1日目 11 アヤメとジーナ⑤ 隠れ蓑と天使
ようやくアヤメとジーナの出会いの話が終わります。
2021.8.23 描写など加筆しました。
「クソっ! どこ行った!?」
修道士の一人が声を荒らげる。
崖から落ちたはずの修道女がいないからだ。
そりゃそうだ。だってボクが隠したもん。
ざんねんでしたー。
「血痕があるから傷を負ったのには違いないだろう、この高さから落ちたのだからただじゃ済まないはずだ。が、みんな見たようにあの強い光は神の加護の力だ、法術を使い自力で回復したのだろう」
「そうだとしても、結構な出血だ。いくら才能に長けた者だとしても法術にも力を使うし、人の足でそう遠くへ行けるとも思えない」
「ですわね。ここは手分けして探しましょう」
おねーちゃんと一緒に崖の上にいたやつらが目と鼻の先――さっきまでボクがいたところで話し合っている。
手がかりを見つけたことでこのあたりを念入りに嗅ぎまわるらしい。
危なかった。姿を隠せず見つかっていたらどうなっただろう。
隠れ蓑――。
ボクら魔族が得意とする『幻術』のひとつ。
とっさに思い出して使ったから精度は高くないはずだけど、どうやらうまく姿も気配もおねーちゃんごと消せたみたい。
あまり熟練のニンゲンがいなかったのかな。
おねーちゃんごと隠せて済んでよかった……。
気付けば雨は止んでる。
降ったままだとうまく隠れられなかったかも。ツイてる。
おねーちゃんまだ目を覚まさない。
……大丈夫なのかな。
腕に抱えている女神様みたいな整った美しい顔。
かすかな寝息を立てて、胸も呼吸に合わせて上下してる。
傷はふさがってるし、顔色悪くないし。
麗しい唇にちゅーしたい。
そしたら目を覚ましたりしないかな。なんて。
教会の奴らにうろつかれている間はとにかく気配を消すしかないから、気を失っててくれて助かったかも。
起きてたらこうはいかないよなぁ。
目を覚ました瞬間に叫ばれちゃうかも。
そしたら隠れ蓑も効かなくなっちゃう。
なんだかぎりぎりだなぁ。
かくれんぼいつまで続くだろうかと、ため息をつく。
「ん??」
近くを探っていた修道士が足を止める。
「どうした?」
一緒にいたもう一人が声をかける。
「いや、なんだか息づかいのようなものが聞こえてな」
どきっ
「なんでそんなのが聞こえるんだよ、誰もいないだろ。風が鳴ったんだろ」
「わからねぇけど、なんか生々しいのが聞こえたんだ。シスターかもしれないぜ」
「悪魔に魅入られたって言ってたな。見つけたら教会に突き出す前に罰を与えてやらないとな」
「だな。ひん剝いてひざまずかせて懺悔させてやるよ」
「それからお楽しみだな。修道服であんまり目立たねぇけどよぉ、ありゃいいモンもってるぜぇ」
ボクでもしないような下品な笑い声を立てる。
誰も聞いてないと思って言いたい放題だな。
むー。何もできないのがもどかしい。
「それで、聞こえたのはどっちだよ」
「こっちだ」
二人揃って近づいてくる。
えっ。うそっ……!
危険危険と心臓が高鳴る。
悪魔だって怖いもんは怖いんだいっ。
「ただの岩場だろう? 人が隠れるなんて無理だろうが」
「シスターのやつ、悪魔に魅入られたって言ってたぜ、人を惑わす術なんかも使えるんじゃないか?」
「姿を隠したり、とかか?」
ご名答すぎるだろバカっ!
「そうそう、だったらこうやって探すさ。見えなくても実体はあるわけだからな」
冗談めかして言い小石を拾い投げてきた。
ボクの頬をかすめ、鈍い音を立てて岩にぶつかり砕ける。
声を出しそうになるのを口に手を当てて必死で抑える。
と、おねーちゃんを支える手が片方になってバランスが崩れ、頭を膝から落としそうになるが慌てて手を戻し支え直す。
タイヘンだあ……。
修道士はお調子者か立て続けに石をあちこち投げている。
狙いは定めず手当たり次第。
大岩が立ち並ぶ荒野で石を投げれば、岩肌にぶつかり岩がえぐれるか石が砕けるか。
時には両方。
案外脆い地質みたいで、形を留めて跳ね返ることは少ない。
いや、ちょっとやめてよ、あぶないよー。
おねーちゃんを落としちゃいけないから、両手で抱えなおすために下を向く。
その直後――。
頭のてっぺんが割れるような痛みに襲われ、ボクの頭でいくらかに分裂した石が地面へと落ちてゆく。
破片が多い。
それまでに比べ大きめの石が頭に当たったみたい。
いったぁーい!! と心の中で叫ぶ。でも、意地でも見つかるもんか。
歯を食いしばる。痛みで涙が浮かび視界が滲む。
ひどいなぁもう。
顔を下げてなかったら顔面だったし。
なによりおねーちゃんに当たんなくてよかったよ。
「おい、なんか弾みが変じゃなかったか?」
「そうか? 気のせいだろ?」
気のせいです。気のせいです。ここには誰もいません。
はやくあっちいけクソ修道士! ばーか、ばーか!
石に躓いて顔面強打しとけ!
なーんて、手を出せない代わりに強く念じる。
「なぁ……、やっぱり何か気配感じないか?」
「俺も今度は感じた」
やっばーーーーーーーい!!
ウソです嘘です誰もいませんごめんなさいどうか後生ですからお引き取りください。
「暗くなってきたからこれ以上捜索はできん! この辺り夜は野犬も出るという! 囲まれてからでは遅い。一度撤収だ!」
念じたと同時に遠くから号令がかかってくれた。
やっぱカミサマっているかもね?
二人のニンゲンは舌打ちを残し、声のほうへ去っていく――。
元から曇天で気にしてなかったけどすっかり日の暮れる頃のようで。
人間は暗がりではよくみえないらしい。不便だよねー。
夜目の利くボクの目でも見えなくなるくらい遠くにニンゲンが去ったのを確認し、隠れ蓑を解く。
つかれた……。
でも、ここにいちゃだめだ。
あいつら明るくなったらまたやってくる。
その前に野犬が出るんだって。
それにこんなごつごつの岩場じゃお尻痛いし、おねーちゃんもかわいそう。
もっと休みやすいところへいこう。
雨は止んでも空はまだ曇っていて月は出ていないから、空を飛んでも見つかることはない、と信じたい。
呼吸を整え、おねーちゃんを抱えて浮かんでみる。
抱え方はそう、お姫様抱っこってやつ。
大丈夫、両手でもっていれば飛べそうだ。夜のうちが勝負なんだ。
空高く上昇、月夜を背景にしたら映えたかもしれないけれど、生憎雲一色。
どこへ向けて飛ぶべきか。
自分の力の使い方はだんだん分かってきてるけど、この世界のことがさっぱり分かんない。
頼れるのは自分の感覚、ニンゲンの垂れ流す気配。
それからできるだけ遠ざかるような静かなところは……と一度集中する。
石がぶつけられたところがズキズキする。でも、気にしない。
おねーちゃんのいいにおい……。今はダメ!
集中……。敵意のないところ……。あっちみたい……。ようし。
気合い入れて、スピード出して一気に飛ぶ!
と、バランス崩しておねーちゃんの身体がずるりと滑る!
慌てて勢いを落とし、おねーちゃんを落とさないように脇を締めてしっかり抱える。
近くなったせいでついくんくんしちゃう。
だってぎゅってしないと落としちゃいそうだし、ぎゅって抱っこしたらちょうど胸元に顔がいくし。
顔を寄せたらちゅーしちゃいそうだし。
欲望とのたたかい。くんくんするだけで我慢。
なんて考えてたけど、ふと体がすーすーすることに気付く。
あ、そうか。おねーちゃんのコートしか着てないんだった。
どこかで服みつけないとなぁ。
あれこれ考えが浮かんでは消えてを繰り返しながら、しばらく飛ぶ。
なんとなくの気配の先、着いたのは山の麓に広がる静かな森だった。
上から見下ろすと、少し開けているところがあり、そこに降り立つ。
手入れが行き届いているのか鬱蒼としていなく、木々の間は広く、空もいくらか見える。
天気が良ければ星空を眺められたかもしれない。
透き通った空気、小動物の気配が遠くに少し。
今のところは安全そうだ。
んー。疲れたなぁ。
いろいろあったし、おねーちゃんも目を覚まさないし、少し休もう。
おねーちゃんをボクの膝枕に乗せ、おやすみのちゅーをほっぺにして、ボクは木にもたれかかる。
がんばったんだから、このくらい良いよね……?
◇
気が付いた時には太陽が昇り、明るくなっていました。
私は確か――崖から落ちて死を選んだはず。
驚いたことに周りは岩場ではなく緑に覆われていて、私はあのかわいらしい子に膝枕をされていましたの。
出血も全身の痛みも消えていました。
何が起こったかは分かりませんでしたが、ここまで連れてきてくださって、きっと大変だったことでしょう。
目を覚まさせてはかわいそうですから、心の中で彼女に感謝とねぎらいの言葉を送り、天使のような、いえ、天使そのものの寝顔をしばらく下から眺めさせていただきましたわ。
その幸せな光景を見つめながらうとうとしていますと
「もしもし……??」
「あわわわ、は、はい!!」
急に声を掛けられ、私は思わず飛び起きました。
「あら、驚かせてしまってごめんなさい。お邪魔してしまいましたね。とてもいい顔してましたよ? ふふふ」
声の主を見ると、透き通るような白い肌、すらっとした長身に見合った腰まで届く薄い薄い緑色の髪に、そこからのぞく尖った長い耳。
少し切れ長めのまつ毛の長い目。
瞳は髪とは対照的な深い深い濃い緑。
うっとりするほど美しい絵画のようなお顔。
まさか……話には聞いたことがある、あのエルフという種族なのでしょうか。
「だいぶお疲れのようですが」
「ええ……。色々とありまして」
戸惑いながら答えます。本当に、色々……。
「そちらの方は平気かしら?」
「はい、恐らくは。疲れて眠っているのですわ」
「そう……、それならよかったわ。聖職者と悪魔の組み合わせなんて珍しいわね。訳あり?」
「ええ、まぁ……。私も気を失っていたのでわかりませんが、助けられたのには間違いありませんわ」
ふーん。と言いながらにやりと笑うエルフさん。
悪い方ではなさそうですが、なんだかすべてを見透かされているようで不安を覚えます。
この子が悪魔と一目で見抜いているのですから……。
「このあたりは安全だけど、野営に慣れていないと大変よ。森を抜けたところに一軒の宿屋があるわ。ぶっきらぼうな店主だけど力になってくれるはずだから、その子が目を覚ましたら案内するわ」
願ったり叶ったりの提案でした。
「ありがとうございます……疑うわけではありませんが、どうして助けてくださるのですか?」
「……ふふ、そうね。あなたたちのことを気に入った、ではおかしいかしら?」
「どうして……気に入ったのですか?」
ぶしつけに質問してしまう。
胸の内にある不安をぶつけるかのように。
言い方もついきつくなっていて、機嫌を損ねられたとしても仕方ありませんでした。
「綺麗な百合の花が咲いていたからよ」
……?
よくわからなく問いかけようとしたところにかわいらしい天使さんが目を覚まし、私が起きているのに気付くなり思いっきり抱きついて喜んでくださいました。
改めてその恰好を見て、ひとまずは素直にエルフさんのご厚意を受けることにしました。
だって天使さんは、私の使い古しのコートを羽織っているだけなのですもの!
こうして私たちは森エルフさんの助けを借りて森を抜け、ここ野ウサギと木漏れ日に辿り着いたのですわ。
まだお互いの好きはわかっていないので両片思いな感じでしょうか。
現在ではもう両想いな二人です。