6日目 10 作戦会議は食堂で
◇
さて。一同が入った食堂は今や会議室となった。
各々好きなところに腰かける。
剣も鎧も持たぬ灰色髪のボンクラ騎士アッシュは、なぜか部隊の宿に戻らず鼻歌を歌いながら厨房に入っていった。
何をする気か知らないが関わると面倒なので無視を決め込む。
オレたちは仕切り直し、もう一度状況を整理し直した。
「アサギが女の子に、ねぇ……」
改めて口にするが実感が沸かない。
本人を目にしたというのに。
オレが不在にしていた、たった一日の間に状況は大きく変わっていた。
にわかに信じ難い。
庭先にいた緑がかった青色の髪をした少女。
あれがあのアサギか。
面影どころか、正直顔なんて変わってない。
だが、雰囲気からかさっぱり別人に見えた。
思い返すとたまらず、溜息とともに一言零す。
「だり『ラスト』
いなぁ……。
料理人ローシェン、その姉で墓守のバンシェン、給仕オレン。
口うるさい三人に言葉を遮られた。
言わせろよ……。
不謹慎なのは分かっている。
が、それでも言ってしまうのが口癖ってもんだ。
食堂を暖める暖炉の火が揺れる。
意見を交わし合う。
女になってしまった青緑髪のアサギを男に戻すため、今当たれそうな方法……。
焼けた土色の髪と肌の墓守バンシェン、反対に透き通るような肌と白緑《緑みがかった白》の髪を持つ耳長チトセは羊毛色髪ベージュさんの薬草店にある古い書物を調べることに。
他にできそうなことは……?
「あとは樹人さまに聞いてみるといいかもね」
後頭部に大きなたんこぶをこしらえた長耳チトセは、自身以上の歳月を生きる神木への相談を提案する。
「……ちーさまは森に行かないのですか?」
「寒いじゃない」
「…………駄エルフ。――でしたら、私が行きますから」
発案に手を上げるのは弟子のオーツー。
「さすが我が弟子ね」
「誰の尻拭いをしてると思ってるんですか」
黄土色癖毛オーツーの、堅い樫の木でできた杖を握りしめる手が震えている。
殺気立ちすぎだろ。
オレを狙ったときといい、このままじゃ流血騒ぎになりかねん……。
「ま、まぁまぁ。そういうわけで、ドルイド僧オーツー一人では何かあった時に困るから、誰か護衛を頼みたいんだが……」
「あたしが行くわ」
オレの発案に緋色髪少女が手を挙げる。
「お、おい、ヒナ……?」
「大丈夫なのか?」
「私がぼやぼやしてる間にみんな傷ついたのよ……!ジーナも、アヤメも、アサギも……。あたしだけ、あたしだけが何も知らずにバカみたいに浮かれてて……何も……、何もしてないんだもの……! このまま指咥えて見てるだなんて……」
堰を切ったように感情的になって話す緋色髪ヒナ。
「……あーあ、ちいねーちゃんこうなると聞かないんだから……」
急に思い詰めた心情を吐露する緋色髪の少女に掛ける言葉を見つけられない一同の中、柔らかな黄色の頭の後ろで手を組む童顔少女アヤメ。
「仕方ありませんわね~。ヒナさんが行かれるのでしたら、アサギさんのお世話は私たちでやりましょうか、アヤちゃん」
「そだねー」
同じ色の髪を持つアヤメにそう声をかけ、腰かけていると椅子の座面に届きそうな長髪をした元修道女ジーナが小さくため息をつく。
ほとんど嫌味のジーナの言葉が聞こえているだろうに、緋色髪ヒナは握った両の手を膝に置いたまま俯いている。
ほんの少し震えているのは気付いていないことにしよう。
「いいや、あんたたちは自分の傷を癒すのが先。あたしらに任せておきな」
薄黄色髪姉妹アヤメとジーナに待ったをかけたのは、うちの料理人ローシェン。
戦いの傷が癒え切っていないものが働かねばならないほど人手不足に悩んでいるわけではない。
なのにそんなことをするのは動けるものが怠けている証拠だと、根っからの働き者の誇りが許さない。
そう、手の空いているものがやればいいだけのことだ。
当のアサギは二階客室の寝台へ戻っている。
付き添っていたヒナの知り合いだという男女二人が役目を終え降りてきた。
「ヒナちゃんのいない間、アサギくんのお世話は私がやります」
「お、おいサキ……!」
「お話は伺っております。手が空いている者が担うべきという理屈はその通りです。幸い、アサギ君のことは幼い頃から知っていますので……」
階段まで話が聞こえていたのか、食堂に踏み入れてすぐ宣言する藤紫色髪の少女。
唐突な発言に対し止めに入る象牙色髪の大男。
「ヒナちゃん、安心して行ってきてね」
制止の声はその耳に届かず。
藤紫色の髪を揺らし、サキと呼ばれた小柄な少女は静かに微笑む。
「あ、ありがと、サキちゃん……」
掛けられた言葉でやっと顔を上げ、戸惑いながら礼を述べる緋色髪のヘソ出し女。
藤紫色髪サキの少女の隣で、象牙色髪の大男は額に掌を当てている。
勝手に暴走する相方がいると困るよな。
分かるぞ、その気持ち。
などという慰めは心の中だけにして。
「なら、決まりでいいか……? オーツーの護衛はヒナに任せよう」
「で、どーやって行くのさ? 樹人のところ結構遠いだろ? 今から出たんじゃ森の中で野宿じゃないか」
それはもっともな話。
「やっぱりボクが飛んでいこうか?」
「いくらなんでも二人も運べないだろ」
「えへー」
「御心配には及びません」
背もたれを前に座り器用に椅子を左右に揺らすアヤメ。
柔らかな黄色髪もつられて揺れている。
療養中だって言ってんのになんでそんなに出たがるかな……。
即却下したところに心配無用とドルイド僧のオーツー。
「オーツー……?」
「飛行魔法で行けば、早く到達できます」
「飛行魔法なんて使えるの⁉」
驚いた。
この場のほぼ全員――師であるチトセ以外――前のめり。
地水火風など自然物を扱うものと違い、あれは体系的な知識と技術が無ければ扱えないシロモノだと言う。
長年冒険者をやっていたオレですら、実際に使えるやつなんて数えるほどしか見たことねぇ……。
「はい……。私、王都の学園で魔術師学科にいましたから……」
「王都の学園って……それ、貴族じゃない⁉」
「過去の話ですから……今はただの見習いドルイドです。捨てたつもりだった過去の技術など本当は使いたくもありませんが……止むを得ません」
「ふふ。かわいいわね、オーツーは」
状況のために信念を曲げてくれたオーツーに対し労いも称えもしない。
駄エルフと呼ばれても……、まぁ仕方ないな……。
かわいいと述べられたことへ嫌悪丸出しの表情で、師匠のエルフからそっぽを向く弟子のドルイド僧。
「さて、とりあえず話が決まったならすぐに出発してもらわないとだな。もう日が傾き始めているんだ、あっという間に日が暮れちまう」
言いながらオレは立ち上がる。
お? どうした? え? アンタも森についていく? 自分も何もしてないからって?
詩人が真っすぐな瞳をして申し出る。
「残念ですが、私も二人抱えて飛ぶことはできません。ヒナさん一人乗せるので精一杯かと……」
「……そっか、ごめんね。キミの申し出は嬉しいけど……ここはあたしに任せて! アサギのこと頼んだわ!」
残念そうなアンタに緋色髪ヒナは励ます言葉をかける。
まぁ、アサギのヤツもアンタが傍にいたほうが嬉しいだろうよ。
俺はアンタの華奢な背中をポンポンと叩く。
これにて解散と動き出そうとすると、黄土色髪のドルイド僧オーツーが不安げに申し出てきた。
「あの……、箒か何か、棒状のものをお借りできませんか? 手持ちの杖では二人跨るのに長さが……。
箒に跨って飛ぶって、ただの象徴じゃないのか。
意外な話に固まってしまった。
「納屋に何かあるんじゃないか? ちょっと見てくるよ」
話に加わらず食堂の夜営業の準備を黙々としていた給仕オレンは心当たりがあるのか迷いなく納屋へ向かった。
そんな長い箒あったか……?