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6日目 2 アサギとアヤメ 俺が女になった原因

 ◇


 窓から射しこむ朝陽の眩しさで目覚めると、昨日はさっぱり動かせなかった体が、ゆっくりだが上半身を起こせる程度に回復していた。

 いや、回復したというより、変わり果てた女の体にようやく馴染んできたというべきなのか……。


 窓の外はすっきりと晴れている。

 ただ、日ごと冬に近づいていて、同じ陽の光でも暖かさが弱まっているのを感じる。

 このまま太陽が消えてしまうのではないか……。

 そんな心配すら覚える、体を温めるには心許ない柔らかすぎる光。


 足腰に力が入らず、立ち上がることはまだできそうにない。

 寝台ベッドの上……。することなく、やや色白になった自分の手の平をじっと見つめる。


 溜息ひとつ……。

 静かな室内。

 夜はヒナが居たと思ったが、今はもう誰の気配も無かった。


 もう一度寝ようか……そう考えていたところ、不意に声がかけられた。



「おにーちゃん……?」



 ノック音は聞こえなかったが、振り向いた先――開いた戸口に立っていたのは柔らかな黄(レグホーン)色の髪を下ろしたままのアヤメだった。

 俯いていて表情が見えないが、声に元気が無いのは分かった。



「アヤメ……。帰って来てたんだな……」


「おにーちゃんも……」


「ああ。……無事だったんだな……。ジーナ(おねーちゃん)は……?」


「だい……じょうぶ……ちゃんと……助けたよ……」



 喜び、はしゃいでもいいはずなのに、アヤメは戸口から動かず、その声は沈痛で、今にも泣きそうだ。

 原因は俺のことだとわかる。



「そうか……よかったな……」


「うん……」


「…………」



 こんな状況で、どんな言葉をかけたらいいのやら……。

 考えているとアヤメのほうが口を開く。



「それより……おにーちゃん……ボクのせいで……」


「いや、俺が生気を吸えって無理強いしたからだろ……。お前のせいじゃねぇ……。俺が望んだんだ」


「…………」



 気まずい沈黙。



「それより、教えてほしいんだ。お前に生気を吸ってくれ、と言った後の記憶が曖昧で……。どうして俺は女の(こんな)姿に? 何があったんだ? ヒナが突然やってきたと思ったんだけどな……」


「え、と……」



 アヤメはもじもじと言い淀む。

 再びの沈黙。

 口を開きかけては閉じ、切り出し方を探している。


 やがて意を決し、アヤメが顔を上げて口を開く



「おにーちゃんから、よりたくさん生気を吸いやすいように……幻を見せたんだ……。ボクのことがおにーちゃんの一番心の中にある人……ちいねーちゃんに見えるように……」


「どうりで……。記憶の中のヒナはいつもの格好なのに、昨日見たのは着飾った(ドレスアップした)アイツだった」


「……!」


「服装が違うのは、アヤメ、お前は着飾った(ドレスアップした)ヒナの姿を見ていないからだな……。そういうことか……そうか……辛い思いをさせたな……」


「おにーちゃんが謝ることないよ! ボクが、ボクのほうが……」



 ボロボロと涙を流すアヤメ。

 そんなにされたらこっちが泣いているわけにはいかなくなった。



「ったく……。俺は死ぬ覚悟だったのにこうして生きてんだぜ……ちったぁ喜べよ……」


「っく……。ひっく……。うん……」



 とめどなく零れる涙の雫を両手の甲で拭い続けるアヤメ。

 そんな姿を見てしまったために、俺は溢れそうになる感情を、震えそうになる声を必死で隠して冷静であろうと振舞う。


 俺が辛いとこぼしたら、こいつはもっと自分を責めるだろう。

 そんなことをしたって何も生まれない。

 だからここは自分を押し殺してぐっとこらえた。


 アヤメのすすり泣く声が落ち着くのを待っていると、その背後、戸口の横の壁がノックされた。

 俺は返事をして呼び寄せる。

 誰だろうか……。



「どうぞ……」


「お邪魔します……。具合は……どうですか……?」


「え……? フジムラ……⁉」


 ここにいるはずの無い顔だった。

 藤紫色の、ゆるく毛先が内巻きになった長髪の少女、フジムラ=サキ。


 その後ろには宿のオヤジさんと同じような体格の持ち主の、象牙色の髪をした青年もちらりと姿を見せる。



「ゴメン、ボク、いくね……」


「あ、ああ……」



 二人が室内へ足を踏み入れると、アヤメは逃げるように入れ替わりで去っていった……。



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