5日目 20 遣いと目的
収穫祭が六日後に迫った宿場街。数多の露店が設営され賑わいの増した大通りを、オレは馬を駆って強弓から放たれた矢のように躊躇うことなく走り抜ける。
騎士隊長捜索のために訪れた若い騎士の連れていた馬を強引に借りたオレは、「野ウサギと木漏れ日亭」を出て、無茶を承知で収穫祭準備で人の溢れる宿場街を突っ切り、街を抜けるとひたすら峠を駆け上がる。
片側は切り立った岩肌、反対側は崖と、左右に余裕の無い峠道。それが一直線の上りだけならまだしも、下りあり、蛇行あり……。
行く手には延々と無茶な走行をしたであろう馬車の轍が続いていた。
少し降ったであろう雨に濡れ柔らかくなった地面に、くっきりと車輪の後が残されているわけで。
おかげで見失うことなく追跡できたわけだ。
馬にはかなり負担を強いることになったが、素直に言うことを聞いてくれる、長旅ができるように鍛えられた逞しく立派な馬だった。
「頑張ってくれよ……!」
一心不乱に走ってくれる馬に声を掛ける。
大人しいヤツだと思ったが、走り出したら豹変したのだった。
何かを追うように、ひたすら蹄を地面に叩き続ける。
むき出しの大地を蹴る湿り気を帯びた蹄鉄の音が響く。
騎乗しているオレの吐く息は白く、手綱を握る革手袋越しの手も冷気にかじかむ。
冷え切った山の空気を切って進むオレの視界に、ちらつくものがあった。
「雪……?」
顔を上げ空を見れば曇天。
日差しを通さない、ぶ厚く黒い雲を睨みつけると、陽光とは違う光の筋が雲間から行く手、かなり至近距離で刺さった。
「落雷……⁉」
衝撃と轟音で驚いた馬のため、一度止まり宥める。
山の天気は変わりやすい。
本格的な冬はまだ早いと思っていたが、宿場街でも雪がちらつくくらいだ、山の上で本格的に降ってもおかしくない。
「まずいな……っと⁉」
歩みを再開させてすぐ、急に開けた視界。
山頂に立ったのではなく、その一帯だけ木々は薙ぎ倒され、岩は砕け、岩肌には何かで削り取られたのか生々しい爪痕が見える。
落雷現場の焼け焦げた臭いに、血の匂い、土臭さが混ざって鼻が曲がりそうだ。
強制的に開けた空間をつくられている。いや、戦っているうちに空間が開けてしまったというべきか。
その戦闘自体は収束しているように見える。
横転した馬車。
倒れている者は複数か……。
何人かが、介抱しているようだ。
「あぁ? ナンだこの状況は……頭イテェな……って、ジーナ! アヤメ!! ……アッシュ⁉」
横たわっているのは見覚えのある面々、他にも、騎士らしき格好をした若者と、やけに細長い黒焦げの……細く煙を上げている異形……。
ジーナとアヤメが騎士隊と接触したのは間違いなかったか……。
それにしても、どいつもこいつもボロボロな格好しやがって……揃いも揃ってなんなんだ。
思わず声を上げちまったじゃねーか。
治癒の法力らしき光を横たわる怪我人にかけているのは、紫髪の少女と、象牙色の大柄な若造。
その隣に腕組みして立っているのは……。
「ア、アヤメ……⁉」
確かに地面に寝かされている黄色髪のアヤメが存在するのに、
一つ結びにした紫髪のアヤメもそこにいる。
「アヤメが二人……一体どういう……」
しかし、紫のアヤメにはオレの声は届いていないのか、険しい表情のままこちらを見向きもしない。
「この三人をご存知なのですか?」
緩く内巻きに癖がある紫色の髪をした修道服姿の少女が紫髪のアヤメもどきに代わって問うてくる。
「こっちの小娘二人はうちで面倒見ている客だ。ついでにこの野郎もオレの関係者だ。もう一人は知らねーが、格好から見るにこのアホたれ騎士隊長殿の部下だろう。……で、やったのはアンタらなのか?」
象牙色頭の若者がジーナに治癒の法力をかけつつ顔をこちらに向け、あからさまにオレを睨み付ける。
隣で同じようにアヤメに治療を施している、紫色長髪の少女が口を開く
「いえ、私たちは……」
「この方たちは、今しがた到着したばかりですわ……」
「ジーナ⁉」
数日ぶりに顔を合わせた黄色髪修道女が、両肘を支えにして仰向けの上体を自力で少し持ち上げている。
「お見苦しいところを見せてしまい申し訳ありません……。うぅっ……」
「治療中だ、動かないほうがいい」
治癒の法力をかけていた大柄な男が、上体を起こしかけて呻くジーナを制する。
「発端は私が騎士隊に屈し王都への帰還を承諾したことですわ。それを追ってきたアヤちゃんと、この者……騎士隊の副隊長さんとの因縁……」
「副隊長……? これが……⁉」
黒焦げになった異形、それがオレにケンカを吹っかけてきたギョロ目の副隊長だとは気付かなかった。
落雷の犠牲になった細長い枯れ木だとばかり。
なるほど、なんらかの方法で墓守の館がバレてジーナが捕まり、それを追ってアヤメが飛び出したのか……。撃退したからいいものを……全く、無茶をするもんだ。
「それで、そこのズタボロな騎士隊長さんも一緒にボコボコにしたのか?」
「いえ……アッシュさんは……私を庇って……」
なんと英雄ごっこがお好きなヤツ。
オレは馬を降り、気を失い地に転がっている灰色髪の騎士隊長サンの傍らにしゃがみ込んで声を掛ける。
「無様だな……」
その言葉に、全身傷だらけ痣だらけの騎士隊長アッシュの眉が動く。
「あ、あなたが……もしや血染めの赤錆……」
「お、おい、サキ……!」
「何でその名を知ってんだよ……」
「私たちは、遣いのものです。その……、血染めの赤錆、灰かぶり騎士……。かつて、あなた方とともに戦った者、地獄の業火の……」
恐る恐る、といった具合に紫髪の少女が訊ねてきたのを、象牙色髪の若者が止める。
あー、聞きたくない名前が出てきた。
俺は、舌打ちし、左手で錆色の後頭部を搔きながら、右手をひらひらとさせて話を打ち切る。
「込み入った話は後にしてくれ。とりあえず怪我人を運ばにゃならん。オレのことを訪ねるつもりだったのなら、行き先は“野ウサギと木漏れ日亭”だろ? なら、この嬢ちゃんたち二人を連れて、先に行っててくれないか?」
「そうですね。ひとまずの手当てはしましたが、きちんと休んでいただかなくては……」
「よし、決まりだ。済まないが“野ウサギと木漏れ日亭”へ着いたら、ローシェンという女の指示に従ってくれ。オレとアッシュはこの下っ端から話を聞いて、ギョロ目……副隊長の使ったとか言う薬の出所を探る」
「おじさま……」
ジーナが不安げな表情でこちらを見る。
「なに、ちょっと目星付けるだけだ。アヤメも全然起きないしな、二人仲良くお寝んねしてな」
「はい……」
「待て。あまり深入りせぬ方が良い」
それまで黙っていた紫髪のアヤメもどきが、腕組みし目を閉じたまま言葉を発した。
およそ似つかわしくない固い口調に驚くが、言い返さずにもいられない。
「忠告どうも。ただ、これだけ騒ぎを起こされて、すんなり引っ込むわけにもいかねぇんだ」
アヤメもどきはそれ以上何も言わない。
ジーナへの治療を終えた象牙色の髪をした若い神官戦士が、続けて騎士隊長の傷を癒す。
いくらか治療が進むと灰かぶりの騎士は目を覚まし、状況を把握すると力なく言った。
「済まなかったな……。あとは自力で治療するさ、世話になった」
下っ端騎士が目を覚ます前に紫のアヤメもどきと紫髪の修道女、象牙色髪の神官戦士にはアヤメとジ-ナを連れ退散してもらうよう、それぞれの馬の背に一人づつ乗せるのを手伝う。
「悪ぃな、余計な用事頼んじまった上に、あんたら後回しで。一応用件聞いておくか」
紫髪の修道女は目を伏せて言う。
「はい……ヒナ=シャルラハラートを王都へ連れて帰ります……」
予想だにしない話にオレは目を見開く。聞くんじゃなった。
では、と二頭の馬は歩き出す。その後姿を見送りながらやるべきことに思考を巡らせる。
全く、次から次へと……。こいつはモタモタしてらんねーな。