6日目 1 生気吸いの修道女
お待たせしました!
いよいよ後半スタートします!
「ちょ、ちょっと、オーツー! そんなに引っ張らないで! 自分で歩くから!」
把握しきれないほど事件の多発した昨日から一夜明け、眠ることであたしはようやく落ち着きを取り戻した。
気持ちの整理は全然ついていないけど、それでもまだ、普通に振舞える程度には回復したのは、こうやってあたしに構ってくるひとがいるからだと思う。
同室で休んだ黄土色髪癖毛ドルイド僧オーツーに朝も早くから起こされ、帳の向こうで臥せる浅葱色の髪をした少女――になった元少年――アサギの顔を見る間もなく、着の身着のまま手を引かれ食堂に連れ出された。
朝の冷え込みが厳しいこの時期の朝に布団から出るのが辛くないのは、火魔法で制御された暖炉によって宿の中はほんのりと温かいから。
素直に助かる設備ね。
「こうでもしないと。また塞ぎ込まれてはたまったものではありません」
「それはそうだけど! 階段は危ないから! 一人で歩くから!」
ようやく手を離してもらい、自分の歩みで階段を降りる。
もたもた降りるとまた引っ張られそうだから、手すりに乗せた手のひらに体重をかけて滑るように、脚は一段飛ばしで下りきる。
最後着地する頃には朝食の香りが漂ってきていた。
ミシリと床板が鳴ったのは聞かなかったことにする。
「お、来た。おはようさん」
「ヒナにオーツーかい、朝から騒がしいね!」
匂いに誘われるように階段を降りて左手――食堂に着くと、朝食の支度を済ませてくれていた土色馬の尾結びの料理人ローシェンさん、橙色短髪の給仕オレンさんから挨拶されるのに返事し、奥の食卓へ向かう。
生野菜の盛り合わせに香ばしい香りの茶色パン。
カリッと焼いた燻製肉に伯爵芋のスープ。
思わずお腹が鳴って恥ずかしい。
食卓には先客がいた。
優雅に茶器を持つ聖職者ジーナ。
その隣で食卓に突っ伏している長命種であり精霊使いのチトセさん。
珍しい組み合わせだ。
「ヒナさん、オーツーさん、おはようございます~」
あたしに辛辣な言葉を浴びせた昨日のことなど無かったかのように、にこやかに挨拶をするジーナ。
「おはようございます」
「お、おはよう……。ジーナ……」
淡々と挨拶を返すオーツーと対照的に、あたしは戸惑いながら返事する。
オーツーは席に着かず師であるチトセさんのもとへ行き、無表情のまま手首を触って脈をとっている。
あたしはとりあえずジーナの向かいに腰かける。
背中に日差しが当たって一層暖かい。
「いい天気ですわね~」
ジーナはオーツーの行動を気にも留めず、外の景色に目を細め呟く。
窓から差し込む冬の朝陽に照らされ、柔らかな黄色の真っすぐな長髪が、色白の肌が光を纏っているかのような羨ましい輝きを放つ。
普段から機嫌の悪さ、体調の悪さを表に出さないジーナだけれど、なんだかいつも以上にご機嫌に見える。
いつも一緒の淫魔で召喚士のアヤメは昨日の戦闘でずいぶんと消耗しているため、本来必要としない食事は取りやめ療養優先で顔を出さないそう。
「ちーさま……?」
白い肌が青みがかって見えるほど血色の悪いチトセさんの顔を、オーツーが覗き込む。
髪色が元々薄く緑がかった白色なのも相まって、そのまま消え失せてしまってもおかしくない。
今気が付いたとばかりにチトセさんが返事をする。
「ああ、愛しのオーツー……」
「悪ふざけはよしてください」
「つれない子ね……」
「何もしていないちーさまがどうしてへばっているんですか」
「それがね……」
力なく話し出すチトセさん。
食卓の上に広がる薄い緑色の髪が草原みたいだけど、生命力より死相が見えちゃいそうな気力の無い声。
話によるとどうやら昨夜、同じ部屋にいると思ったら魔が差してジーナに夜這いをかけたところ、ジーナとアヤメ二人がかりで逆に襲われ生気を搾りつくされたらしい……。
げんなりして話す長耳と、嬉々とする元修道女。
「うふふ。楽しい時間でしたわ~」
赤らめた頬に手を当てるジーナ。
「淫魔ちゃんはともかく、そこの修道女ちゃんは……あれだけ魔力吸われてもむしろ元気になってるなんて……バケモノみたいな魔力持ってるわね……」
チトセさんはやっとの思いでそう呟くと、再び卓に突っ伏した。
「ちーさま、なにやってるんですか……死にますか?」
非礼無礼お構いなしに師に暴言を吐くオーツー。
貴女の腕の中で死ねるなら本望よ~と弱々しい声で冗談を吐くチトセさん。
やりとりをぼんやり眺めていると、背中を叩かれた。
「ほらほら、遊んでないで早く食べな! 今日は食堂営業するからね! ヒナもオーツーも元気なんだから働くんだよ!」
「何故私まで……」
不服そうに首をかしげるオーツー。
「ラストの奴がまだ帰って来ないから人手が足らないんだよ! お給金はそのまま宿代になるんだからいいだろう? 食べ終わったらすぐ仕込みだ! ビシバシ働いてもらうからね!」
「ううう……はぁ~い」
「ここに突っ伏している、夜遊びにうつつを抜かした我が師が労働免除されるのは納得いきません」
「そいつは元気があろうがなかろうが昔から皿一枚匙一つ洗いやしないんだ」
「駄エルフ……」
その返事でオーツーは諦めがついたのか、塩を振った生野菜を齧っている。
あたしは今日何枚お皿を割ることになるんだろう……。
不安に駆られちびちびスープを啜っていたあたしには、遅れて起きてきた詩人君が救世主にみえて仕方なかった。