6日目 8 見送り~宿の玄関にて~
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野ウサギと木漏れ日亭の玄関先に滞在者一同が会する。
集った中心には青緑色の髪をした生意気盛りの少年と、生成色の髪をもつ、少年より更に幼い少女。
一同とはいえ、日向ぼっこに出ていたアサギ――だという話だが女になったという話を未だにオレは信じられないでいる――は少し疲れたようで、ヒナその仲間たち――峠でジーナたちを救った男女――の手を借り二階の部屋へと戻っている。
峠の戦いで怪我を負った黄色髪の聖職者ジーナと同じ色の髪で自称召喚士アヤメも療養中だ。
「なぁ宿のおっさん!! なんでオレがお守り押し付けられるんだよっ!!」
「……? コイズおにーちゃん、えくるのこときらいなのー?」
オレからの強引な依頼に異を唱える青緑色髪の少年コイズ。
その言葉を聞き、瞳を潤ませながら首を傾げる羊毛色髪の幼子エクリュ。
「そ、そういうわけじゃ……」と一度は荒げた声が影を潜めて口籠る少年。
本格的な作戦会議の前に、協力してくれることになった薬草屋ベージュさんの娘エクリュの子守りをどこかでしてもらう必要があった。
丁度いいところに現れたのが建具屋の息子コイズ。
十年来――息子であるコイズが生まれた頃から――の付き合いがあるあそこの夫婦なら事情を汲んで世話してくれんだろ。
物騒な話になりかねないし、話の腰を折られても困るため子どもの同席は避けたかった。
強引であるが、療養中の者が何人も居る現状では受け入れる余裕がないから、まぁなんとかなるだろと踏んでの判断だ。
「いーじゃねーか。今度みっちり剣術教えてやるからよ」
「おっさん! 絶対だからな!!」
「おう」
幼子に対して強く出られない分、大人に対しての当たりが強め。
いいさ、そのくらい、いつでもやってやるさ。
……いや、待てよ。
剣術指南なら聖騎士サマにでもやらすか。
どうせ暇を持て余して野ウサギと木漏れ日亭に居座るんだろうから、少しは労働してもらわないとな。
隣のアホ面を横目で見るとヤツもこっちを見ていて目が合うが、ムカついたのでオレは何事も無かったかのようにそっと目を閉じた。
抗議が聞こえた気がしたが無視だ。
「絶対やってもらうからな!」と念押しし、羊毛色髪の幼子エクリュの手を握り歩き出す青緑色髪の少年コイズ。
手を引かれる側の少女は歩きながら振り返り、空いているほうの手を皆に向けて懸命に振る。
さっき瞳を潤ませていた涙はとっくに乾き、元気いっぱいの笑顔だ。
「おかーさーん! おねーちゃーん! ばーいばーい!」
「エクリュちゃん、母親と離れるってのに元気だなー」
「あの子、コイズくんのこと大好きですから~」
子が子なら、親も親といったところか。
ウチの料理人ローシェンが感心している横で、母であるベージュさんも何も気にしていないのか、二人の姿に目を細めている。
そういえば、娘を預ける提案にも親子揃って二つ返事だったな……。
「あらあら。ずいぶんとおませさんですこと~」
背後から聞こえた、ベージュさんの口調に合わせた、けれども違う声色。
「へぇ……コイズ。ボクというものがありながら、その歳で幼女に手を出すなんて……フケツ」
更にもう一つ、違う声。
振り向いたそこに現れていたのは、揃いで柔らかな黄色の髪をした大小二つの人影。
おいおいめんどくせえ奴らが出てきたな。
呟きが聞こえたのか気配を察知したのか、踏み出した少年の足が止まり、青緑色の瞳がが振り返ると、追加された面子を認めて顔面蒼白になる。
「わぁぁぁぁ!! あ、アヤメ……!! ジーナお姉ちゃんも……! い、いつから……!?」
「あんまりにも騒々しいから部屋から出てきたんだけど。……ドユコト?」
ここにいるのは分かってるんだから、そんなに驚くことも無いだろうに。
ジト目で視線を注ぐ柔らかな黄色髪の両端結びアヤメに、慌てふためく青緑色髪コイズ。
それでも繋いだ幼子の手を離さないのは立派な責任感か。
柔らかな黄色髪アヤメの横に並び、同じ色の腰まで届く長髪を持つジーナが、神妙な顔つきで話す。
「アヤちゃん……修羅場ですわ~。これが世にいうネトラレというやつですわね~」
「ねとられー?」
「ねとられー? なーにそれー?」
アヤメが聞き返すと、さして大きくない声を拾って、隣の少年に尋ねる幼子エクリュ。
答えに窮し頬を赤らめ目が泳ぐ少年コイズ。……おい、知ってんのかマセガキ。
「お嬢ちゃん。ネトラレと言うのはだね……」
耳長種のチトセがいつの間にか幼子エクリュの真正面にしゃがんで両肩に手を置き、千歳緑の瞳であどけない顔を見つめていた。
「幼子に何を吹き込む気ですか、この駄エルフ!」
「痛ぁ!」
チトセの弟子・黄土色癖毛のドルイド僧オーツーは、手にした杖で師であるチトセの後頭部を殴打する。
「オーツー、師匠に手を挙げるなんて……」
「師匠は黙っててください!」
黄土色髪のドルイド僧オーツーは耳長の師匠の服の襟を掴み、幼子エクリュから引き剥がす。
「心の栄養がぁ~」
「霞でも食べてなさい!」
なんなんだ、この状況は。
「……話が収拾付かなくなってないか?」
思わず零さずにはいられなかった。
「まぁいつものことだよね」
「暢気なもんだけど……平和だと思えばいいじゃないか」
「ソウダナ……」
オレの疑念に料理人ローシェン、その姉である墓守バンシェン、給仕オレンが目の前で繰り広げられている騒ぎを呆れ半分で眺める。