1日目 10 アヤメとジーナ④ 廃村と悪魔召喚《後》
その先に――いた!
おねーちゃんは取り囲まれている? みたい。
「止めても無駄です!!」
おねーちゃんが叫んでる。
ボクは彼らの視界に入らないように浮いたまま止まり、やり取りに耳を澄ます。
「私は罪を犯しました。信徒ではないもの、まして人外――神の敵対者である魔の者に対して神の奇跡たる法力でその命を救ってしまいました」
魔の者の命を救った……? もしかしてボクのこと……?
「私はもう覚悟を決めました。教会の中でも最も厳格である修道会に所属する者として教えに背いたことは重罪です。命を持って償うしかありません」
いや待って、何してるの? 罪? 命を持って償うって?
やめてよ、おねーちゃん。
「聖都におめおめと帰ったところで異端審問にかけられ、異教徒と見なされ辱めを受ける……そうなるくらいでしたらここで死を選びますわ」
「ですがシスター! 貴女は……!」
「教えが確かであれば例外はありません。立場があるからと例外を作るような教えでしたら布教する意味はありませんわ」
止めにいこうと思ったけども。多くのニンゲンの前に身をさらしてはタダでは済まなさそう。
おねーちゃんと似た服装をしてるけど友好的とは限らない。
さっきの白いやつらみたいなことをしてくるかもしれないんだ。
群れを成している一人ひとりはたいしたことなさそうだけど……いっぺんに相手するのは分が悪いよなーと勘が働く。
飛び込んでやられたら元も子もない。どうしようかと考える。
早くしないと、おねーちゃんが……。
「今までありがとうございました。みなさまによろしくお伝えください」
おねーちゃんはそう言い残すと地面の途切れた先、何もない空間へと足を踏み出し―――。
落ちていった。
「おねーちゃん!!」
ニンゲンに見つかるかもしれなかったけど、大声で叫んでしまった。
止められなかった。
ニンゲンたちが一斉にボクのほうをふりかえる。同時に全速力で飛び出していた。
でも
遅かった――。
絶壁の下へ自由落下し転げ落ちたニンゲンの身体はいともたやすく壊れる。
「おねーちゃん!!」
崖下に降り立ち、ボロボロになったおねーちゃんを抱き起こす。
きれいな顔も髪も血と雨と泥で汚れ、あちこちアザだらけ泥だらけ。
手足が曲がらないほうに曲がって、力なく垂れている。
血と泥にまみれて雨に流されてもなお、おねーちゃんのいい匂いがする。
柔らかく抱き心地のいい体。
こんなときなのに、その匂いと感触にぴくんと反応してる自分の本能がきらい。
いまはそんなときじゃないんだよ!
「おねーちゃん! おねーちゃん!!」
呼びかけに答えてうっすらと目を明ける。
「あぁ……よかった…………げん……きに…………なった……のね……。助けてあげ……られなか……ったけど…………今度は助け…………てあげられ……たのね…………」
辛うじて動いた右腕――手首から先はあらぬ方向を向いている――をボクの顔にそっと寄せる。
「助けてもらえてボクとっても嬉しかったのに、一緒にいたいって思ったのに、だめだよ、いなくなっちゃ! ひとりにしないで!!」
「ごめんなさいね…………破って……しまったの約束を……。大事な…………約束を……。だか……ら…………だめなの。生きて…………いて……は…………」
表情が少し和らぐ。
「キス…………してく……れて……うれし…………かった……わ…………。私のはじめて…………うふふ……奪われてしまいました…………」
ボクはぼろぼろと涙を流しながらうんうんと頷く。
「お願いがあるの…………。私の……残りの力を…………全……部……吸いとって……くれない……かしら…………思ったより痛く……て……苦しいの…………楽に死ねなかった…………罪を犯した罰なのね……きっと…………」
「だめだよ!! しんじゃだめ!!」
涙がぼろぼろこぼれてくる。
「あんなこと」してないで、すぐに探しにきたらよかった。
ばかばか、ボクのバカ!
やだぁ……、おねーちゃんしんじゃうよぉ…………。
命を奪うことは得意だけど、命を救いたいなんて考えたこともなかった。
奪われて当然、そういうやつらにしか会ったことがなかった。
奪って当然、ボクはそういう存在だった。
「あり、、、が、、、と、、、、、」
助けたい……! ボクにもっと力があればっ!!
「、、、、、、、、う」
想いもむなしく。
かく、とおねーちゃんの身体から力が抜けたのを感じた。
おねーちゃん、おねーちゃん、おねーちゃん!!
揺さぶるけど、反応がない。
感じられていた魔力も途切れた。
「あああああああああああ」
死んだ。大事にしたいと離れてはいけないと願ったおねーちゃんが。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
おねーちゃんが、おねーちゃんが!!
取り返しのつかないことになり、混乱していた。
誰か、だれか助けてよ!
ボクみたいな存在が神頼みなんて、世界がさかさまになってもあり得ないことだけど!!
神様お願い!
おねーちゃんを助けてよ!
ボクはどうなったっていいから!
あったかい気持ちをくれたおねーちゃんを!
「しんじゃやだああああああああああああああああああああああああああああ!!」
夢中で叫んだ。
ボクの叫びに応じるかのように……。
光が―――――。
おねーちゃんが眩い光に包まれた。
いや、光っているのはボクの身体。
黒い闇をまとっているボクなのに、今は光を帯びていた。
柔らかく暖かい、さっきおねーちゃんから与えられた光によく似た。
それはだんだんと強く激しく煌めいた。
きっと外から見ていたら視界を潰されていたんじゃないかと思うくらいに。
おねーちゃんの傷がふさがっていく。
あり得ない方向に曲がっていた腕も足も元の位置に戻っていく。
なにこれ……?
え……?
神に仕えるとか言ってるニンゲンが使う、法術とかいうやつ⁇
ボクらにそのチカラは無い筈。
でも、できた。
祈りに応えた……?
まさか。
おねーちゃんはかすかに寝息を立てている。
心臓の鼓動も魔力の胎動も小さいながらに感じる。
よかった……。
なんてほっとしていると。
「いたか⁉」
「まだ見つかりません!」
遠くで声が聞こえた。
「この辺りの筈だ! 光はこっちの方向だった!!」
「さっきの光は、シスターのものに違いありませんわ!」
さっきのやつらだ。
おねーちゃんには指一本触れさせるもんか。
外套の袖で涙をぬぐう。
でも、どうしよう。
相手はたくさんで一斉に来られたら勝てそうもない。
たとえ一対一に持ち込んでも気づかれて全員で取り囲まれちゃうだろうし。
おね-ちゃんを守りながらなんて、なおさら……。
そうか、戦おうとするからいけないんだ、やり過ごせればいいのか……。
よし……。
ボクは慌てている気持ちを落ち着けるため、目を閉じ、息を整え、もう一度集中する――。