魔導実験の産物
ザネマの不穏な言葉を聴いたラナクが「実験材料って……一体、なんの」と言いかけたのを、チャムニャンが「やはりな」と得心がいったように遮り、「こやつ、ここでいくつもの生命を奪っておるぞ」と恐ろしいことを口にした。
「えッ⁉︎ 逆だろ? ザネマは生き物を治す魔導士なんじゃ」
「いや、その考えは捨てたほうがよさそうだ」
「俺が生ーき物物物もーの物を治すおすおす魔導士ぃ?」
二人の会話を聴いていたザネマが口を開き、「誰がれがれがそーんな風説説ををををを」とさもおかしそうに笑い、「そーのそのそのゴーッサマーの言ーう言う言う言ーう通り、こーのこのこのこのこの部屋で死ーんだんだんだ奴は沢山山いーるいるいるいるいるぜ!」と楽しげに言った。
「ちょ、じゃあ、さっき言ってたザネマに問題があるっていうのは」
「うむ。壁、天井、地面。至るところに光を帯びた結晶があるであろう」
「それが?」
「煌空石は生き物の血を浴びると光を放つようになるのだ」
「なッ? はぁッ⁉︎」と驚きの声を上げたラナクは、「なんだよ、その気持ち悪い特性は」と手のひらに乗ったチャムニャンに向かって顔を顰め、「ってことは」と視線を下げて足元に広がる大きめの光を見るなり、「うわッ」と叫んで地面の暗い部分へと飛び退いた。
「今さらさらさらさら避ーけてけても意味はないないなーい」
音もなく羽ばたきながら空中で静止しているザネマに、ラナクが「あんた、一体どういうつもりでそんな残酷な」と言って睨みつけると、異形の魔導士は「おーまえまえには関係ないないなーい」と軽快な口調で言うや、揶揄うように辺りを忙しなく飛び回りはじめ「話なしなしは聞ーいたたたたた! さーあさぁさぁ、とーっととっと、とっとっとっと、帰れえれえれ人間!」と歌うように言った。
「そうはいかない。シャンティたちを返せ。それから、あんたにも俺たちと一緒に来てもらう」
「はぁ?」
「なにが実験材料だ。ふざけるなッ!」
飛び回るのをやめ、ラナクの目と鼻の先で動きを止めたザネマは「おーまえまえまえ、なーにかにかにか勘違いがいしているな」と言い、「俺をどーんな魔導士だとだと聞ーいてきたきたっててててて?」と紫一色の双眸を大きく見開いた。
ラナクが「だ、だから」と唾を飲み込み「あんたは、生き物を治す魔導」と言い終わらぬうちに、ザネマは「違うがうがうがーうがう!」と言うなり再び飛び回りはじめた。
「俺はなーにもにもにも治さなーいない!」
左右に素早く視線を振ったラナクは、壁や天井で光を放つ多くの結晶を見て「どうやら、あんたが得意なのは真逆の性質の魔法らしいな」と苦々しげに言うと、ザネマは「真逆ぅ?」と宙空で動きを止め「改良良は治療療と真逆逆逆ぎゃっく逆の性質質じゃねぇねぇねぇ!」と不服そうに言った。
ガルは再び目を開けるや、見慣れない天井を虚ろな表情で見つめ、右手から聴こえる荒い呼吸音を耳にして首をゆっくりと右側へ傾けた。
苦悶に歪む顔に無数の汗を浮かべた、銀色の髪をした女性が寝台の上に横たわっている。
状況を整理しようと己の記憶を辿ろうとしたガルは、急に激しい頭痛に襲われ、「ぐぅッ」と呻き声を上げるなり横を向いたまま両手で頭を抱え込んだ。
見覚えのない天井、見知らぬ女性、見慣れない部屋、思い出せない最前の記憶、それら脳内に渦巻く混沌に混乱しつつ、加えて頭蓋骨を突き破って何かが飛び出しそうな頭痛に耐えていたガルの耳に、扉の開く音と何者かが入室する足音が聴こえてきた。
ガルが身を起こそうとすると「寝てな」という女性の低い声が降ってきた。
「悪いんだけど、少しばかり質問に答えてもらうよ」
ガルが薄らと左目を開けると、衣服の切れ目から覗く女性の太腿が視界に入り、続いて「坊や、塔の怪物と遭遇したってのは、本当かい?」と言う声が聴こえた。
「怪……物」
「昔話に出てくる奴さ。知っているだろ?」
食いしばった口の端から、ガルが「昔の、話の?」と息も絶え絶えに漏らすのを見た女性は、「その様子だと、寝惚けてるんじゃあないようだねぇ」と思案するように言い、「自分の名前は覚えているかい?」と彼の苦しげな様子にも構わず質問を続けた。
思い切り両目を瞑ったガルは、頭を抱えたまま「俺、俺は……俺は」と呟きながらガタガタと震えはじめ、「俺は……だ、誰だ……誰、なんだ」と怯えたように言った。
「無理はするんじゃないよ。それなら、覚えていることはあるかい?」
「俺、俺……俺、が……俺は……なにを、なんで……なんで、なにも覚えてないんだッ!」
「落ち着きな。坊やは一時的に混乱しているだけさ。時間が経てば記憶も戻るだろうよ。今はおとなしく寝てな」
女性はそう言ってガルに背を向けると戸口から出ていった。
「改……良?」
ラナクが訝しげな声を上げると、ザネマは「なーんだなんだなんだなんなんだ? おーまえまえ俺を疑ってるてるてーるてるのっかのか?」と、宙空で羽ばたきながら怒ったような調子で言った。
「疑ってるというか……なんというか」
「おーまえッ! 俺の使い魔に会ーったあたあたあた、会ーっただろろろろろ?」
「使い魔って、俺たちを案内してくれた小さい奴か?」
「そーうそうそうそうそう! 俺が改良良しーてしてしてしてしてして生ーみ出し出したベーリレモだ」
「あんたがあの生き物を……えっと、どういうことだ?」とラナクが言うと、その語尾へ被せるように、チャムニャンが「おぬし、先ほど隠匿魔法は使い魔の仕業だと言わなんだか?」とザネマに訊ねた。
「さーすがすがすがゴーッサマー! 気ーづいづいづい気っづいたか!」
「まったく意味がわからない。なんなんだよ、一体?」
「隠匿魔法など他では聞いたことがない。つまりその魔法は、奴がベーリレモなる使い魔を改良した結果、偶発的に得られた副産物ということになる」
「どーうだうだうだどーうだ! 俺の凄さをさをさをさを思い知ーったしたしたしたした知ーったか!」
またもや周囲を忙しなく飛び回りはじめたザネマを目で追いもせず、ラナクはただ呆気にとられたように口を半開きにしたまま、しばらく前方の何もない空間をぼんやりと眺めた後、右手に乗ったチャムニャンへゆっくりと視線を移していき、「俺、まだなにもわかってないんだけど」と不安げな声で話し掛けた。
「要するに、こうである。どのような状況下であれ、それまで自然界に存在しえなかった魔法が、なんの前触れもなく唐突に発生するのは極めて稀な現象なのだ」
「でもそれだと改良のおかげじゃなくて、使い魔のほうに元から隠匿魔法の素質が備わってたって考えるのが普通だろ? だから特にザネマが凄いってのとは違うような」
耳聡くラナクの言葉を聞きつけたザネマは飛び回るのをやめ、空中に浮かんだまま「ああッ⁉︎」と凄んで目を見開き、「俺の能力にケーチケチケチケチケチ、ケーチつけつけようってのかかかかかッ!」と苛立ちを露にした。
「いやッ! ケチをつけるわけじゃないけど、ただ、その……まだ、信用な、安心できないっていうか」と言って周囲へ視線を走らせ、「だって、ほら! 血に反応するっていう煌空石も、なんか、そこら中で光ってるし」と歯切れ悪く言ってザネマから視線を逸らした。
「施術中は血ーが血が血が血が血ーが、吹ーき吹き吹き吹き吹ーき出たり流れがれがれ流れたり、すーるするするするんだよッ!」
「でも、さっき死んだ奴は沢山いるって言って」
「そーりゃそりゃそりゃそりゃそーりゃそりゃ健康体の奴を改良良すーるんるんるんるーんるんじゃねぇんだ。死ーにかかってかかってかかってるてる奴がそーのまままままままま死ーんじまってもてもてもてーもてもなーにも不思議思議思議、不思議じゃねぇだろろろろろ!」
ラナクとチャムニャンが黙ったままでいると、ザネマが「さーあさぁさぁさぁ、俺の凄さがわーかったかったならならなら、帰れえれえれ人間!」と囃し立てた。
「いや、わからない」
「あぁ?」
「あんたがどれだけ凄い魔導士か、まだわからないと言ったんだ」
「なーんだんだんだなーんだと? 今今今今さっき今しがたがたがたがったがた、説明したしたばーかりかりかりばーかりだろ! 俺が新種の魔法を操るつるつるつる使い魔を」
「この目で見ないと信じられないッ!」とラナクに言葉を遮られたザネマは、彼の顔面に急接近して「なーんだと?」と紫色の眼球を見開き、翡翠色の瞳を穴のあくほど見つめた後、天井付近まで飛び上がり「なーるほどほどほどほど、ほーどほど!」と何事かを理解したかのように言った。
「そーうやってやって俺を誘いそいそい、だーそうそうそうそうって魂胆胆か?」
思惑を見抜かれたことで己の軽率な発言を悔やんでいるのか、下唇を噛んで俯くラナクにザネマが「対象象は魔導士って言ーったったったった、言ーったな?」と訊いた。
ゆっくりと顔を上げ、宙空に浮かぶザネマに視線を定めたラナクが「そうだ。俺と同じ歳ぐらいの女の子で」と呟き、さらに言葉を続けようとしたところへチャムニャンが「ネキワムカムの血を引いておる」と口を挟んだ。
「なーんだとッ⁉︎」
ザネマが調子の外れた声を上げ、ラナクが「ネキワン?」と訊ね返すと、チャムニャンは「正確には可能性があるだけだが、ほぼ間違いないであろう」と補足した。
「そーれそれそれそれそれそーれを早くやくやく言えってのののののッ!」
周りに繁茂する緑の眩しい木々や、あちこちで寛ぐ人々がいる長閑な景色に似つかわしくない、さながら移動する凶事の兆しのような、朽ちかけた黒い布を纏った巨体が芝生の上を歩いている。
半ば予想していたこととはいえ、僧に奥の院の地下へ案内されて見せられたものを思い返しながら、ゾノフはぶつけるべき憎悪の矛先を見つけられずに苛立っていた。
「大きなお声は立てないよう」
僧が鉄扉を押し開いた先に現れたのは、天井までの高さがゾノフの身長の三倍はあろうかという広い空間の中央に、四方八方へ張り巡らせた無数の透明な糸によって空中に固定された、肉塊のごとき緋褪色をした巨大な繭状の物体だった。
岩肌が剥き出しとなっている壁の各所に掛けられた松明の光が、表面に太い血管らしきものが歪な網目状に浮いた肉繭を、醜怪で悍ましいものとして闇の中に浮かび上がらせている。
不規則な間隔でビグビグと脈動しては重々しい鼓動を響かせるそれは、例えばデン教総本山が一個の巨大な生物であったとすれば、さながらその心臓部分といったところだ。
「こいつはなんだ」
フードの下に隠れた顔の表情はわからぬものの、それでも狼狽した様子の微塵もない口調でゾノフが問うと、僧は「核です」と短く答え「古より生き続ける魔導生物の」と静かに言った。
「塔の怪物か。肉体はどこだ」
「近郊の遺跡に一体」
ゾノフは顔を覆い隠すフードを僧に向け、「一体とはどういう意味だ」と低い声で迫った。
「そのままの意味です」
「連中は各塔に一個体のみ。おまえの言い方は」
「あたかも複数いるかのよう、ですか?」と先を読むようにゾノフの言葉を継いだ僧は、さらに「そうです。彼らは複数体、祈りの塔の各所に存在しています」と続けた。
「複製したのか。なにが目的だ。忌まわしき存在を増やしてどうなる。連中が増えれば塔の糧も加速度的に」とまで言って急に口を噤んだゾノフは、「貴様ら、人類を根絶やしにする気か」と怒りを滲ませた。
「そうではありません。むしろ逆です。彼ら塔の怪物こそが、わたくしたち人類を救う鍵となるのです。そしてそれは最終的に、人類の浄化へと繋がってゆくことになるのです」
「世迷言を」
「いいえ。世迷言ではありません。世界はそうなるべくして創造されたのです」
「貴様らのくだらん教典になど興味はない」
これ以上の会話は無意味だとばかりに踵を返したゾノフの背中へ、僧が「これをご覧に入れた意図をご理解いただければよいのですが」と声を掛けた。
一度は無視して立ち去ろうとしたゾノフだったが、戸口で唐突に足を止めるや僧に背中を向けたまま、まるで相手の反応を試すかのように「第七の塔」とだけボソリと言った。
「今なにか仰いました?」
そう訊ねる僧を再び無視したゾノフは、今度は立ち止まることなく扉の向こうへと姿を消した。
チャムニャンの言葉を聞くなり慌てて奥へと引っ込んでしまったザネマは、しばらくそこらじゅうを飛び回っては大きな物音を立てて何事かをしていたが、そのうち大急ぎでラナクたちの前へと戻ってくると「なーんだんだんだなーんだ? なーんでおーまえら、まーだまだまだまーだまだそーこそこそこに突ーっ立って立って立ってるんるんだ?」と不思議そうに言った。
「え? だって、俺たちと一緒に来て、彼女を治してくれる気になったんじゃ」
「だーからからからかーらから、治さねぇって言ーってってって、言ーってるだろ!」
「でも、とにかく一緒に来てくれるんだろ?」
「事情が変ーわったわったからからな! だーがだがだがだーがしかし、俺の魔法は改良良だ! 治療療じゃねぇ! 忘れるれるれるれる、れーるれるな!」
「わかったよ」
「そーれそれそれそれそーれから、必ず助かるかるかるかる、かーるかるって保証もでーきできできできできねぇ!」
黙って頷いたラナクが「それじゃあ、シャンティたちを解放して、早くエレム」と言いかけたのを、ザネマが「おーいおいおいおいおいおい!」と遮り、「誰が解放放すーるするするすーるすると言ーったったったったった?」と嘲るように言った。
「そんなッ!」
「あーいつらは珍ずらずらしーいしい、実験材料料だと言ーったったったった、言ーっただろ!」
「あんた、まだそんなことを」
「いーいいいいい、いーいか! おーまえまえと違ってがてがてがってがて、あーいつらつらつらつらつーらつらは特別別だ! 一体は魔導人形、一人は魔導士。そーしてしてして、もーう一人はシーンドウの血筋筋筋すっじ筋ときーたきた!」
「ちょ、今なんの血筋だって?」
「なーんだってだってだってっていーいだろ! 俺は忙そがそが忙しいんだ! さーっささっささっさ、さっさっさと案内内しーろしろ!」
答えをはぐらかされたラナクだったが、「いや、でも、なんか聞き覚えのある単語が」と食い下がったのを、ザネマが「おーいおいおいおいおい、おーいおい! 行ーくのかのか行ーかねぇのかのっかのか、ハーッキリキリキリキリハーッキリしろろろろろ!」と急き立てた。
「あ、や! もち、もちろん、一緒に来てもらう!」と慌てて答えたラナクは、「でも、俺は飛空船が操縦できなくて」と自信なさげな調子で言い、「だからやっぱり、その、みんなを返してもらわないと出発できないっていうか」とボソボソと呟いた。
「飛空船なんなんて、いーらいらいらいーらねぇ! 飛ーんでんでんでいーけばけばけばいーいだろろろろろ?」
「そんなことができるのは翅が生えてるあんただけだって」
「そーうそうそうそうそうそーうじゃねぇ! 祈りの塔まーでまでまでまーでなんて飛ーぶわけわけわけわけ、わっけわけねぇねぇだろッ!」
ラナクが眉間に皺を寄せ「飛んでいけばいいって言ったのはあんたじゃないか」と不満げな声を上げ、「それに、ボクスですぐ着いたんだから、たいした距離でもないだろうに」とブツブツ漏らしていると、ザネマは「そーうそうそうそうそう、そーういう意味の飛ーぶじゃねぇねぇねぇ!」と声を荒らげた。
「じゃあ、他にどういう意味の飛ぶがあるっていうんだよ?」
「おーいおいおいおいおい、おーいおい! おーまえまえたちはそーうやってやってやってって、こーのこのこの部屋に入ったったったった、たーったったったじゃねぇか!」
「空間転移の魔法であるな」とチャムニャンが指摘し、「だが、おぬし。生物の改良に特化した魔法を使うのであろう? おぬしの使い魔が使用するのも物を隠す魔法で空間転移ではない。まさか、風の塔三家目の魔導士までもがここにおるのか?」
「あぁッ⁉︎ あーんな奴、呼ーぶ呼ぶ呼ぶ呼ーぶわけあるあるかッ!」
「あのさ、ちょっと気になったんだけど、魔法って一人で何種類も使えないわけ?」
ラナクが口を開くと、ザネマは「そーんなんなことことしたしたららら、すーぐすぐすぐ死ーんじまうまうだろろろろろッ! 一人一属性ででででで限界界だだだだだッ!」と憤慨したように言った。
そこでようやくメイナの話に思い当たったラナクが「魔法の……代価、か」と呟いたのを、ザネマが「知ーってるてるてるてるてーるなら訊ーく訊く訊くななななな!」と言ってビュンビュンと風を切って周囲を飛び回った。
「それなら、空間転移の魔法は誰に頼むんだ?」
「誰にってにってにってにってって、別の使い魔に決ーまってまってまってまってんだろろろろ!」
「あいつの他にも使い魔がいるのか」
「こーのこのこのこのこーの身体は、なーにかにかにかと不便だーからからからななななな!」
そう言って奥の暗がりへと飛び去ったザネマは、彼の身体の大きさに匹敵する光る煌空石を両手で抱えるようにしてふらふらと戻ってくるや、「俺のれのれの……つ、使い魔の……ア、アービ、アービチだ」と息も絶え絶えに言った。
「アービチだって……それ、煌空石だろ? しかもなにかの血を浴びた」
「おーいおいおいおいおい! アービチ、アービチを……あー、侮るどるどる……どーるなッ!」
「ずいぶんと重そうだな」と言ったラナクは、それが何者かの血に塗れた物体であることに躊躇し、持ってやろうか、と喉まで出かかった言葉をすんでのところで飲み込み、代わりに「煌空石って勝手に浮かぶくらい軽いもんなんじゃないのか?」と訊ねた。
するとザネマは食いしばった歯の隙間から、「こーいつの重みは、みはみは……魔導士の……血ーの、血の血の、重みもみもみ……だッ!」と絞り出すように言った。
ラナクは眉間に皺を寄せ、「その魔導士ってのは誰のことだ?」とザネマに訊いた。
「うーるうるうるうるうるせぇッ! とーにもかくにも……とにとにかく、アービチは魔導士の……血ーを……血を、血を血を浴ーびて、魔力を帯ーび……帯び、帯び」
「血を浴び……え? だからアービチ? なんだか」
「あぁ⁉︎ なーんかなんかなんか……なんなんか……もーん、も……文句あーる、あー……」
「いや、ないよ。それより、さっきから大変そうだな」
ザネマは苦しそうな表情のまま「ぐぎぎ」と呻きつつも、「だーがだがだが……こーい、こーいつは……特別別だ。俺の意思に、関係係なーくなく……誰でも、でもでも……どーこへでも、でも……持ーち出せるっからなッ!」と荒い息を吐き出しながら言った。
「あれ? でもそういえば、煌空石は風の塔から持ち出し厳禁とかって、ミトシボさんが言ってたような」
「それ以前の問題がある。使い魔は特定の魔導士に使役しているあいだ、その魔導士が許可した範囲内でしか活動ができないのだ」
「じゃあ、チャムニャンが俺と一緒にいられるのは、メイナさんに命じられたからってわけか」
「うむ」
ザネマは「どーうだうだうだ、どーうだ? アービチの、とーく、とくとく……特別さが……さが、さがさがさが、さっがさがわーかったか!」と自慢げに言い、続けて「ベーリレモ、来いッ!」とラナクたちを案内した使い魔を呼びつけ、「アービチで、エーレムネス行ーきの……きのきの、陣を描け!」と皺の寄った凄まじい形相で命じた。
身体を左右に揺らす特徴的な歩き方で、どこからかひょこひょこと現れたベーリレモは、ザネマが落としたアービチを受け取るや、地面の適当な場所に這い蹲るような格好で身を屈めると、あまり便利そうには見えない両手を器用に動かして陣を描きはじめた。
「初めからそいつに持ってこさせればよかったんじゃ」
「だまッ、黙れまれまれ、黙れッ!」
照れ隠しなのか、先ほどの疲れた様子もどこへやら、ザネマはそこらじゅうをしばし激しく飛び回った後、「よーしよしよし、よっしよしッ! おーまえら円陣陣の内側側に入れれれれれ!」とラナクたちに言い、「ベーリレモ、こーいつにアービチを渡渡渡渡せ!」と使い魔に命じた。
ベーリレモからアービチを受け取ったラナクが「えッ? ちょっ、あの」とあたふたと動揺しているのを横目に、ザネマが「そーれそれそれそーれじゃ、飛ーぶ飛ぶ飛ぶ、ブーッ飛ぶぞッ!」と大声を上げるなり、地面に描かれたばかりの魔法陣が淡青色に発光しはじめた。
「んなッ⁉︎ なぁ! シャンティた」
ラナクの声も虚しく、次第に明るさを増していった青い光は、やがて眩い白色の閃光となって地面から噴き出すと、溢れる光の洪水の中に皆を一瞬にして飲み込んだ。





