6日目 4 アヤメとアイリス ふたりの魔族
◇
ちょうど昼どき、天頂に差し掛かる前の薄日が差す冬空の下。
病床のおにーちゃんに面会したあと、次の来客と入れ違いでボクは逃げるように屋根の上に上って来ていた。
誰にも見つからず静かに過ごしたいと思って、無意識のうちに。
営業している一階の食堂の喧騒がうっすらと聞こえる。今日は早くから賑わってるみたい。
アサギは恐らく、ボクが生気を吸ったせいで女の子の姿になってしまった。
そのことがやけに重くのしかかる。
人を痛めつけることも、人から痛めつけられることにもボクは特別興味が無かったはずなのに……。
自分のせいだと、ボクを責めないアサギ。
アサギが変わってしまったことで取り乱し、ボクを責めたヒナ。
そんなヒナに対して、怒りを露わにしたジーナ
「はぁーっ……」
大きくため息。
三人のことを思い浮かべると、胸が締め付けられる。
仲良くしてほしいのに、楽しく過ごしたいのに、な……。
「なんだ、こんなところに居たのか、レグ」
「!?」
背後から呼ぶ声にちょっと驚く。
振り返ると、ボクとそっくりな顔。違うのはやや釣り目がちになった目と髪の長さ。
そして髪と瞳の色は藤紫色だということ。
「ウィー……」
言動から一見少年とも見まがうこの少女はアイリス・ウィスタリア。
ボク――アヤメ・レグホーンの同種。魔族だ。
快楽をもたらす淫魔であるボクとは異なり、彼女がもたらすのは暴力――そう、破壊魔だ。
「我らの尋ね人がまさか二人が一緒にいるとは……。その上オマエも一緒とはな、レグ」
「ボクも驚いたよ、ウィー。群れるのがキライじゃなかった?」
「……フン。契約したからな、成り行きだ。それにサキはかわいい」
「ふーん。おねーちゃんも可愛いもんねー」
ちょっとしたことで張り合ってしまう。
さっきまで冗談のひとつも言える心境じゃなかったから、こいつなりの気配りなの……?
「そんなことより、気がかりなことがある。途中に寄った廃村の話だ。知っているんだろう?」
「知ってるも何も……」
ボクはあそこで描かれていた魔法陣で召喚されたんだ。
でも、いったい誰が……。
「オマエ、本当に心当たり無いのか?」
「え?」
レグが大袈裟にため息をつく。
「オマエも見ただろう、レグ? 峠で戦っていた奴が使った薬剤……、それと似た成分が廃村の教会にあった白装束の屍の山からも検出された。そもそもあの村は疫病で滅んだというではないか。そこから見える共通点……」
「病……薬……白……。そんな……なんで……」
「理由なんぞ当人にしかわからぬ。まぁ、昔からあやつはオマエに執心しておったがの。……本当に奴が原因かは分からぬが、関与があったとして全部が全部というわけでもなかろう。だが、しばらく姿を見ておらんからな……。早々に見つけ縛り上げるのが良かろう。我はサキの用事が住むまでこの街で諜報活動を続けるつもりだ」
ブツブツと独り言のように話すウィー。
「アヤちゃーん! どこにいますの~?」
今度は二階の窓からの呼ぶ声。
「あ、おねーちゃんだ」
足元の窓に向かって叫ぶ。
「ごめーん、今行くねー!」
「なんというだらしない顔をするのだ……」
呆れた顔をするウィー。
「うっさい。ウィーだってサキって子の話するとき鼻の下伸びてるじゃないか」
「バっ……! 誰が鼻の下など……!」
「ムキになるところが怪しいよねー」
「き、キサマっ……!」
「アヤちゃーん?」
「はーい! ふふん、じゃーね」
浮遊を使って宙返りしながら窓に滑り込み、そのままおねーちゃんの胸に飛び込む。
「きゃあっ! も、もう、びっくりしましたわ~」
「へへへー」
忍び寄る不安をかき消すように、ボクはしばらくおねーちゃんに甘えていた。
「……まったく。暢気にしておれるのも今のうちじゃぞ……」
屋根の上に残されたウィーが呆れて呟く言葉は、当然ボクの耳には届いていなかった。