【短編】元悪役令嬢のお母様は、娘の私にやきもちを妬く
私のお母様とお父様はとても仲良しな夫婦です。あまりの仲の良さから社交界でも有名みたいで、お友達からは良く羨ましがられます。
なんて言ったって私のお父様は凄くカッコいいこの国の王様で、お母様はとっても綺麗な王妃様。誰が見てもお似合いな二人が並ぶと、まるで別世界のような空間が広がって皆を魅了しちゃうのです。巷ではそんな二人の肖像画が飛ぶように売れるほど人気で、色んな人が二人を褒めてるのを聞くと私も嬉しくなります。
そんな自慢のお父様とお母様だけど、なんだかたまにケンカをしているとこを見かけます。あんなに仲良しなのに何でだろ?こういう時は、頼れるお兄様に聞きましょう!
「ねぇお兄様」
「ん?なんだいセシリア」
「どうしてお父様とお母様はあんなに仲良しなのにケンカするのですか?」
そう尋ねた私を優しく撫でたお兄様は、私の大好きな優しい声で答えてくれます。
「多分それはケンカじゃないと思うよ。あれもひとつの愛情表現なんだ」
そうなんだ!やっぱりお兄様ってすごいなぁ。あれ?それじゃあ何であんなに怒ってたのかな。首を傾げている私を見るお兄様は、困った顔をしています。
「セシリアにはまだ難しかったかな?」
うー、せっかく教えてくれたのに…。私ってばダメな子ね。
「ごめんなさいお兄様…」
泣きそうになる私を抱き抱えてくれたお兄様が、頭を撫でてくれます。私が落ち込んだ時、家族の皆はこうして私を慰めてくれるんです。
暫くそうしていると、お兄様が何かを思い付いたような声をあげました。
「そうだ!説明するのは難しいから実際に見に行こっか」
「じっさいにですか?」
ある程度落ち着いていた私は、さっきとは別の疑問を浮かべてしまいます。お兄様はそんな私を見ると、いたずらっ子のように微笑んで言うのです。
「セシリア。明日は思いっきり父上に甘えてみてごらん。きっと面白い事が起きるよ」
◇
とある昼下がり。
午前の執務を終えて休憩をしていたアルバート
の元に、一人の天使が舞い降りた。
「お父様!お仕事おつかれさまです!」
絹のように柔らかな銀髪をふわふわと揺らしながら飛び込んでくる最愛の娘を優しく抱き止めた彼は、思わぬ訪問者に驚いています。
「ありがとうセシリア。しかし、こんな時間に訪ねてくるなんて珍しいじゃないか。何かあったのかい?」
普段の彼女なら、仕事が多い時間帯である朝から夕方までは遠慮して無理に訪ねてくることはありません。だから何か起きたのだろうと考えたのですが、それは大きな間違い。
「ただお父様に甘えたくなっちゃったの」
少し寂しげな甘い声で囁かれる言葉。
「ご迷惑でしたか?」
そしてサファイアのように輝く大きな瞳が、上目遣いで彼を捉えた瞬間。アルバートは限界を迎えた。
「迷惑なわけないだろう!セシリアが甘えてくれるのが嬉し過ぎてびっくりしてしまっただけだよ」
そう言いながらセシリアを抱き上げて優しく頭を撫でます。セシリアからは見えませんが不意打ち気味に放たれたストレートがクリティカルヒットした結果、アルバートの顔がだらしなく蕩けてしまっています。
「セシリアに甘えて貰えるなんて、私は世界一の幸せ者だな」
冗談のように聞こえますが、本人は恐らく本気でしょう。
「もう、お父様ったら口がお上手ですね」
セシリアも久しぶりに思いっきり甘えられて、とても嬉しそうにしています。するとそんな幸せそうな空間が広がる部屋に、次なる訪問者がやって来ました。
セシリアが成長すれば、このような絶世の美女になるだろうと思わせる一人の女性。二児の母でありながら非常に若々しい姿をした彼女は、セシリアとアルバートの二人を視界に納めるとルビーのような瞳を丸めて軽く驚きをあらわにします。
「あら、セシリアがいるなんて珍しいわね。今日は何かあったの?」
アルバートと同じ疑問を浮かべた彼女でしたが、再度セシリアが説明しようとする前にアルバートが口を開きます。
「聞いてくれエリス!なんとセシリアが私に甘える為にわざわざ訪ねてきてくれたんだ!」
喜びを隠せない様子のアルバートがそう言うと、エリスは僅かに眉を動かしますが顔には優しげな笑顔が浮かびます。
「そうだったのね。普段遠慮して滅多に甘えて来ないから心配してたのだけど、素直になってくれて嬉しいわ」
「はい!私、今日は目一杯お父様に甘えようと思います!」
またしても反応する眉。しかしセシリアには悪気は一切ありません。悪いのは全てエドワードお兄様ですから。
「セシリアは私には甘えてくれないのかしら?そんな事言われたら私も寂しくなってしまうわ」
「お母様には昨日いっぱい甘えましたよ?だから今日はお父様の日なんです」
そう。これもエドワードの入れ知恵です。今日アルバートに思いっきり甘える口実を作るために、昨日のうちからエリスに甘えさせていたのです。
「あぁ、確かに昨日のセシリアはやたらとエリスに甘えていたな。あの時は私も寂しかったんだぞ?」
「ごめんなさいお父様。でも今日はいっぱい甘えますから!」
ここまでされてしまえばエリスにはどうしようもありません。乙女としての自分を抑えて、母に徹することを決めて理性を保ちます。
そうして執務を再開するまでの間、セシリアとアルバートの甘い時間が流れていくのでした。
◇
月明かりが夜を照らし始めた頃。
家族水入らずの晩餐を終えた彼らは、食後のティータイムを楽しんでいました。それぞれが思い思いに過ごすこの時間は、彼らにとっては貴重な心休まるひと時。しかし、この日に限っては例外です。
なぜなら今日はセシリアがお父様に甘える日。紅茶を嗜みながら読書をしているエリスの耳には、先程から二人の会話が聞こえてきます。
「ねぇお父様。私、お父様の膝の上に座ってみたいです!」
セシリアも甘える事に慣れてきたのか、始めに比べて大胆になってきているようです。以前から憧れてたお父様の膝の上、そこに座る為に上目遣いでおねだりしています。
「はははっ、セシリアのためなら椅子にでもなんでもなってあげるさ」
かつてないデレ期に突入しているセシリアに骨抜きにされているアルバートは、少し気持ち悪い事を言いながらセシリアを膝の上に抱えます。セシリアには傾国の美女になる素質があるかもしれません。
「お父様はセシリアのどこが一番好きですか?」
付き合いたてのカップルのような事を聞くセシリア。勢い付いた彼女はもう止まりません。今まで我慢していた分まで発散するように、目一杯甘えまくるのです。
「そうだなー。沢山ありすぎて選べないよ」
「そうなんですか?じゃあ全部言ってみてください!」
「えっ。全部かい?」
「もしかして、ダメですか?」
「いやっどれから言うか迷ってただけだよ。まず、家族想いなところと優しい心を持っているところ。それから…」
セシリアの無茶ぶりに精一杯応えるアルバート。最初は辛そうにしていたが、段々と調子が出てきたのか口が軽くなっていきます。家族の事を愛しているこの男にとって、この程度は簡単なこと。国家運営に比べれば児戯のようなものでしょう。
褒められまくっているセシリアも徐々に恥ずかしくなってきたのか、白い肌が紅潮してきています。アルバートとセシリア、どちらが先に落ちるのか…というところで突然空気が変わりました。
どうやら一番先に限界を迎えたのはエリスのようです。彼女は無言で立ち上がると、セシリア達の元に歩きだします。そして二人の目の前で立ち止まると、体をわなわなと震わせ声を張り上げたのです。
「セシリアばかりズルいわ!私にも構ってくださいアルバート様!」
突然の事に驚くセシリア。そして見たことの無いお母様の姿に戸惑いが生まれます。そんなセシリアとは対称的なアルバートは慣れた様子でエリスを宥め始めます。
「エリス。せっかくセシリアが心から甘えているのだから、独り占めさせてやることは出来ないのかい?」
「私もそう思って今まで大人しくしていました。でも仕方ないじゃない!私だってアルバート様に甘えたいのに、目の前でこんなの見せられたら我慢なんて出来ないわ!」
イヤイヤと首を振りながら、駄々をこねるエリス。セシリアは空気を読んでお父様の膝の上から避難します。
「セシリアも今日は十分甘えてたじゃない!少しくらい私にも甘えさせて!」
そう言いながらアルバートにすがり付くエリス。彼女の様子を溜め息を溢しながら見つめたアルバートは、セシリアに向かって口を開きます。
「ごめんなセシリア。これからエリスの相手をするから、今日はここまでにして貰えないかな?」
「あっはい。分かりました」
「ありがとう。これからもいつでも好きに甘えにきていいからな。それじゃあお前達は早く寝るんだぞ。おやすみ」
そしてアルバートはすがり付いていたエリスを抱き上げた後、二人の寝室に消えていくのでした。
しんと静まる室内。怒涛の展開に取り残されたセシリアの元に、今まで様子を見守りながら密かに笑っていたお兄様が近づいて来て言いました。
「これで僕が言っていた意味が分かった?」
「はい」
私これ知ってます。お友達がよくああなりますから。
「お母様って、やきもち妬きなんですね」
◇
あの日から二年が経ちました。
「お父様!私ダンスの先生に褒められました!」
「おお!それは凄いじゃないか。セシリアは良くできた子だな」
「ふふっ、特別に頭を撫でてくれても良いですよ?」
思いっきり甘えたお陰でなんだか吹っ切れた私は、お父様とお母様に甘える時間が増えてさらに幸せな日々を過ごしています。
これは甘えるついでにお父様に聞いた話ですが、お母様は昔からやきもち妬きだったらしいです。お父様の周囲に女性がいるとすぐに不機嫌になることから「悪役令嬢」なんて呼ばれながらお父様と愛を育んだとか。あの時は突然の事に驚いちゃいましたけど、やきもちを妬くお母様はとても新鮮でした。
「セシリア!またそうやって私に意地悪するのね…!」
「意地悪なんてしてません。あっ、リーリアがどっか行きそうですよ」
「あぁリーリア、そっちはダメよ!」
そんな今の私のブームは、つい最近一歳になったばかりの妹のお世話をするお母様の目の前でお父様に甘える事です。手が離せない状況でやきもちを妬くお母様がとても可愛くて一石二鳥なのです。
「セシリア、ほどほどにな」
「はい、分かってます。後でお母様と交代しますね!」
「うーん。ホントに分かってるのか?」
私がそれをした後はお父様が大変そうにしていますが、きっと内心では喜んでいるので『うぃんうぃん』というやつですね。
「お兄様も後で一緒にリーリアと遊びませんか?」
「もちろん。可愛い妹達と一緒に遊べるなら断る理由なんて無いよ」
今日も私は仲良しなお父様とお母様に優しいお兄様、そして可愛い妹に囲まれて幸せに暮らすのでした。
「アルバート様はいつまでセシリアを撫でてるのよ!?」
おしまい。
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