5日目 22 見事な連携と非情な宣告
部屋に閉じこもっていたあたしは、お客が来たと慌てて飛び込んできた黄土色癖毛のオーツーに引っ張られ廊下へ出る。
呆けた体が目覚めていなく、転びそうになるのを踏みとどまる。
一階へとつながる階段に差し掛かったところで、階下の人影を認めて思わず叫んだ。
「サキちゃん⁉ ボリー⁉」
一階には大小二つの人物――それはあたしが「野ウサギと木漏れ日亭」に来る前、まだ聖都でアカネ叔母さんと暮らしていた頃に仲良くしていた懐かしい顔。
あたしとアサギが聖都の権力者バイオレット=ユカリに捕らえられそうになったのを助けてくれた上、旅に出る手はずを整えてくれた二人の幼馴染。
藤紫色のゆるふわ髪した修道女フジムラ=サキ=ウィスタリアと、象牙色の短髪に屈強な長身を持つ神官戦士アイボリー=ゾーゲだった。
エルフのチトセさんが応対している。
「ヒナちゃん! こっちへ!」
サキちゃんに呼ばれ、あたしは自分で作った焼け焦げ跡のある玄関広間へ階段を駆け下りる。
「この二人、ヒナの知り合いなんだろう?」
幼馴染しか目に入っていなかったのを、ボリーの問いかけで誰のことかと背負われている方に目をやる。
それは見間違いようの無い顔だった……。
「ジーナ! アヤメ! なんで……、こんなことに……っ」
ジーナもアヤメも気を失っていて反応は無い。
近づいてみると傷だらけだった。
「私たちが宿場街へ向かっている途中、峠で出くわしたの」
「二人は騎士隊とやりあったみたいでな…到着したときにはもう勝負はついていて、双方ボロボロだった。そこに宿のダンナも現れて「野ウサギと木漏れ日亭」へと言われたもんだから、ここまで連れてきたわけだ……。まぁヒナに用があっ「ふたりとも眠ってるだけだよ。安心して」」
ボリーが経緯を言い終える前にサキちゃんが言葉を重ねた。
おっとりな彼女が珍しく上ずっている声。
普段人の話を聞いてないって怒られてばっかりのあたしなのに、こういう時に限って彼女の遮りたかったものが聞こえてしまった。
何よ、あたしに用って。
……気になるけど、今はひとまず聞かないでおく。
「そう……よかった……」
「ほらほら! いくら扉が直ってるからって玄関でボサっとしてんじゃないよ! 二人を運ぶよ!」
茶髪{一つ結び}(ポニーテール)のローシェンさんと、顎の長さで切り揃えた橙色髪の眩しいオレンさんが調理場からやってくる。
「チトセとオーツーはお湯と手ぬぐいたっぷり持ってきて!」
「ヒナは一緒に来な!」
「わかったわ、部屋は私たちのほうを使って」
「は、はい!」
二人の息ぴったりな指示にチトセさんはそう言い残すと調理場へ向かい、オーツーはあたしに部屋の鍵を渡し腰まで届く白緑色の髪したエルフの後を追う。
オレンさんがジーナを、ローシェンさんがアヤメをサキちゃんたちからそれぞれ引き受けると、人一人分の重さをなんとも感じないみたいに容易く階段を上がっていく。
あたしはそれに続き、鍵をもらって先にオーツーたちの部屋へと歩みを進める。
「お客さん方、ありがとね! ひとまずはそこのテーブルで休んでおいてくれるかい? 詩人君! 悪いけどお茶出しておいて!」
ローシェンさんの礼と指示が飛ぶのを背中で聞きつつ、部屋に着いたあたしは鍵を開け扉を大きく開け放つ。
その勢いに蝶番がミシリと音を立て、背筋が寒くなる。
「ヒナ! 壊すんじゃないよ!」
すぐ後ろにいたオレンさんにしっかり聞かれてしまったらしい。ま、まだ外れていないもの……。
チトセさんとオーツーの使っている部屋はベッドが四つ。そのうちのふたつ――空きのベッドにジーナとアヤメを寝かせる。
チトセさんとオーツーが到着すると、ケガの具合を確認するため二人の服を脱がせて体を拭く。
思いっきり絞ってくれていいからね、とあたしは手ぬぐいをお湯で浸して絞る係。
冷めないよう熱めに用意されたお湯だから、浸かる手がすぐに赤くなるけど我慢我慢。
自分で放つ火は熱くないのに、お湯は熱いって感じるのも不便なものね……。
十枚ほどを一旦絞り終え、額に滲んだ汗を手の甲で拭いながら二人を見やる。
応急処置してくれていたらしく出血は止まっている。けれど服の汚れや傷みは多く、二人の白くなめらかな肌に付けられた痛々しい傷がどれほどの戦闘があったかを物語っている。
二人がこんな大変な思いをしてた時に、あたしは浮かれて何やってたんだろ……。
自分が未だおめかしドレスを着たままでいるのが急に恥ずかしくなり、涙が湧きだす。
「泣いてる場合じゃないよ! ほら、またこれ洗って絞る!」
「……っく、ひっく……。はい……」
その姿をローシェンさんに見咎められ叱られる。
「ジーナの傷はあたしの気功でもいけそうだよ。アヤメのほうが怪我が酷いから、チトセ、頼めるかい?」
「いいわ……この淫魔ちゃんに貸が作れるのね」
真顔で呟く年長者の頭を弟子のオーツーがはたく。
「いったぁ~い。オーツーったら。ちょっとしたお茶目じゃない~」
「この状況で何を言うんですかドアホエルフ。いいです、わたしがやります。――生命の根源、母なる樹木トレント。その僕、森の癒したるドライアド。大地のゆりかご、命の息吹を分け賜え――」
アヤメの横たわる寝台の側でオーツーが詠唱すると、屋内には存在し得ないはずの半透明の樹木が現れる。
木の幹と一体化した女性型の精霊、ドライアド。
この間森の泉で遭遇した妊婦の水精霊と似た姿が、オーツーの隣に浮いている。
木霊精が光を放ち、アヤメの治療を開始する。
「ヒナ、あとはこっちでやっとくから、食堂へ行ってきな。」
「え……? でも……」
「お知り合いはあんたに用があるんだろ? ここは大丈夫だから、行ってやりな」
「は、はい……。よろしくお願いします……」
ここに居ても役に立たないからお茶でも飲んでろ。そんな風にさえ聞こえてしまうのは、あたしの心の持ちようだろうか……。
◇
食堂へと移動し、サキちゃんとボリーが座る卓の空いている椅子に腰かける。
「サキちゃんもボリーも、久しぶり……それで、あたしに話って……?」
「えと…それはその……」
さっき誤魔化せたと思っていた藤紫色のサキちゃんがしどろもどろになる。
「アカネさんが帰って来いと。いや、受けた言葉を正確に言えば、連れ戻してこい、と」
象牙色髪のボリーが淡々と言ってくる。
彼は真っすぐすぎてぶっきらぼうなところあるのよね……。
「……なんで……?」
「詳しいことは聞いていない。冬になる前に、と言われて急いできたわけだ」
「なによそれ……」
「ヒナちゃん……」
言われたことを伝えたまでだ、と悪気一切ないボリーと、言いたくなかった顔丸出しのサキちゃん。
「勝手じゃない! 旅に出ろって追い出しておいて、今すぐ帰れだなんて! あたしにだって生活があるの!」
突然の宣告に感情が追い付かず、あたしは言葉を荒げてしまう。
「二人はいつだってそうよね! あたしの親衛隊だなんて言いながら、アカネ叔母さんの言いなりなんだもの!」
「ヒナちゃん……」
「今あたしがいなくなったら、みんなは……アヤメは、ジーナは……アサギはどうなるの⁉ ……こんなにボロボロで……アサギの意識だって戻らないのに……仲間を見捨てて暢気に帰れっていうの⁉ ふざっけんじゃないわよ!!」
「アサギ君が⁇」
「アサギって、確かお前と一緒に旅に出た少年……」
二人が、とりわけサキちゃんが驚きを隠さない。
「街の廃屋で気を失っていたの……なぜか女の子になって……ううん、まだ本人だって確認が取れたわけじゃないの。ただ、最後に目撃されたのと、同じ服を着てるってだけで……」
「なんてこと……」
「あたしたちは四人で一組なの……。だから……だから、あたしがしっかりしないと……」
そう言いながらも、何もしていない、何もできていない自分がいることはあたし自身が痛いほど分かってる。
情けなくてまた涙が流れそうになり、あたしは俯いて言葉を続けられなかった……。