6日目 7 集う者たち
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【野ウサギと木漏れ日亭】一階の食堂。
昼めしどきが終わり、自分たちの昼食も済ませ夜への仕込みの時間。
居るだけで騒がしい面子は他の仕事や休息へ追いやられ、黙々と作業のできる私・オーツーと吟遊詩人の貴方だけが食堂の手伝いとして残りました。
柔らかい笑顔を絶やさない貴方は、街の料理にあまり慣れない私にもやさしくアドバイスを下さったり面倒見がよく不思議な方ですね。
でこぼこで扱いづらい男爵藷の皮むきも器用にされて……。
美しい容姿と相まって、色恋とはもう縁の切れたはずの私も、久しぶりに見惚れてしまいました。
「こんにちは~」
柔らかな声で顔を出したのは見かけない女性。
料理人ローシェンさんや給仕オレンさんよりはやや若いような。
幼さも見えるけれど、私やヒナさんたちよりは上……?
ゆるく波打った胸元まである髪が大人の色気……。
「ああ、ベージュさん。どうも」
料理人ローシェンさんが挨拶する。
給仕オレンさんによると得意先の薬草屋さんだとか。
男爵藷の皮むきは詩人の貴方が引き受けてくださったので、私は葉物を洗うことに。
この時期の水はとにかく冷たく、慣れることは難しいですね……。
「今日の納品をお持ちしました。あと……」
表にいた見かけぬ少女と、姿を見せないアサギさんのことを尋ねる薬草屋ベージュさん。
見られてしまったか、とバツの悪そうにされる【野ウサギと木漏れ日亭】の二人。
「あの椅子に腰かけている女の子、具合が悪いのでしたら私の方でお薬用意しますけれど……」
「いや、具合が悪いと言うか、何と言うか……」
「あれは呪いの類だと思うけれど。薬で解けるかしら?」
申し出るベージュさんを無下にできずにいるところへ、我が師・エルフのチトセがやってきました。
「呪い……?」
「魔族の、ね」
ちーさまはあの少女がアサギさんだと言い放つので、三人は知り得る限りのことベージュさんにを話します。
本人の証言と状況証拠だけに過ぎないけれど、アサギさんが仲間の魔族に生気を吸わせたことで女の子になったらしいこと。
当人たちも原因がわからず、解決策を探しあぐねていること。
「それでしたら、私も文献を当たってみますわ。店の奥に先代から引き継いだものがありますから……。何かとアサギくんにはお世話になってますしね」
戸惑うどころか協力を申し出るベージュさん。
「それなら私も同行するわ」
我が師ちーさまが手を上げる。
知識の深い耳長族がいたほうが探すのもはかどるだろうと。
「ちーさま。わざわざ文献など調べなくとも、ご存知なのではありませんか?」
「私を甘く見てはいけないわ。精霊と会話するのは好きだけれど、それ以外の知識など興味が無かったのが私よ。書物なんて見ても退屈だもの」
「では何故行かれるのです?」
私の質問に、腰まで届く長さの白緑《ごく薄い緑色》の髪を掻き上げ、にたりと下心丸出しの笑みを浮かべるわが師。
「こーんなかわいい人妻と幼女がいるのよ?」
「却下です。部外者がちーさまの毒牙にかかってはいけません。まして幼子の教育に最悪です」
「私が立派に英才教育してあげるけど?」
「それが不健全だと言っているんです、この駄エルフ」
「オーツー……。最近私への風当たり強くない??」
「日頃の行いのせいです」
言いながら私は洗い終えた菜っ葉を笊に上げる。
冷え切った手を背中に突っ込んであげようかしら。――それでさえ悦びそうだけれど。
「書物ノ取リ扱イナラ力ニナレルカモシレン」
「姉さん!」
「バンシェン!」
「留守ニシテ悪カッタ。少々手間ドッテナ……」
やってきたのは、やせ細った土気色の肌に焼けた赤土色の髪と瞳の女性。
ゴタゴタの間に姿を消していた料理人ローシェンさんのお姉さん、バンシェンさん。
「よう……、戻ったぜ」
「いつ来ても騒々しいなーここは」
「ラスト!」
「アッシュ……! は帰っていいぜ」
「そりゃひどいな」
昨日から不在だった【野ウサギと木漏れ日亭】の主、錆色の髪の大男ラストさん。
もう一人、アッシュと呼ばれた灰色短髪の長身男が話に聞いていた騎士隊の隊長……?
「一体なにがどうなってんだか。表の二人にも驚いたが……」
「何がどうなってる、はこっちの台詞! どこ行ってたんだい!」
いつも余裕のある料理人ローシェンさんが珍しく声を荒げ詰め寄る。
宿の主ラストさんは両手を前に出して制している。
「わーった、悪かったって。ちゃんと説明する。……ひとまず状況の整理がしないとな。みんな集めて作戦会議を行おう。薬草屋さんもご参加願えるか?」
「もちろんですとも」
「エクリュちゃんはどうする? 物騒な話も飛び出すだろうし、面倒見ながら調べものするのも手がかかるだろうよ」
「そうね。誰が見てるか……」
「ごめんくださーい。修繕の見積もり持ってきましたー!」
千客万来とはこのことでしょうか。
取り込み中のところに来たのは建具屋の息子、ええと、名前は……。
「おっ! ボウズいいところに!」
「えっ!?」
宿の主は何かを思いついたようですね……。
大人と言うのはどうしてこうあくどい顔をするのでしょうか。
私は理解に苦しみます。