6日目 2 アサギとアヤメ 俺が女になった原因
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窓から射しこむ朝陽の眩しさで目覚めると、昨日はさっぱり動かせなかった体が、ゆっくりだが上半身を起こせる程度に回復していた。
いや、回復したというより、変わり果てた女の体にようやく馴染んできたというべきなのか……。
窓の外はすっきりと晴れている。
ただ、日ごと冬に近づいていて、同じ陽の光でも暖かさが弱まっているのを感じる。
このまま太陽が消えてしまうのではないか……。
そんな心配すら覚える、体を温めるには心許ない柔らかすぎる光。
足腰に力が入らず、立ち上がることはまだできそうにない。
寝台の上……。することなく、やや色白になった自分の手の平をじっと見つめる。
溜息ひとつ……。
静かな室内。
夜はヒナが居たと思ったが、今はもう誰の気配も無かった。
もう一度寝ようか……そう考えていたところ、不意に声がかけられた。
「おにーちゃん……?」
ノック音は聞こえなかったが、振り向いた先――開いた戸口に立っていたのは柔らかな黄色の髪を下ろしたままのアヤメだった。
俯いていて表情が見えないが、声に元気が無いのは分かった。
「アヤメ……。帰って来てたんだな……」
「おにーちゃんも……」
「ああ。……無事だったんだな……。ジーナは……?」
「だい……じょうぶ……ちゃんと……助けたよ……」
喜び、はしゃいでもいいはずなのに、アヤメは戸口から動かず、その声は沈痛で、今にも泣きそうだ。
原因は俺のことだとわかる。
「そうか……よかったな……」
「うん……」
「…………」
こんな状況で、どんな言葉をかけたらいいのやら……。
考えているとアヤメのほうが口を開く。
「それより……おにーちゃん……ボクのせいで……」
「いや、俺が生気を吸えって無理強いしたからだろ……。お前のせいじゃねぇ……。俺が望んだんだ」
「…………」
気まずい沈黙。
「それより、教えてほしいんだ。お前に生気を吸ってくれ、と言った後の記憶が曖昧で……。どうして俺は女の姿に? 何があったんだ? ヒナが突然やってきたと思ったんだけどな……」
「え、と……」
アヤメはもじもじと言い淀む。
再びの沈黙。
口を開きかけては閉じ、切り出し方を探している。
やがて意を決し、アヤメが顔を上げて口を開く
「おにーちゃんから、よりたくさん生気を吸いやすいように……幻を見せたんだ……。ボクのことがおにーちゃんの一番心の中にある人……ちいねーちゃんに見えるように……」
「どうりで……。記憶の中のヒナはいつもの格好なのに、昨日見たのは着飾ったアイツだった」
「……!」
「服装が違うのは、アヤメ、お前は着飾ったヒナの姿を見ていないからだな……。そういうことか……そうか……辛い思いをさせたな……」
「おにーちゃんが謝ることないよ! ボクが、ボクのほうが……」
ボロボロと涙を流すアヤメ。
そんなにされたらこっちが泣いているわけにはいかなくなった。
「ったく……。俺は死ぬ覚悟だったのにこうして生きてんだぜ……ちったぁ喜べよ……」
「っく……。ひっく……。うん……」
とめどなく零れる涙の雫を両手の甲で拭い続けるアヤメ。
そんな姿を見てしまったために、俺は溢れそうになる感情を、震えそうになる声を必死で隠して冷静であろうと振舞う。
俺が辛いとこぼしたら、こいつはもっと自分を責めるだろう。
そんなことをしたって何も生まれない。
だからここは自分を押し殺してぐっとこらえた。
アヤメのすすり泣く声が落ち着くのを待っていると、その背後、戸口の横の壁がノックされた。
俺は返事をして呼び寄せる。
誰だろうか……。
「どうぞ……」
「お邪魔します……。具合は……どうですか……?」
「え……? フジムラ……⁉」
ここにいるはずの無い顔だった。
藤紫色の、ゆるく毛先が内巻きになった長髪の少女、フジムラ=サキ。
その後ろには宿のオヤジさんと同じような体格の持ち主の、象牙色の髪をした青年もちらりと姿を見せる。
「ゴメン、ボク、いくね……」
「あ、ああ……」
二人が室内へ足を踏み入れると、アヤメは逃げるように入れ替わりで去っていった……。




