アサギとサキ 相棒は素っ気なく、幼馴染はかいがいしく
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「というわけで、今日のところは私がアサギくんのお世話係になったの。よろしくね」
小首を傾げつつ屈託のない笑顔で藤紫色髪のフジムラは言う。
整えたように毛先がゆるく内巻きになっているのが天然であることは、幼い頃に関りがあった俺は知っている。
なにが「というわけで」なのか。
全然よろしくないだろ。
食事の世話とかそーゆーんならまだしも、下の世話となっちゃ差し出すわけにいかない。
外見的には女の子同士だから……って、そーゆー問題じゃないだろ。
庭での日光浴から引き揚げ、部屋の寝台に戻った。
まだ歩行はままならないから、象牙色髪の大男アイボリーに背負ってもらったが、礼を言っても「ああ」しか言わねーでやんの。
座ってりゃいいのに、入り口横の壁に腕組みしたまま寄りかかっている。
部屋にはあと三台ベッドがあるが、今はまだ誰も居ない。
寝台の上で上半身だけ起こし、淹れてもらった温かい薬草茶をゆっくりすする。
「入るわよ!」
オレがあれこれと考えていると緋色髪のへそ出しヒナが部屋に飛び込んできた。
ノック代わりに扉を勢い任せに開け放つと、扉は壁にぶつかった勢いで軋み、部屋全体が揺れる。
フジムラもアイボリーも目を丸くしている。
「…………」
「……?」
緋色髪ヒナが黙々と荷物を漁って乱暴に詰めたかと思えば、こちらをちらりとだけ見てすぐ飛び出していった。
入口脇に寄り掛かる大男の腹に握り拳を一度だけぶつけて。
心なしか機嫌が悪く見え、俺は声をかけそびれた。
ヒナが出て行った後も、居た方向から視線を動かせないでいると、散乱気味な彼女のベッドの上が目に入る。
あいつ、もう少し片付けていくとかさぁ......ちょっとしっかりしろよ……。
って、あそこに見えてるの、まさかヒナの下着じゃないよな……?
いや、まじまじと見ちゃってる俺も、しっかりしろ……。
「なぁフジムラ」
「だ、だめだよアサギ君! ヒナちゃんの下着欲しいのは分かるけど、と、盗っちゃだめ!」
「まだ何も言ってねぇ......」
「え? だってシスター・ジーナとアヤメさんが下着専門のコソ泥だって……あははは......」
「あんにゃろ……」
笑って誤魔化されたのが逆に傷つく。
そんなに物欲しそうにしていたのか俺は……。
「とにかくっ! ヒナが入ってきたのにすぐいなくなったけど、どこかに行ったのか……?」
「アサギくんってば、やっぱりヒナちゃんのこと追いかけてるのね」
ちょっと伏し目がちに拗ねたように言うフジムラに俺は困惑する。
「ち、違……そういうんじゃなくて……」
「ふふ、分かってる。冗談だよ。森へ行くみたいだよ、オーツーさんと一緒に。」
何故かフジムラが寂しそうに言うが、それよりヒナのことが気になっていてその素振りを流してしまった。
「森?」
「精霊の森へ、御神木さまに会いに行くとか言ってたよ」
「そうなのか……。何も言わずに行きやがって……やっぱ、女の俺じゃあヒナの隣にいる資格はないのかなぁ」
一緒に行動するのが当たり前だったのに、碌に歩けもしないこんな状態じゃ愛想尽かされてもしょうがないか。
なぁに、親に捨てられたようなものだった俺だ。
見捨てられるのには慣れている。
慣れてる、さ……。
あいつに贈ろうと思っていたものも、結局渡せていない。
渡さなくてよかったんだ。きっと迷惑だったんだろう。
デートの話だって本当は……。
「何言ってるの!」
声に驚きいつの間にか俯いていた顔を上げると、フジムラの顔が俺の顔の真ん前、鼻と鼻が触れるくらいの至近距離で瞳を覗き込んでいる。
やばい、ちょっといいにおいする……。
フジムラは真剣な表情をしているのに、俺の心臓は鼓動が早まる。
「ヒナちゃんは、アサギくんのために行くんだよ!」
「え?」
「女のコになっちゃったアサギくんを元に戻す方法…………、みんなで探してるの。さっきは耳の尖っている人と顔色のすごく悪い人が薬草屋さんの文献探してみるって出発したよ。アサギくんが負担に思うといけないからって、ホントは内緒なんだけど……」
「サキ、喋りすぎだろ……。もっとぼかせ」
入口隣の壁に寄り掛かって目を瞑っていた象牙色髪の大男アイボリーは眉間に指を当てている。
「あ……ああ……そ、か……ごめん、なんだか弱気になってて」
「そうだよ、弱気なんて……アサギくんらしくなくて良くない」
目力強く見つめたかと思えば、ふっと表情を和らげ微笑むフジムラ。
「無事に帰ってくるの待とう?」
「そうだな……。なぁフジムラ?」
「なに?」
「ヒナのやつ、まだ居るみたいだ……」
俺は体を前のめりに、窓を覗き込む。
眼下に広がる晩秋の庭に皆が集まっていた。
その中心にさっきそこで目にした緋色髪と、黄土色髪が見える。
「これさ……ヒナに渡してきてくれないか……?」
紙包みを取り出して見せる。
戸惑いが藤紫色の瞳に映る。
が、すぐに曇りは晴れ、瞳を輝かせた。
「うん……! 任せて……!」
俺が差し出した小さな包みを受け取ると、フジムラは藤紫色の髪と暗蒼色の法衣を揺らし廊下に出て走って行った。