5日目 19 アヤメとジーナ⑥ 加勢と決着
激しい熱と光で構成された、一抱えほどもある太さの熱閃。
隙を見せたボクを目掛けて、常人なら顎が外れてもおかしくないほど開いたギョロ目の口から放たれた閃光は、一糸まとわぬ姿で飛び込んできた“オンナノコ”の姿のソイツ――ウィスタリアが張った防壁で防がれている。
弧の形に張られた防御壁と一直線に向かってくる熱閃の激しい衝突で、稲光がずっと続いているような眩い光が広がっていて、腕で額を覆ってやっと目を開けられる状態。
それでも、ボクはそいつに問い糺さずにはいられなかった。
「ウィー! なんでここにっ⁉」
「偶然だ」
「そんなわけないだろ! ってゆーか、なんで裸なんだよっ!」
「偶然だ」
「嘘つけっ! 変態かっ!」
「淫魔に変態呼ばわりされる筋合いはない。変身すると服が消える難儀な仕組みだ」
しれっと答える、藤紫色の髪を長い尾のように後ろ一つ結びにしたボクソックリの全裸少女。
予期しない飛び込みに慌ててしまったボクとは対照的に、顔とお尻をこちらに向け、極めて冷静に応える。その瞳だけは好戦的。
両手を広げ大の字で防壁を張っているため、正面から見たら色々と丸見えなんだけど、熱閃が続く以上その姿を見ることはギョロ目には叶わない。
全裸で僕の頭の高さに浮いている、髪と瞳の色以外ボクにそっくりなウィスタリア――ウィーは、防壁でギョロ目の放つ閃光を防ぎながら、涼しげなやや釣り目の藤紫の瞳でボクとおねーちゃんを見下ろす。
目の前で巻き起こっている光の乱舞をものともしていない。
「そっちの女。既にこやつを止める算段は付いているのだろう?」
「……!」
「そうなの?」
ウィーに問われ、おねーちゃんは戸惑いを隠せず、言葉を失っている。ボクが訊ねて、ようやく首を縦に振ったけど、視線はウィーに向けたまま。
「一度好機をやる。我が隙を作ろう。その隙に仕留めるがいい」
防壁と熱閃がぶつかり合い続け、激しく明滅を繰り返しているのが、徐々に収束する。
ギョロ目も息切れかな。
「ウィー……?」
「勘違いするな、気まぐれだ。再会の祝杯代わりにとっておけ」
「じゃあ、これ」
ボクは羽織っていた肩出しの外套を脱いで、防壁を張り続けているウィーの体に掛けた。
「なんだ?」
「外套だよ! 外套! 淫魔でもないのに全裸でうろつくなー!」
「細かいことを気にする淫魔だ。衣服など、戦闘で破損するだろう」
「大事な問題なのっ!」
なぜなら……真っ赤になった顔を今更両手で覆っているおねーちゃんが見えたから。
あれ絶対指の隙間からガン見してるよね……。
「あぁ……アヤちゃんが二人に……これは天のお迎えですわ……」
「んもぅ! おねーちゃん! 鼻の下伸びてる! ……って、鼻血! ちょっとしっかりしてよ! 見惚れてないで、アレやっつけるよ!」
うわ言をのたまっているおねーちゃんのお尻を気付けに叩く。濡れた呻きのあと、瞳の焦点がやっと合う。
「あ、アヤちゃん⁉ わ、私は一体……?」
「戦闘中に裸見たくらいで正気を失わないでよー!」
ハンカチなんて持ち合わせて無く、外套もウィーに貸したために袖無し服とホットパンツしか着ていないボクは、仕方なくおねーちゃん自身の袖で鼻血を吹いてあげる。
「で、アイツやっつける作戦ってどんなの?」
「また無視するのか貴様らぁーーーー!」
必殺の一撃を放ち、よほど自分に酔っていたのか、熱閃を防がれていることに気付かずいたギョロ目。
ようやくほったらかしにされていることに気付いたのか怒りの声を上げ、枯れ枝のような細い腕を突き出し、ボクらに向けて光の矢を繰り出してくる。
「貴様の相手は我だ」
外套に袖を通しながら、放たれた五本の矢を片手間に弾く。
前ボタンをめんどくさそうに下まで留めると、ボクが飛ぶよりも速い速度で地を駆けギョロ目との距離を詰める。
全然余裕じゃんー。そのままやっつけてくれていいのに、ケチ……。
ギョロ目の真下に到達すると、ウィーは飛び上がり、ギョロ目の長大な腕が振り下ろされるより早く、拳と蹴りの連撃を繰り出す。
硬質の若木みたいな細長い胴体に、次々と打撃を打ち込むけど、そびえたつギョロ目はびくともしない。
無謀な体格差で挑んでいるけど、そもそも時間稼ぎで倒す気など更々無い。
ちょっと弱らせておいてくれてもいいのになぁ。
「邪魔をぉぉぉぉ……するなぁぁぁぁぁぁ!!」
振り向きざまに爪の長い腕を振り下ろす。紙一重で躱す……つもりだったのが、爪の長さを読み違えたのか、ボクの大事な外套が裂かれた……!
なんてことを!!
「なっ……!?」
外套の下にあるもの……、つまりボクと瓜二つの裸がギョロ目の前で露わになり、元騎士は困惑の声を上げる。
そうだよね、ボクの体でコーフンしてたんだから。
まったく同じ裸を見せられれば、好みはドンピシャだよねー。
千切れた布が舞う。ギョロ目の動きが、止まった!
「今よ、アヤちゃん! よく狙って!」
「いけぇぇぇぇぇ!」
やせっぽちだけど長大な、異形と化したギョロ目の、体幹。
その中で、内部に届けられそうな部分。
狙いは、そこだけだった。
おねーちゃんの声に呼応し、ボクは両手で闇色の円錐鎗を握りしめ、白い羽根を広げて地面すれすれを最大限の速度で翔ける。
両手でしっかり握った鎗を、背を向けているギョロ目の足の付け根……肛門へと突き刺す。
「ぐはぁっ!」
案の定、そんなに奥までは入らない。
思った以上の抵抗だったけど、歯を食いしばって抜けないように押し続ける。
刺さればそれで十分だった。
「ぬおぉぉぉぉぉ!」
苦悶の表情を浮かべる。
「堕天の雷!」
あとから駆け寄ってきたおねーちゃんが走りながら詠唱を済ませると、ギョロ目の菊門に突き刺さった暗黒の円錐槍に上空の曇天から光と闇、二筋の閃光が落ち、螺旋を描いて柄から矛先へ、さらにその先、おケツの中に入ってゆく。
「ぐわわわわわわわわわ‼」
「アヤちゃん! 行きますわよ‼ せ~のっ!」
電撃を体内に入れたことで痙攣を起こす巨体。
外殻の守りは鉄壁だったけど、内部は生身。効いてるみたい。
そこへ更に、浅く刺さった鎗を一層深く届けるため、ボクの支える鎗の柄の先に向け、おねーちゃんは髪を振り乱し手にした鎚で、天井に向けて刺さった杭を打ちつけるように下から振り上げる。
「……!!」
ただでさえ大きい目と口を、これでもかと開ききり硬直するギョロ目。
槌に押された鎗は菊門を皮切りにギョロ目の体に深々と突き刺さり、人で言う下腹部側まで貫通した。
耳を塞ぎたくなる大きな音を立てて、凍えた地面に倒れ込むギョロ目。
ピクリとも動かない……死んだのか。
鎗を抱えていたボクも疲れて倒れ、おねーちゃんもへたり込む。
終わった、のかな……。
「あーくん!」
聞きなれない声がする。
倒れたまま顔だけ上げると、遠く――野ウサギと木漏れ日亭のある方とは逆方向の道から影が二つ。
藤紫の髪をした少女と象牙色の髪の長身の青年が、馬に乗ってこちらへやってきていた。
お真面目に浣腸、というね……。(身も蓋も無い