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5日目 21 ヒナとアサギ 呼び出しと目覚め

 晩秋の短い日が傾くと、温かみも弱まって部屋の中が冷え込んできた。

 昼間にちらついていた雪は止み、午後は晴れ間もあって少しは暖かくなっていたのだけど、冷えるほうが早い。

 暖炉で火が焚かれているはずなのに、寒い……。


 あたしたちの宿泊部屋に担ぎ込んで半日、あたしたちの仲間、アサギとよく似た髪色と彼が最後に着ていた服を纏っている少女はまだ目を覚まさない。


 騎士隊に追われ、墓守の館に身を隠したのち行方をくらませたジーナとアヤメも帰ってこない。


 墓守の館の主であるバンシェンさんが、騎士隊に荒らされた館を片付けに戻ってしばらく経つけれど、何の報せも無いから二人ともあっちにも戻ってないんだと思う……。


 何がどうなってるんだか……。

 何もわからなくてひとりぼっちで心細いよ……。


 間もなく夕陽が山間に沈む……。

 室内に差し込んでいる、名残を惜しむような最後の西日が細く射しこむ薄暗くなった室内。


 その瞳を開ける気配が未だない青緑髪の少女の顔を眺めながら、あたしは土埃つちほこりにまみれたドレス姿のまま、ベッド脇の椅子の上で背中を壁に預け、両膝を抱えてその間に顔をうずめている……。



 コン、コン、コン。



 控えめで、躊躇ためらいがうかがえるノック音。


 返事しないでいると、扉が開いた。

 廊下に灯された明かりが差し込んで、暗がりに慣れた目に眩しい。



「……ヒナさん。ローシェンさんが食事用意してくれましたから、食べて少しは休んでください……。その方の看病は代わりますから」



 半分開いた扉から覗いた顔は、顎まで伸ばした黄土色の癖毛に、黄土色の瞳と黄土色のローブ……ドルイド僧のオーツーだった。



「いい、平気」


「お昼の分だって手を付けてないじゃないですか。食べないとヒナさんまで倒れてしまいますよ……? アサギさんが昨日釣ってきてくれたお魚の煮つけですから、きっとおいしいですよ?」



 遠慮がちに、顔の半分程度だけ扉を開けて話しかけてくる。中途半端な気の遣い方が逆にイラっとする。



「気休めは止めて」

「ヒナさん!」

「いいったらいいの!!」


「はいはい、そこまで」



 黄土色髪のオーツーが大きく扉をあけ放ったところで、その背後から別の声がかかった。

 いつ、どんな時も温もりのある優しい声、恰幅のいい影が室内に差し込んだ光の上に映し出される。野ウサギと木漏れ日亭の食堂が誇る看板給仕、オレンさん。



「オーツーちゃんだっけ? 心配するのも分かるけど、まぁ……、気のすむまで看病させてやんな。あの子なりの責任の取り方なんだろうよ……。ヒナ! ごはん、ここに置いとくからね! ちゃんと食べなよ!」



 あたしの隣に置かれているテーブルの上に、お盆に並べられた食事が置かれた。


 橙色髪のオレンさんはそれ以上何も言わず、食事を置くとそのまま踵を返して、オーツーを連れて静かにドアが閉めた。



 その間に陽は沈み切っていて、静寂と暗闇が広がった。



 アサギ……ねぇ……あんた、アサギなんでしょ……? 

 そんな、女の子みたいな姿でふざけてないでさ……早く起きてよ……一緒に食べよ……? 

 奪い合う相手がいなきゃ、つまんないじゃない……。



 ……膝を抱えたまま、意識が遠くなる……。あ、だめ……ちゃんと看病しなくちゃ……寝てる場合なんかじゃ……。



 意識の飛びかけていたところに、さっきより何倍も強い力のノックで目が覚めた。


「ヒナさん! すぐ降りてきてください! 貴女にお客さまです!」


「え……?」


 さっきの遠慮は何処へやら、オーツーが血相を変えて飛び込んできた。

 あたしにお客……?


野ウサギと木漏れ日亭(ここ)】を拠点に活動するようになってから、

 一度たりともそんなことは無かった。


 横たわってる青緑髪の少女のことが気になるけど、仕方なく椅子から降り、廊下へ出る。


 灯りに照らされ……自分の身なりが急に気になり、ドレスを徹底的にはたいてから階下へ降りる。



 待っててね。すぐ戻るから……!



 ◇



 ここは……?

 見知った天井、懐かしい匂い。


 誰の匂いだっけ……

 俺は……。



 体がどうも浮いているみたいに力が入らない。

 首を動かす……。

 窓の外は真っ暗。

 ということは夜なのか……。

 一体どのくらい眠っていたのだろう。


 外から窓を揺さぶる風の音。

 冬の嵐か……?。

 凍えそうだが部屋の中は温めてあるように感じる。

 下で暖炉焚いて、その熱が届いてるみたいで。有難い。


 暗闇だけを写す窓と反対に首を向ける。

 この荷物は……おいおいヒナたちの部屋じゃねーか。

 なんでこんなところに……


 俺は確かヒナとのデートをオヤジさんたちに仕組まれて

 待ち合わせに向かう途中でアヤメに逢って、

 そして……



「そうだ! アヤメ!!」



 手をついて上半身を起こそうとし、できなかった。

 自分のものではないみたいに手首に力が入らなかった。


 いや、動くには動いた。

 だけど、起き上がるだけの力を筋肉は出してくれなかった。

 何度も試す。

 その度に支えにした手首関節が崩れ、弾力の少ない寝台に背中がぶつかり軽く呻く。

 痛みはないが悔しく、情けない。

 こんなこと、してる場合じゃ……


 ヒナは、どうしたのか。

 異変に気付いて加勢に行ってくれたか?


 アヤメは、ジーナは……?



「ちくしょう。俺はまた誰も守れなく、死ぬこともできないのかよ……」



 両の目尻から涙が筋になって零れる。


 まただ、また死に損なった。

 命を懸けると思っても、生き延びちまう。


 無力だ……


 乱れた掛布を整えることも、悔しさにシーツを握ることもできない。

 ただ目を閉じて己の無力さを噛みしめるしかなかった。


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