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6日目 6 薬草店親子と

 アサギが座った車輪付きの椅子の背後にある取っ手をあたしが握って前に押すと、ゆっくりと椅子が動いた。「野ウサギと木漏れ日亭」の外に出た。

 よく言えば柔らかい――悪く言えば物足りない――暖かさの陽差し。


 日向ぼっこにはいいはずなんだけど、アサギの隣にいなきゃいけない。

 拒否権無し。

 いや、もちろん嫌ってことはないんだけど、女の子になっちゃったアサギにどう接していいのかわかんない。


 何か話題を、と思ってもこういう時に限って何を考えても面白くもなくて、気まずい沈黙の時間だけが過ぎる。




「あ、あのさ……」



 あたしが考えあぐねているとアサギが話しかけてきた。

 声も変わっちゃっているからアサギだと気付くのに一瞬遅れる。


 声をかけた割にアサギは下を向いていた。

 急に伸びた髪で隠れて表情は窺えない。

 その視線の先、膝に置いた手に何か袋を持ってる。

 何だろ、見たことないや。


 冷たい北風が、弱く抜ける。



「な、なに「こんにちはー!」



 あたしの声を遮って元気な挨拶が聞こえてきた。

 道の向こうに見えるのは、薬草屋さんのベージュさんと娘のエクリュちゃん。

 羊毛色の髪と瞳を持つ親子。


 二人を見つけると、とっさにアサギが膝の包みを背もたれに隠したのが目に入った。

 まだぎこちなくしか動かせない腕で。


 なに? どういうこと?

 問いたかったけれど、それより早く、エクリュちゃんがアサギに飛び乗ってきた。

 弱った体に響かないかとハラハラするあたしに、アサギは横目で「大丈夫」と訴える。



「あれー? おにーちゃんじゃなーい。おんなのひとー? ねーねーヒナおねーちゃん。アサギおにーちゃんはー?」



 答えづらい問いを尋ねるエクリュちゃん。

 あたしは自分の浮かべている笑みが引きつるのを感じた。



「き、急なお仕事が入ってしばらく帰ってこられないんだって。な、そうだよな?」


「え、ええ、そうよ……」



 どう返したものかと窮したあたしより先にアサギが返事をしてくれたけど、挙動不審丸だしで、ただでさえ高くなった声が裏返っちゃってる。

 求められた同意に相槌を打つのがやっと。



「えー? じゃあ、”でーと” いけないのー?」



 寂しそうにしょんぼりするエクリュちゃん。



「おにーちゃんとおねーちゃんと、さんにんで ”でーと” するのたのしみにしてたのに……」


「ごめんね、エクリュちゃん……。きっとすぐ帰ってくるよ」



 しがみついたまま離れない幼子の頭を撫でるアサギ。



「えー? おすわりしてるおねーちゃん、どうしてえくるのおなまえしってるのー?」



 エクリュちゃん……また鋭い指摘を……!

 好奇心の強い子だから小さな疑問にも敏感なのかな……。


 喜ぶべき才だけど、今この場においては不都合だった。



「そ、それは……っ、そのっ……。あ、アサギ……おにいちゃんから聞いたんだ! 仲良しのかわいい女の子がいるって!」


「そ、そう! アサギったら、よくエクリュちゃんのこと話してるから!」



 こいつ……ほんっと口から出まかせばっかり。

 中身はやっぱり変わってないわね……。

 助けられている手前何も言えないけれど。



「えー? そうなのー? えくる、かわいいー? えくる、にんきものなのー?」


「そ、そう! 人気者だよ!」


「わーい、にんきものー」



 おだてられたことで浮かれ、アサギから離れて飛び跳ねるエクリュちゃん。

 動きに合わせて肩より少し長い明るい羊毛色(エクルベージュ)の髪が踊り陽光にきらめく。


 どうにか乗り切ったと額の汗をぬぐう。

 うう……。背中にも嫌な汗かいてる……。


 隣のアサギも深くため息をついている。

 はしゃぎ回っているエクリュちゃんを、母であり薬草店の主でもあるベージュさんが追いついて捕まえた。




「こんにちは、ヒナさん。そちらは……はじめましての方ね、かわいらしいお嬢さん。エクリュ。きちんとご挨拶できた?」


 女のあたしでもドキッとする柔らかい女性の色気。

 両肩に垂らした緩い三つ編みがまた可愛らしい。

 これで一児の母なの……ズルくない??


 抱きかかえられた状態の幼女は、母親の問いかけに手を上げて返事をする。



「はーい! あいさつしまーす! はじめまして、”えくる”です! こんにちわ!」


「こんにちは、エクリュちゃん。はじめまして」


 お腹を支えられて宙ぶらりん状態なのに器用にお辞儀をするエクリュちゃん。

 幼児に合わせて頭を下げるアサギ。


「ねーねー、おねーちゃんのお名前はー?」


「え……、と……。あの……、その……シ、シアン! シアンだよ!」


「シアンおねーちゃんっていうのねー! よろしくねー!」



ベージュさんが抱えているのをするりと抜け、再びアサギに飛び込んだ。



「こら、エクリュ。だめでしょー。シアンさんお椅子に座ってるんだから。お加減があまりよろしくないのかもしれないでしょ。ごめんなさいね、うちの子が……」


「あ、いえ。慣れてますので。大丈夫です」


「あの、もしかして……ご病気ですか?」



 躊躇ためらいがちに訊くベージュさん。



「そ、そうなんです! 療養で『野ウサギと木漏れ日亭(ここ)』に来ていてっ」


「そうですか……もしよければ、私薬草店をやっていますので、治療のお力になれるかもしれません。遠慮なくおっしゃってくださいね!」


「あ、ありがとうございます」



ベージュさんの元気づけるような言葉に、照れた態度をとる。

なに顔赤くしてんのよアサギのやつ!



「シアンおねーちゃーん! じゃあ、おにーちゃんが帰ってきたらー、みんなで ”でーと” いこー? シアンおねーちゃんとー、ヒナおねーちゃんとー、おにーちゃんとー、えくるとー、ママ!」


「あらあら、ママも行くの?」


「うんっ!」


「賑やかになりそうねー」



 満面の笑みのエクリュ、クスクスと微笑むベージュ。



「そうそう、届け物があったの。中へ行ってきますから、少しの間エクリュをお願いできますか?」



 二つ返事で了承する。

 明るい羊毛色(エクルベージュ)の緩い三つ編みを揺らしながらベージュさんが離れていくと、エクリュちゃんお馴染みの”ゆーしゃさまごっこ”が始まった。

 動けないシアンことアサギがお姫様、エクリュちゃんが勇者、そしてあたしは……またも ”わるものやく” を仰せつかったのだった……。



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