5日目 14 アヤメとジーナ② 対峙するものと暗躍するもの
騎士隊の副隊長――ギョロ目男と対峙したボクの、正面にかざした両手から魔法陣が浮かぶ。
描かれた六芒星が青白い光を怪しく放つと、真昼の屋外なのに、暗闇から陽の下に出たみたいに目の前が真っ白に染まる。
塞がれた視界の中、聞こえたのは市場で買った水産物をうっかり地面に取り落としてしまったときの音。
湿った弾力のあるもの特有のぬめっとした耳障りともいえる音。
その正体は……。
「ドゥオ゛ゥモ゛ォ~……血沸肉男《ヂィワ゛キィニ゛クゥヲ゛》ヂャンデェ~ス」
「きゃぁぁぁっ!」
「な……、なんだコイツはっ⁉」
最っ低だった。ボクは思わず額に手を当てる。
さっき馬車を止めるために召喚したもののものの見事に四散した血沸肉男が、修復中にも関わらず喚び出されてしまったのだ。
脳漿滴らせ眼球飛び出てるし腸引きずってるし。皮膚がある側も表皮破れて筋繊維むき出し、歯はところどころ欠けてすきま風吹いてそうだし睾丸もずいぶん垂れちゃって。風も無いのにぶーらぶら。
全身あらゆるところに裂傷できていて、筋肉は筋だけ残して千切れている。左の手首から先と両脚のくるぶしから下に至っては欠損したまま。
「なんでこんな状態で出てくるんだよっ……! 首無し騎士はっ⁉ 一つ目巨人はっ⁉」
あまりに酷い状態に思わず声を荒げてしまう。
「オ言葉デスガ……」
顔は滅茶苦茶で表情が判別できないものの、不服そうな声で血沸肉男が反論する。
話すたびにむき出しの心臓が激しく脈打ち、呼応して欠落した各所から血液が噴出する。それはまるで噴水芸。
「召喚履歴デ一番上ニアッタ私ヲ選択サレタノハゴ主人様デスケレドモ?」
「え……」
まっず~。そういうことかー。
「ちなみに、今何かできる?」
「身動キ取レマセンネ!」
胸を張って言うと固定され切ってない肋骨が数本飛び出した。
「とっとと帰れっ!!」
「サラバデス~~!」
魔法陣に吸い込み強制的に送還。なんなんだあいつは。
「な、なんなんだ今のは‼」
「血沸肉男人形十四歳。ボクの使役する魔法生物。趣味は走ること。外見にコンプレックス抱える思春期の少年。最近は顔にできる吹き出物が悩みの種だとか……」
「プロフィールじゃないっ!」
こいつホント細かい性格……。
「じゃあ何なんだよー」
「くだらないものを呼んで時間稼ぎしおって! 貴様もここで捻じ伏せて聖女もろとも手籠めにしてくれるわ!」
言い終わらないうちにまた光の矢を放つギョロ目。だからそれは効かないってー。
直線にしか飛ばないソレを横跳びで避ける。しょーがない、触手で叩きのめすかなー。
両手を天に掲げ召喚体勢に移る。
青白い光がボクを包み、両手の先に浮かび上がった魔法陣が発光、光が強くなる――!
「召喚っ! ……っ!!」
召喚が発動する直前に、背中に強い痛みを感じた。
一か所じゃない、複数の場所を刺された……!
前のめりに倒れ込むのを膝と両手をついてこらえる。
「ぐぅぅぅっ……!」
「アヤちゃん!!」
「フハハハハ! 同じ手ばかり使うと思ったか!」
思ってた……。くっそ……まさか避けた矢が戻ってくるなんて。
片手を背中に回し、矢を抜き取る。
「っつ~~~!!」
想像以上の痛みと共に傷口がたぶん広がって、血液が背を伝うのを感じる。
半実体の矢は掴むことができたけれど、光を纏っているためボクと相性が悪く握った手のひらは火傷みたくなった。
地面に落ちた矢はすぐに消滅する。
「お願い! アヤちゃんを傷つけるのはやめて!」
「うるせーぞ! 黙れ女ぁ!」
「うぐっ……!」
「おねーちゃぁん!!」
俯せのまま助けを請うおねーちゃんの顔を、いつの間にか馬車から這い出してきていた従者の騎士が殴りつける。
やめろ、おねーちゃんのきれいな顔を傷つけるんじゃない!
「ククク、大人しくしてろよ悪魔め……抵抗するとお前の大事なお姉さまを今ここでひん剥いていただいちまうぞ……」
後ろ手に縛られているため身動きできないおねーちゃんの顎を騎士は持ち上げる。おねーちゃんが小さく呻く。
「やめろ、まだ傷つけるな。あとでたっぷり味わえばいい……。人質などとらなくともこんな下級悪魔、私一人で隷属させてくれる」
ギョロ目男が騎士を嗜める。
騎士は舌打ちをしおねーちゃんを乱暴に地面に叩きつける。むっかつく~。あとで同じ目に遭わせてやる。
ギョロ目のヤツも、おねーちゃんを傷つけるなっていうのは同意だけど、言いたい放題言ってくれちゃって……。
でも、悔しいけど。おにーちゃんからせっかく生気を分けてもらったのに一撃で身動き取れなくなってるようじゃダメだね……打たれ弱すぎるや。魔力は回復し速さは強化されてるけど、どうもそこだけっぽいや……。
どうしようかな、と作戦がまとまらないまま、足首に力を入れて地面についた膝をゆっくりと離して立ち上がる。
「はぁっ……はぁっ……」
「どうした? まだやるのか? 無理をするなひ弱な悪魔よ」
「うるさ……っ! おねーちゃんは、ボクが助けるんだっ!」
「アヤちゃん! やめてっ! 逃げてっ! おねーちゃんは平気だから! アヤちゃんのほうが殺されちゃうわ!」
「平気なもんかっ! やせ我慢なんかしないでよ……っ! じゃあ……、じゃあなんで泣いてんだよっ!」
ギョロ目もムカつくし下っ端騎士もムカつく。素直にならないおねーちゃんもムカつく。
ニンゲンってどーしよーもないやつらばっかり!!
魔力の解放、複数の魔法陣を同時に発生させた。
やったことないけど、いくつものの召喚をまとめて発動させてみる。うまくいくかは分かんないけど、火力不足のボクは力業でやるしかない!
「フン! 少しは見せてくれるのかぁ?」
ギョロ目のやつが蛇や蜥蜴を思わせる長い舌で舌なめずりし愉しそうな声を出す。
ふざけんな。おままごとじゃないんだよ。吠え面かくのはそっちだ!
「ききき、貴様ぁ! この女がどうなっても……っ⁉」
「どうにかなるのはお前のほうだ、馬鹿たれ」
突然聞こえた知らない声。ボクの魔力の気配に動転し、おねーちゃんの喉元に短剣を突き付けていた騎士が倒れている。
そこにいたのは、頭から血を流してる、知らないオジさん……?
「アッシュさん……!」
「貴様ぁ!」
あっしゅ? おねーちゃんもギョロ目も誰だか分かってるぽいけど、誰⁇
呆然とするボクに、アッシュと呼ばれた平服の男が鋭い目つきで言う。
「姉ちゃんは解放した! やっちまいな! 妹ちゃんよォ!」
喝に目が覚める。
「よくわかんないけど……オジさんありがと! いっけぇーーー‼ 百の触手たち!!」
ボクの周囲を囲うように発生した幾つもの魔法陣それぞれから十三の触手が根を生やすように勢いよく中空に伸びる。
うねり、粘液で怪しく光る触手たちが伸び切ると、ギョロ目男に向けて一斉に襲い掛かった……!