5日目 12 止める手段と儚い犠牲
峠道を暴走する馬車を追い、ボクは仄かな薄緑色の光を纏い背中に生やした翼で街道に沿って全速力で飛んでいた。
濃紺の肩出し外套は切り裂いて飛ぶ風を受けて、吹き飛んでしまいそうなくらいにはためく。
昼間とは言え雪の少し舞う山の中腹の空気はかなり冷えてて吐く息は白い。
不意に馬車が見えてきた。
遠く、まだ豆粒みたいなものだけど、確実に近づいている。
とっても速く飛べていて、ボクすごい。
前はこんなに速くなんて飛べなかったはずだ。
それができるのは――確証は無いけど――おにーちゃんの力を分けてもらったからだろうと思う。
今のボクにもってこいだった。
貰った力と胸の中の微かな温かみを感じながら飛ぶことに集中すると、あっという間に馬車に追いついた。
荷車の真上につけると、速さを合わせ飛び続ける。
御者も屋根の下にいるため頭上のボクのことなど気付きようがない。
まずは……、馬車をどうやって止めたものか、と考える。
荷台の方におねーちゃんはいるわけで。
走ってる馬車の後ろから荷台に侵入しておねーちゃんを抱えて連れ出すにしても、どんな状態なのかもわからないし、あの副隊長とやらがつきっきりで見張ってるかもしれない。
見つかったら終わりだ。
態勢が整わないから、走ったままのを襲撃するより、止めたほうがいい。
戦うことになるのかなー。
しょーじき、勘弁してほしい。
戦ったって、勝てそうも無いし……
どーやって逃げるか、ばかりに考えが行く。
なんて。そんなことも、言ってられないか……。
腹を括って、速度を少し緩め、荷台の屋根の上に足音を立てないようそっと降り立つ。
と、車輪が地面の凹凸にぶつかったのか大きく揺れた。
思わず漏れそうになった声を押し殺してしゃがみ、片膝と片手をついて、姿勢を安定させる。
見えないのは安全でも、揺れが激しいから振り落とされないようにしないとね。
しゃがんだまま、馬車を止めるための作戦を練る。
ちらつく雪は特別影響ないけれど、山の冷えた空気に手がかじかむのはちょっとしんどいなぁ。
前に誰か立ちはだかれば、止めるかな?
ものは試しに、正面に躍り出てもらおう。
馬車の屋根についていた手を離し、両手を正面にかざし目を閉じる。
浮かび上がる六芒星が描かれた青白い光を放つ魔法陣。
その役目はもちろん……!
「いっけぇ! 血沸肉男人形!!」
「アッハッハッハ!トマレトマ……ヘグハァッ!?」
音量を絞った声(そもそも馬車が揺れる音で声なんてかき消されちゃうんだけど)で呼ぶと血沸肉男が馬車の真ん前に現れ、馬車を制止する間もなく、あっけなく轢かれた。
激突した衝撃は馬車には一切感じられず、血沸肉男だけが四肢と内臓をはじけさせ四散したのが見えた。
馬車の勢いは全く変わっていない。
衝突したことさえ気づかれていないのかもしれない。
やっぱだめか……。余りにも脆い……。
失敗したものは仕方ないので次の作戦に移る。
正面からぶつかるから太刀打ちできないんだ。
それなら、車輪に何かを噛ませ、大きめの岩を踏んだみたいに車輪の動きを狂わせるのはどうだうか。
踏まれてもらうのはもちろん……!
「いっけぇ!蛇玉っ!」
キシャァァァァァ……!
モップになってもらった一昨日ぶりに、無数の蛇が絡まり合い球形になった蛇玉――中心にある目玉と目が合うと石化する――を車輪が通る直前の位置に召喚する。
威勢のいい蛇の威嚇声とともに馬車の車輪が通過する――。
その瞬間の衝撃に備える――!
「……?」
確かに呼んだのに、手ごたえは無かった。
召喚位置が車輪からずれてしまったのか。
通り過ぎれば出てくるかと、しゃがんだ姿勢のまま馬車の後方に目をやる。
馬車が抜けた後の地面に現れたのは、どす黒い水溜まりみたいなのと、蠢く数本の紐みたいなもの……おそらくは蛇玉を形成していた蛇。
……何の抵抗も無く潰されたんじゃん。
「あちゃー」
モップにしたとき平気そうだったけど、こいつも脆かった……。
……どーしよっかなぁ。止まる方法止まる方法……。
ん?待てよ……
馬車は無情にも走り続けるわけだけど。
そか、ぶつけなくたって、下から持ち上げちゃえば走れなくなるよね。
ボクって、あったまいいー!
よーし、今度こそっ!
「来いっ! 触手たちっ!!」
今度は轢かれて終わらないように十三本の触手全てを真下に召喚して一気に馬車を持ち上げる。
足元が浮く感覚。
よし、うまいこと馬車ごと持ち上がったかな。
驚いた馬が嘶き、暴れると繋がった荷車部分も安定がいいわけじゃないからそのまま揺れ……。
「わっわっ!」
持ち上がりすぎて均衡が崩れ、薄い板で作られた粗末な箱のような荷台の、山肌に面していた側を下に、触手からずり落ち地面に叩きつけられる。
「な、なんだぁっ!?
「うわわわわわわわーーーー!」
男二人の狼狽えた悲鳴が聞こえた。
「あちゃー……大丈夫かなぁ……」
衝撃で歪む箱。
ボク自身は浮いて難を逃れたけれど、中にいるであろうおねーちゃんと、生き返ったとかいう細っこい騎士の男と、それに付き従っていた男……。
無傷じゃ済まないよなぁ。
おねーちゃんだけ引っ張り出してずらかる?
それじゃ、また追いかけてこられて何の解決にもならないか。
めんどくさいなぁ。
いっそ死んでてくれないかなぁ。
……それだとおねーちゃんも死んでることになるかぁ。
馬も腹から落ちて混乱し悶えているが手綱が付いたままでどこへも行けないでいる。
地面に降り、横転した荷車のお尻部分へ近づく。
舞い上がった砂煙が徐々に落ち着く。
と、反対側から誰かが這い出してきた。
「こっっっっっの……クソ淫魔ぁぁぁ!!」
激昂するギョロ目の男。ほとんど怪我はないのか、よろめきながらも立ち上がる。
ちぇ、タフだなぁ。
さぁ、こっからどうするかな……