1話 出会いの為の悪夢
まだ序盤の方なので、ほぼ本編入ってないので内容掴めないかもですがよろしくお願いします!!!
―一年五組の教室の窓枠に、僕を背にして雨野尚は立っていた。
「星、きれいだなぁ。ずっと夜ならいいのに。」
いつもの言葉。いつもの笑顔。
雨野は振り返り、僕に問いた。
「ねぇ、伊織君。死んだらさ、幽霊ってのになれるのかな?」
こんな質問をしてくるのは初めてだ。…やっぱりそういうことなのだろうか。
「早く答えてよ、伊織君?」
答えを待つ雨野の顔は、今まで見せたことが無い真剣な表情だった。そんな雨野を怖く感じた僕は思わず目を逸らした。
「…幽霊なんて、ただの幻だろ。信じられない。」
その解答に、不満そうな顔をした。
だって、見える人と見えない人がいる時点でまずおかしいし、そもそも死んでるんだから、居るわけがないんだ。ある一種の現実逃避、のように感じる。現実逃避なんて、ゲームだけで十分だ。
すると、雨野は何かひらめいたかのように目を開き、両手をグーとパーにして叩いた後、笑顔で言った。
「じゃあさ!俺が幽霊になって、伊織君に会いに行けたなら、どう?」
満面の笑みを浮かべて放つような言葉ではないと思うのだが…。それに、
「会いに来た所で、僕には見えないんだから意味無いだろ。証明にもなって無い。それに、何故に僕なのさ。」
「そりゃあ、友達だからに決まってんじゃん?気づいてくれるまでまとわりついてやるさ!俺はメンタルの強さだけは日本一、いや宇宙一だから!」
「まぁ…そうだな。」
確かに…メンタルは、な。とりあえず、早いとこ窓枠から降りさせないと。このままだと雨野はきっとー…
「雨野、早くそんな所から降りて一緒に帰ろう?」
今一瞬、呆れたような顔をした…?少し経って、もう一度雨野を見ると、笑顔に戻っていた。そして、首を横に振って言った。
「ううん、ごめん。俺…死んでみたくなっちゃったんだ。」
「え…。」
想定はしていた。だから大丈夫、なんとかなると、勝手に思い込んでいた自分が馬鹿だったと後悔した。いざ言われてみたら、実感もないし、驚きで体も頭も働かず、シャットダウン寸前にまでなっていた。どうしようもない、どうにかしなきゃならない。
「俺ね、すんごく嬉しかったよ!伊織君と仲良くなれて。さいっこうの友達だよ、ありがとう。もし幽霊になれたら絶対会いに来るから、また遊ぼうね!」
「…雨野……?」
「俺が落ちた後、すぐ帰るんだよ?」
「…待っー」
「じゃあ、おやすみ。」
やっとの思いで伸ばした右手は届くわけもなく、目の前で徐々に仰向きになって落ちていく。その一瞬の出来事は、まるでストップモーションを見ているかのようだった。そうして数秒後、地面に打ち付けられた音と共に、雨野尚は死んだ。やっと頭も体も働くようになった僕は、窓から地面を覗いた。そこには壊れた人形のような姿の雨野が転がっていて、周辺はどす黒い赤色の血で染まっていた。僕のこんな中学生の頭では、この数分の出来事を受け止めることなんて無理だった。それどころか、どうしようもなくなったこの状況が、嫌で嫌で仕方なくなって、僕は泣きながらその現実から逃げ出した。…最低だ。
次の日の御葬式、雨野の同級生は誰一人として顔を見せることはなかった。
その日から、僕は星と人間の心が大嫌いになった。僕にとっては、一番忘れ去りたい黒歴史。
あれから三年経った。もうすっかり桜も散り、セミが鳴り出している。毎朝ランニングしているおじいちゃんや笑顔で毒を言い合っているおばさん、今にも道路に飛び出しそうなくらい異常に元気なガキんちょなんかを教室の窓から眺めるのが、いつの間にか僕の趣味みたいになっていた。クラスの奴にはそんな外ばっか見てどこがいいんだ?とよく聞かれる。僕には良さなんて分かりません。ただ授業がつまらなくって仕方ないから外を見るか寝ているだけなんです。授業を受けるよりは外眺めてる方がマシなんです。いっそ保健室でサボろうかな、とかいっつも考えてる悪い人間です。まあ、人間に良い奴なんていないと思うけど。
「瀬戸君、もう外ばっかり見てないの。これ、今からみんなの前で解きなさい。」
「…はい。」
当てられてしまった。しかも僕の嫌いな星の範囲。返事しなきゃよかった…。
「ほーら、早くしなさい。授業終わっちゃうでしょ?それともこれ、解けないの?」
僕は馬鹿にされた感じがして少々頭にきたので、仕方なく前に出て黒板に解いてから、解説までした。先生はきっと僕が出来ないことを期待していたのだろうが、残念、僕は嫌いなだけで意外と出来る方なのだ。教室は先生をケラケラと笑い馬鹿にするような言葉で溢れた。最近転勤して来たから知らないのは当然だが、赤っ恥をかいたな、どんまい先生。僕はあえて何も発さないでおくよ。…さて、席に戻るとするか。そうして席へ向かって右足を踏み出した。その時、黒い棒状のものが踏み出そうとしている足の行き先にあることに気づいた。が、
「……っ!」
バタンッ……。
回避することができず、盛大にこけた。二年四組の生徒は一斉に僕に注目し、噴き出して大爆笑した。結果として、先生よりも赤っ恥をかくことになってしまった。くそぉ。
『…ニシシ。』
「…!?」
足元からした気味の悪い笑い声にとっさに振り向いたが、誰もいなかった。いや、きっと勘違いだよな。まず、そんな足元から声なんてするはずない、今はまだ授業中なんだから。疲れてるんだきっと。僕は淡々と立ち上がり、真っ赤な顔を見せないように俯きながら小走りで席に戻った。
キーンコーンカーンコーン…
「あ、これで四時間目の授業を終わります。」
「「ありがとうございました。」」
はぁ。やっと昼休憩になった。四限目は散々なはめにあったな僕。
「ねえ!」
「ふぁっ!?」
「犬井、急に声かけてくんなよ。驚きすぎて変な声でちまったじゃねーか、なんだよもう…。」
「あ、ごめんごめん。いや、一緒に昼ご飯食べないかなぁーって思って。」
あぁ、そうか、昼休憩だもんな。飯食わないとな。よし、弁当弁当っと。
…ん?
「…な…。」
「どうしたの?」
「なななな…。」
「え、ええ?」
「べべ弁当がない!」
「…忘れたとかじゃないの?」
…―カチン。(怒)
「そんなはずはない!今日の弁当は月に一日だけ妹が作ってくれる超レア弁当!!鞄に入れたか朝十回も確認したんだぞ!?」
「わぁあ、じゃあ盗まれたのかなぁあ。というかぼく揺らすのやめてぇえよぉ。」
「あ…すまん。つい。」
ヒートアップしすぎた。落ち着け、僕。…というか、今日はなんでこうも不運が重なるんだろうか。みんなの前でこけるは、妹の超レア弁当がなくなるは。何かしたのかな僕。神様、何かしたのなら謝ります。だから、妹の超レア弁当だけは返してください。それまでこうして僕は跪き、手を組んで思い当たるだけの僕がしてきた悪いことへの懺悔をしますから。
「…い、伊織くーん?み、みんな見てるから、早く屋上いこぉ…。」
犬井は僕に集まる変な視線に耐えきれず、襟を掴み強引に引きずって屋上に向かうのだった。
☆---------
「はぁ、ついたぁー。伊織くんおもーい。」
いつの間にか屋上に到着していた。階段の段差で背中を打って痛そうにしている僕を見て、途中からおぶって連れて行ってくれた犬井は、疲れ切ってコンクリートの上で寝転んでいる。別に怪我人では無いのだから歩かせればよかったのに。ほんと、お人好しな奴だよな。
「おつかれ様。」
「うん。あ、そいえば大丈夫なの?弁当ないんでしょ?」
犬井はひょいっと起き上がってそう言った。
「まあ、昼ぐらい抜いたってそんなん大丈夫だけど、妹の超レア弁当がないのは大丈夫じゃない…。」
「そ、そっか。でも、さすがに次の時間体育なんだし、昼ご飯抜くのはキツいよ。ぼくの分けてあげるから、ちゃんと食べなさい。」
犬井、君はなんて良い奴なんだ…。こんな僕に、昼飯を分けてくれるなんて。というか、犬井の弁当玉手箱くらい大きいのが二個も並んでるんだが。こいつこんなに普段食ってたのか…。
「…じゃあお言葉に甘えて、いただきます。」
「はい!どうぞぉー。」
そう言った後、犬井は弁当の蓋を開けた。そこには宝石箱のようにおかずやデザートが敷き詰めてあった。飾り付けも細かく、うちで僕がいつも作る飯の何十倍も美味そうだった。
「ね、ねえ、これって犬井一人が作ったの?…流石にそんなことなー…」
「うん!僕一人だよぉ。料理もお菓子も作るの好きなんだ!」
「ぐはぁっ。」
瀬戸伊織の腹部と腕辺りに100のダメージ。料理は頑張ればこんな感じに出来るが、お菓子作りがめっぽう弱い僕にはこんないかにも妹が喜びそうな宝石箱弁当は作ってやれぬ。もはや女子。いや、シェフやパティシエレベルではないか…。
「だ、大丈夫!?もしかしてアレルギーとかあった?」
「大丈夫…、お前すげーなって思っただけだから。」
「…?あ、ありがとう。」
「よし、食べるか!まずはよくわからないけどなんか入ってるこの焼きそばもらうね。」
「どうぞぉー。」
パクリ…。
……美味い。めっちゃ美味いんだけど。焼きそばなんかでこんなに感動するとは思わなかったこれまでの人生。野菜とソースの具合が抜群に良くって、それでいて麺はベチャッとしすぎないこの絶妙なライン。…最高だ!
「伊織くんもそんな顔するんだね。」
「ん…?」
そんな顔というのはどんな顔のことを言っているんだろうか?仏頂面なのはいつものことじゃないか。
「伊織くんっていつも死んだような顔してるというか、魂どっか持ってかれてる感じだったし、ずっと無って顔だったじゃん?」
「え、そんなにか?」
「うん、だって前の修学旅行の写真…ほら!」
そう言ってスマホの画面を見せてきた。んー、どこだ僕。一番重要な自分自身が何処にいるかがわからないのだが。
「んー、ここだよ!」
「あ…。」
死んだような顔ってのは心外だが、まあ確かに言われてみれば無な顔してるかもしれないな。そんなずっとってわけじゃないとは思うけど。
「だからさ、今さっき少しだけでも笑顔見れて安心したというか、良かったなぁーって。」
「そうか。まあ、ありがとう。」
「うん!よしさっさと食べちゃおうか。」
「そうだな、じゃあ次はー…」
バコンッ。
「うがぁっ。」
「だっ、大丈夫!?伊織くん!」
唐突に腰に球体の何かで攻撃を受けた僕は、座った状態でのバランスを保つことができず、顔面から地面に落ちていった。
「…う…なんで…。」
「すすす、すんませんっ!!」
「だ、大丈夫…。」
球体を投げた犯人らしき人物が頭を下げて謝ってきたので、とっさに大丈夫とは言ってしまったものの、腰が今の一撃で死んでしまったため歩くことができない。それどころか、痛すぎてこの超絶変な格好のまま動くことが出来ない。…どうしよう。
「う…い、いい。た…。」
「伊織くん絶対大丈夫じゃないんでしょ!?嘘ついちゃダメだよ。」
「俺、先生呼んできますっ!!」
…そんなこんなで、次の体育の授業は保健室で休もうと言われた。嬉しいような、悲しいようなって感じだが、とにかく、腰が痛いぃ。
…異常なくらい、今日はついてないな僕。
☆☆------
保健室は僕とさっきの犯人以外には誰もおらず、辺りは静まり返っていた。動けなくなった時に担任の先生は一時的には来たもののすぐ戻ってしまい、保健の先生もいないため、怪我の手当てもしてもらえず絶望的な状況だった。とてもじゃないくらい痛かったので、おぶってくれていた、さっきの犯人の近藤君に頼んでベットで休ませてもらうことにした。
「ほんと、すいません。こんな動けなくしてしまって…。」
ボールを投げた犯人、近藤君は、ここに来るまでにこれも含めて五回以上は謝っている。大丈夫だって言ってるのに…。
「だから、大丈夫だって。そんな謝らんでいいから…。」
「いんや、俺のせいで先輩がこんなになって、謝ってもすまないっすよ。なんか出来ることがあればさせてください!なんでもやります!」
…ほぉう、なんでも?ほんとになんでもかぁ?んじゃぁ…
「…メロンソーダのでかいやつ。あと、食いそびれたからパン一つ。奢って。」
冗談半分で言ってみた。さあどうするよ近藤君。流石に自分のお金は削りたくはないだろう。そう思い近藤君の顔を見ると、彼は目をキラキラと輝かせ、満面の笑みを浮かべて、
「はい!買ってきます!!」
と、勢いよく飛び出して行ってしまった。…うん、冗談だったんだけど。結果的に僕にはメリット、なのかな?まあ、よきよき。とりあえず、帰ってくるまでは寝てよっと。
パンッ…!
「買ってきましたよ!!先輩!」
「はあ!?」
いや、早すぎる。ここから購買まではまあまあ遠いぞ?僕が走ったとして、頑張っても十分かかんぞ?しかも息切れもしていない。絶対行ってないだろ…。
「ちゃんと買ってきたの…?」
「はい!」
近藤君はまるでペットの犬のように満面の笑みのまま、僕に駆け寄ってきて持っていたビニール袋の中身を見せてきた。
「メロンソーダのでかいやつと、メロンパン買ってきました!」
「お、おう、ちゃんと買ってきてる…。」
「あったり前じゃないですか!先輩の為になんでもするって言ったじゃないですか!言ったことは絶対です!」
そうは言われても、早すぎるんだよなぁ。だって、ものの数秒、五秒ぐらいで帰ってきたぞ?こいつ何者だよ…。あ、今更だけど、僕はこんなだから仕方ないが、近藤君は授業出なくて大丈夫なのだろうか。
「ねえ、近藤君、君は授業出なくて大丈夫なの?」
「あー、大丈夫っす。さっき先生には言っておいたんで。」
先生に言っておいたって、そんなそぶりさっき見せなかったじゃないか。今さっきまで一番テンパってた奴があんな時に言えたとは到底思えないんだけど。本当に大丈夫なのだろうか。…まあ、いっか。これで君も授業サボりの共犯だ。やったぜ。
「先輩…なんか笑ってますけど、大丈夫ですか?」
あ、心配された。笑ってて心配されるとかどんな奴だよ。というか、笑ってる?そんなことはないだろ。内心で笑うことは多々あるけど、いつもそれを出さないのが僕だ。今さっき犬井にも思ったが、僕はずっと仏頂面なのだ。もっと言うなら、学校で仏頂面代表になれる男だぞ?学校で笑ったのなんて、さっき飯食った時だけだ。
そんなことを思っていると近藤君は僕の目の前に小さな手鏡を出してきた。
「ほら。」
わぁ、ほんとだぁ。気持ちわりぃ。僕の素の顔がもう少しよかったらこんなこと思わないんだろうな、イケメンだったらよかったのにな、なんてタラレバを言って羨むことしかできないこの現実。
「はぁ…。」
「あ、すみません!鏡出さない方が良かったですか!?」
近藤君は慌ててその手鏡を引っ込めた。いや、何故慌ててしまう。ただ自分の顔見て絶望してただけだぞ?そんな怖い顔したんか僕。
「先輩が笑うとこなんて見たことなかったので、なんかおかしくなったのかなって。」
おかしくなったのかな…って、元からですけど、なんか文句でも?逆に笑っちゃ駄目なのか僕は。…というか、待てよ。なんでこいつ僕が普段から笑わないってこと知ってるんだ?近藤君と話したのは今日が初めてだったはず。僕の当てにならない記憶によると、だが。
「ねえ、近藤君。」
「はい!なんですか?先輩。」
「えっと、今日が初めて…だよね?話したの。」
「はい、そうですね!」
よし、僕の記憶は正しい。そうなると、最大の疑問が残る。怖いけど、聞いてみるか。
「…じゃあなんで僕が普段笑ってないこととか、僕のこと知ってるの?」
近藤君は少し困ったような顔を浮かべ数秒間考え込んだ。別に考え込むほどでもないと思うが、何か後ろめたいことでもあるのだろうか。彼は僕の方に向き直り笑顔を見せて質問に答えた。
「俺の姉が先輩の代にいるんですよ。それでたまにクラスとかにも遊びに行ってて見かけるだけで。一方的に知ってるだけってだけです。」
「そうなんだ。お姉さんが…。」
そうか、お姉さんがいるんだ。それなら納得出来る。…はぁ、なんか安心したわ。ストーカーとかスパイかなんかかと思ったよ…。僕のただの自意識過剰な考えだったってことか、良かった良かった。
「ちなみに、先輩と同じクラスっすよ?姉貴」
「マジか。…ん?でも近藤なんて名字、いなかったはずだけど。」
「あー、俺んとこ離婚してて。近藤は母の旧姓でして、元は相馬って名字でした。」
「あ、あいつか。室長やってる、見た目幼いのに考え方とかが異常に大人な奴な。」
「そう…ですね!いつも多くの可能性を考えてるし、ほんと、すごいっすよね。」
そう言う近藤君の顔は泣き笑いに似た表情を浮かべていた。
「ごめん、酷い言い方したかな。」
「え、いや全然!そんなことないっすよ。」
「でも、すごい悲しそうな顔してるよ?今。」
近藤君はさっきの手鏡を取り出し、自分自身の顔を見た。そして見るや否や大きく首を横に振り、手鏡をポケットにしまって表情をリセット。だが、何も
話さない。何か、思うことでもあるのだろうか。その、僕じゃなくて相馬に。するとあれから黙っていた近藤君が唐突に話しかけてきた。
「そいえば先輩!名前はなんていうんですか?名字しか聞かされてなくて。」
「…瀬戸伊織だよ。知ってても別に需要ないと思うけど。」
「瀬戸先輩ってほら〈せ〉ばっかりで言いにくいので、名前の方で呼ぼうかと!」
ゆうて二文字だけど。…まあ、きっと近藤君は噛みやすいのだろう、相馬に似て。顔とか話し口調は全く違うが、性格とか行動は少し相馬に似てるなと感じる。人と表面的にしか付き合わないとこも、本音を言わないとこも。だからこそ人間関係うまくいってるのかも。…流石室長様だな。
「あのぉ、伊織先輩?どうしたんですか眉間にしわよせて。」
「いや、考え事してただけだよ、気にしなくて大丈夫。」
「そう、ですか。」
さっきから心配されてばかりなんだが、僕。なんか、先輩として情けない気がしてきた。とは言っても、良い先輩としての後輩への接し方とか思いやり方なんて知らん。今までの人生、ちゃんと後輩を持ったことがないんだ僕は。きっと今後の人生で人間関係で挫折するだろう。今心配されるだけ、まだいい方。これがなくなったら間違いなく僕は終わりだろうな。…人間、どこまでいったって一人じゃ生きていけないのだ。そんなことは、三年前によく理解したよ。僕も、ああなるのかな。そんなこと考えて、大きなため息をつく。近藤君は困った顔をして、僕に言った。
「…伊織先輩、やっぱり下の名前やめた方がいいですか?」
「え、いや別に大丈夫だよ。」
「……。」
ついには無言になった。あんなにテンションが高かった子がまあなんともこの数分で随分と静かになったこと。はぁ、まあこれでゆっくり寝れるかな。そうして僕はゆっくりと目を閉じた。
「伊織先輩!!!」
「ふぁ!?」
ものの数秒で起こされた。あと少しでこの気まずい空間から逃げることができたのに。僕は全力で嫌な顔をして近藤君の方を見た。僕は近藤君を見て驚きを隠せないでいた。怒ってる…?
「え、なに…?」
「寝るなら先飯食わないとだめっすよ!!!」
そ、そんなことぉ!?そんなことで怒ってたの!?
「大丈夫だよ、後で食べるから。」
「だめです!先に食べてください。」
寝転がる僕の手元に買ってきてくれたものが入った袋を置き、食えと顔でも訴え睨みつけてくる近藤君。…こわい。
「うぅ…。わかったよ…。」
「はい!」
わかったけど、起き上がれないから寝転んだままでしか食べれない。きついよぉ。いつの間にか近藤君、笑顔に戻ってるし。別に今食べなくたって問題ないのになぁ。ほんと心配性なんだから。
…パクリ
うん、安定の味。久しぶりだけど意外といけるなメロンパン。すると近藤君が嬉しそうな顔をして言った。
「美味しいですか?」
「普通かな。」
「それならよかったです!」
こいつは何というか、人のことで喜ぶのな、普通にいい子…。そういえば、今更思ったんだが、何故屋上にボールが飛んできた?屋上だよな、いたの。それにボールが僕に当たってから数秒で来れたのは何故?
「ねえ、近藤君。あのボールどうやって投げたの?」
「え、普通にとりゃあって。」
「と、とりゃあ?」
身振り手振りのジェスチャーをしてわかりやすく説明してくれたが、やっぱり信じられない。あんな…三階だぞ?そして屋上だぞ?届くわけがない。そして僕が理解できてないと思っているのか、近藤君はずっとジェスチャーを繰り返している。僕はどれだけ理解力が無い馬鹿だと思われているのだろうか…。それに顔を真っ赤にしてまで必死にわかってもらおうとジェスチャーしている姿を見ていると、もう十分わかってても、止められない。止めにくいというよりその姿が面白すぎて…。そうして数分後、ついに近藤君は力尽きて隣のベッドに倒れこんだ。
「はぁ…はぁ…。伊織先輩…、もうむりっすよぉ。」
「おつかれ。」
「せんぱい、わかりました…?」
「うーん、とっくの前から理解はしてたんだよなぁ。」
「えぇ、なら言ってくださいよぉ!俺こんな疲れる必要なかったじゃないですかー。」
「まあでも、面白かったから。」
「ならせめて笑ってくださいよー。」
「残念、僕が笑うのは妹の前と美味しいものを食べてる時って決まってるんだよ。」
今僕、今世紀最もうざいドヤ顔してる自信あるわ。まあこんな体勢じゃせっかくドヤっててもあんまわかんないだろうけど。…なんとかして起き上がろうかなぁ。
「ドヤ顔して俺を挑発させようったって無駄ですよ。」
「な…!」
こいつ、何故わかった!?そして急にマジな真顔やめてください。
「あと、そんなことで起き上がろうとなんて考えていませんよね?」
なんでわかるの!?!?そしてまた急に笑顔に戻るのやめてください。
「起き上がろうとしても、俺が止めますから☆」
わぁ、こわい。相馬そっくり。…もう、教室にかえりたい、かえらせてぇ。
「ちなみに、腰治るまで教室になんて帰らせませんからね?」
かえらせてぇえ…。
…ガラッ
「あ、先生。」
「何してるんだ近藤。副室長なんだからサボってなんていないでさっさと戻ってこい。」
「えっと、サボってはないんですけど…わざわざ探しに来るってことはまた緊急事態ですか?」
「まあ…そうだ。室長じゃどうにもならなくてな。」
室長でもどうにもならない事態って、どんなクラスだよ。それに、〈また〉って…どんだけ野生じみた人たちなんだよ。そして近藤君に頼って解決してもらおうとしているこの人を見てると、いかに先生っていう立場が生徒とその他で振り回されて、確立できていないかが良くわかる。社会はやっぱり上辺だけよく見せて中は真っ黒なんだろうなぁ。その中身はきっと入ってみないとわかんないようになってて、簡単には抜け出せない仕組み。そんな仕組みを作ったのはバブル崩壊直前の若者だと聞く。そんな人たちが今、現時点での会社での立場は上司や社長などだ。これから社会に進出していく若者たちにはそんな人たちのせいでいいように利用されて、いらなくなったらどんどん蹴落とされていく未来が用意されている。ある意味、ゆとり世代といわれる人たちよりたちが悪い。こんな大人にはなりたくない、というか、世の中がこればっかりだというなら、大人になんてなりたくない。そんな、今はどうでもいいことを考えている間に、近藤君はベッドから降りて扉の前の先生の隣に立っていた。
「それじゃあ先輩、今日は本当にすみませんでした。俺は先教室帰りますけど、絶対安静にしててくださいよ!じゃなきゃ呪いますからね!」
「お、おう。できるだけそうするわ。」
「早くいくぞ、近藤。」
「あ、それじゃあまた!」
急かされてるな、近藤君。そして頼んでる側の先生がすんごく偉そうで、理不尽。簡単でわかりやすく例えると、上司と有能な部下、みたいな。いや、先生と生徒ってそういうものだし、まあ仕方ない、か。いいや、今の僕にとっては、近藤君をここから連れ出してくれる救世主みたいな存在だから、そういうことは考えないでおこう、めんどくさいし、必要がない。とりあえず、そのことへの感謝だけしておけばいい。そういえば、なんやかんや考えている間に、もう近藤君は行っただろうか。気になった僕は体を寝ころんだまま百八十度回転させて、保健室から廊下に出る扉を覗いた。近藤君は行ったかと思いきや、先生を追わず立ち止まり、俯いていた。
「………だ。」
よく聞き取れなかったが、何か悩み事だろうか。近藤君は呟いた後、首を振り、先を歩いている先生を追いかけて走っていった。…なんて言っていたのだろうか。悪口とか?あの子に限ってそんなことはないか。ゆうて二十分程しか喋ったことない子だから確証はないけど。…なんにせよ、これでゆっくりと寝れるってなわけだ。はぁ、長かったし、疲れたな。…というか今更だが保健の先生はどこ行ったんだ?全く来る気配がしないんだけど。…もしかして、
僕は携帯を取り出し、カレンダーを開いた。
「あぁ…丁度長期休暇とってる日だ今日…。」
そう、保健の先生はつい先日、長期休暇をもらうと話していた。長期とはいっても三日間だけだが、北海道に行くらしい。そして今日は、その長期休暇の丁度一日目だった。…最悪だ。何時間待ったところで先生は来ない。それでいて僕自身は動けない。
「どーすればいいんだよぉ。」
もうこの状況から抜け出す策なんてないことを思い知った僕は、思わず男らしからぬ情けない声を出してしまった。とりあえず、寝よう。うん。今できることはそれだけだ。そうして僕は少々の涙を拭い、眠りにつくのだった。
☆☆☆------
伊織先輩、大丈夫かな。割ときつく言ったつもりだけど、きっと響いてないなあれは。まあ、あの腰でどこか行けるわけないし、またあとで様子見に行こうっと。
「ついたぞ、近藤。」
「あ、はい!」
そう呼んだ先生は、俺を扉の前に立たせ一年一組の扉を開けた。さあ、どうなっていることやら。すると、開けたとたんに何かが顔に向かって飛んできた。それを瞬時に理解した俺は避けれたが、それを回避しようと開けてから俺の背に隠れていた先生が被害を受けた。しかも飛んできたのは黒板消しで、もろ顔面に直撃した先生の顔は真っ白になっていた。その黒板消しを投げた犯人グループの五人組は、真っ白になった先生の顔を見てケラケラと笑っていた。それに合わせて教室のみんなも世辞笑いを始め、空間でたった一人、どうしようもなくなり立ち尽くしてしまっている室長がいる、という構図になっていた。このクラスは本当にそろいもそろって…
「…クズ。」
そう呟いた俺は、無意識に犯人グループの主犯格の目の前まで歩いていた。すんません、先生にはまた迷惑かけますしそれをわかって頼んできたと思いますが、俺は姉貴とは違って言葉でってのはできねえし、先生に責任はあまりかからないようにしますから、そこは大目に見てくださいね。俺のやり方は…
ドゴォッ
「うごぉっ!」
とりあえず一発殴る!
「はぁー、スッキリしたぁー!学習しないからこうなるんぞ☆」
笑顔でそう主犯格の男子に言うと、そいつよりも周りのクラスメイトがビビってしまった。いや、これで二回目なんだけどなぁ。そんなビビるこたねーだろ。別にみんなを殴ってるわけでも、叱ってるわけでもないんだから。ちょっと悲しくなるわぁ…。そして、殴られたその男の子はあの定番のセリフを吐く。
「暴力だ!ここのみんなが証人だからな、ただで済むと思うなよ!」
「おう、出た出た!いいぜ、どーんとこいよ。」
せっかくだしこの機に威張っておこっと。えっへん!…というか、俺はこんなことでやられねーっつうの。俺には最強の切り札があるんだからな!…あとは頼んだぜ、姉貴!
「…ふぅぇっくしゅんっ!!」
「「「…⁉」」」
みんなが静かに今回の体育の授業の説明を聞いている最中、私はその空間を破壊するかのような、パワフルなくしゃみをしてしまった。みんな…無視してください。そのまま、先生の無駄に長い説明にも集中してるいい子でいて。
「……そ、相馬さーん、大丈夫―?」
「あ……はい、大丈夫です。」
先生、しばきますよ?わざわざ聞かないで、そして見ないで。注目しないで。私はただ、寒気がしてくしゃみをしただけなの。ここ運動場だし、今風ビュンビュンだし、寒いの苦手な私からしたら当たり前な現象だから。そもそもこんなことで注目されたくないでしょみんなだって、何故それを先生はわざわざ聞いてくるんですか?無視でいいんですよ、無視で。空気みたいな存在でいいのよ私は。…というかなんで今日はこんな陽キャたちが静かなのよ。いつもならこんなくしゃみぐらい、声でかき消されて無くなるのに。あー、今日は臨時の先生だから大好きな鬼ごっこだもんね。早くしたいんだもんね。…流石、こういう時だけ空気を読むっていうね、陽キャすごーい。尊敬するわー。
「…流石に馬鹿にしすぎた。」
「…あれ?どうしたの、琴。」
「いや、なんでも?…なんか静かだなぁーって。」
「あー、体育が藤森先生の時は陽キャ達シーンとしちゃうからね。怖いのかなぁー。」
この子は最近した席替えで隣の席になった堀口さん。なぜか全然話したことのない私をなにかと気にかけてくれる。異常なくらいに…。まあ、でもこの子以上にやばい子、沢山見てきてるからまだマシに見える。そんなことを考えていた時に堀口さんは私に聞いてきた。
「あ、そういえば瀬戸君どうしたんだろ。」
「瀬戸君…、あ、そういえばいないね。」
「かっる!?どうしたのかなとか心配しないの!??」
「うん、だって心配したって私に得ないし。」
「琴、意外と冷たい。」
「冷たくて結構。それが私だよ。」
そう、私は人に興味はあるけど、とにかく面倒くさそうな案件には首を突っ込みたくない性格である。理不尽だから、やっぱりどこまでいっても自分の身がかわいいのよ。ごめんね。まあ、笑顔かぶってればみんなおかしいね、くらいでスルーしてくれるし、今のところは問題ないからきっと大丈夫よ。この子は、違うけど。
「はいはーい、それではドロケイ始めるぞぉー!」
「え、先生、ケイドロっしょケイドロ!」
「いやいや、先生の言った通り、ドロケイだろ。」
いや、やっと始まるかと思いきやそんなどーでもいいことで揉め出すの…?ここの陽キャ達は、馬鹿ばっかりか。まあこの高校には馬鹿じゃなきゃ来ないけどね。というか、今日は珍しくドロケイか。まあ名前が変わっただけで鬼ごっこと大して変わんないけども。あーあー、先生までドロケイドロケイってやけになっちゃって…。もういいや、勝手に始めよう。私は立ち上がり、後ろまで届くように声を張って呼び掛けた。
「はーい、みんな、もう始めよっか。それじゃ、鬼はどうするー?」
みんなの視線が一方向に集中した。そしてそれを聞いた先生や揉めていた生徒達は元の場所へ戻り、再び先生が指揮を取った。私は元いた場所へ座り、また先生の言葉を聞く。フリをした。ちょっとばかし仮眠を取りながら。
―それから数分後。
「…さん。…相馬さん!」
「…っ?」
ある少年の声で私は夢の中から現実へ引き戻された。
「もう始まってますよ?相馬さん泥棒なんですから、こんな運動場のど真ん中でなんかいたらすぐ捕まっちゃいますよ。」
寝起きで視界が定まっていない中、辺りにこの少年以外の人間がいるかを確認した。見渡す限り、朱色っぽい砂ばかりで人はいない。…まずい、なんで気付かなかった私。というかさっむ。
「えっと、とりあえず、俺ら逃げません?」
「あ、うん。分かった。」
まだボヤボヤとした視界が広がったままの私は、この手を引く少年の姿や名前、行き先などの重要な情報は何一つとして分からないが、とりあえずついていくことにした。
「はぁ、はぁ。」
やっと視界が戻った最中、目の前で苦しそうに息を切らす少年が中腰で立っていた。手を引いてくれていた少年だ。
「ん?なんで息切れしてるの?別に私達走ってないと思うんだけど。」
息を切らして言葉を発することができないのか、少年からの返答は無い。数秒経って、やっと少年から言葉が出てきた。
「…えっと、俺、運動苦手で、あんまり動くとすぐこんなになるんですよ。」
運動が苦手…?いや、だとしても運動場から隣に建っている校舎裏の花壇に走りもせず、ただ歩いて来ただけでこんな状態になる訳がない。息を整えた後、少年は中腰の体勢から直り、一回蹴伸びの態勢であくびをし、花壇の前で腰を落とした。
「花壇って、いろんな花が咲いていて、いいですよね。」
花壇に咲いている花を見るなり、話しかけてきた。残念ながら、私には花の良さは分からないので、話を合わせて言葉を発することしかできないのだがな。
「そうだね。」
定番の貼り付け笑顔でそう返した。返答後、すぐに少年が口を開いた。
「相馬さんは、どんな花が好きですか?」
唐突の難題。ゲームや小説に出てきた花の名前が分かるくらいにしか知らないんだけど。しかもレパートリー少なすぎて答えられない。何?見た目だけの判断でもいいのかな?それでもいいならあるにはあるんだけど…。私は首を傾げて絞り出すかのように答えた。
「んー…ヒガンバナ、とか?」
そう返答した後、少年は今まで無表情だった顔を歪め少々鼻で笑った。
「彼岸花、ですか。不吉なイメージがつきまとう花なんですが…えっと、花言葉はご存知ですか?」
「いや、適当に言った。すまん。知らない。」
「ですよね。…彼岸花の花言葉は『思うはあなた一人』。割と良い感じの花言葉なんですが、死や不幸を招くとして歪んだ愛を象徴すると言われていますね。」
「へぇー、そうなんだ。」
興味はないが、意外と花言葉というものは面白いものだな。というかこの少年、やけに花に詳しい。花言葉まで知ってるなんて。…まあ、酷いけどそういうのを好みそうなイメージはするな、見た目だと。そういえば、まだ少年から名前も何も聞いていない。まず聞くべきことを聞かねば。
「そういえば君、なんて名前?」
「えっと、小古和音です。…あ、そっか、俺が一方的に知ってるだけでしたね。」
この子は確かに私のことを最初から知っていた。きっと、クラスで室長をしているからだろう。それか弟の悪い噂を聞いたか…、いや、名字は違うし、バレることはないだろう。そう願いたい。そう考えていると、小古君はいきなり私の手を引き、足から地面に崩れて落ちた。
「ちょ、何するのよ、手なんか引かずに座ってって言えばいいじゃないの。」
少し怒った調子でそう言うと、小古君はさっきまでの真顔が嘘かのように顔に笑みを浮かべ、花壇の中に咲いているある青っぽい色をした花を摘み、私の言うことを無視して言った。
「この花は勿忘草…俺の好きな花です。」
「人の言うこと無視して…。まあいいや、そのワスレナグサって花にはどんな花言葉があるの?」
それを問いた瞬間から、気のせいかもしれないが小古君の笑顔から少し悲しみを感じた。そしてそのまんま、小古君は返答をした。
「そのままですよ。『私を忘れないで。』…です。」
私を、忘れないで…?なんでそんな意味を持つ花を好いているのだろう。忘れないでって、好きな人と遠距離にでもなったのかな?それとも…。あぁ、いや、私がそんなこと考えたって意味はないでしょ。きっと、ろくでもない理由よ。考えない考えないっと。
「花壇を眺めてる時だけは、幸せです。」
ふと、その言葉が飛び込んできた。前に一度、見た目は全然似ていないが、似たような言葉を聞いたことがある。
『星を眺めてる時だけは、幸せなんだよね、俺。』
…幸せ。幸せというものは、簡単ではない。それに見合う不幸があるからこそ、あるもの。そんな怖い言葉は、今後私は使うことはないだろう。
「はぁ…。」
「えっと、流石に疲れましたか?」
「まあね。というかケイサツ誰も来ないじゃん。」
「まあこんな花壇になんて、みんな来ないですよ。」
「んー…、小古君は花壇によく来るの?」
「はい、俺園芸委員なので。部活でもあったら良かったんですがね。」
「へぇー、園芸委員なんだ。そっかそれで花に詳しいんだね。」
納得。やけに詳しいと思ったらそう言うことか。でも花好きではあるんだろうな元から。部活にも入ろうとしていたくらいなんだし。ん?でも、部活は三年間厳守だからなうちの高校。何部なんだろうこの子は。
「じゃあ小古君はさ、何部なわけ?」
「えっと、俺は演劇部です。たまに舞台出てキャストやってますよ。」
演劇部か。確かに見えなくもない。この子は男らしからぬ白く透き通った肌、ぱっちり二重、猫口、短いクセのないサラサラの茶髪、細く綺麗な指…何から何まで羨ましい外見の持ち主だ。残念ながら前髪が長くメガネをかけているためよくよく見ないと顔のパーツが分からないが、きっとこの顔を知ったら世界中の女どもが全員嫉妬に狂うであろう。…まあそんなことは置いといて、確かに舞台中で見たことはあるかも知れないが、こんなキョドキョドした様子は一切感じられなかった。演劇というのはすごい。自分が登場人物へと変身し、その人物の世界や感情を体感でき、奥深くまで考えることができるというのは、とても興味の湧く内容だった。それに観客を世界に引き込むようなあの演技力。技量は経験もあるが、努力でも上がる。それを証明したのは他の誰でもない私の前にいる小古君だった。文化祭のあの演技は今まで私が見てきた中で、最高だった。こんなキョドキョド星人ではなかったので全く気づかなかったが、舞台上の彼は凛々しく、姿も言葉一つ一つも、その登場人物そのものと化していた。彼は舞台上に置いては化け物だ。そんな化け物は、普段はこんななのか…。私、それ見てもはや一目惚れ状態だったんですが。そう少々残念に思っていると、小古君は同じ質問を投げてきた。
「えっと、相馬さんは何部なんですか?」
「私は…、放送部だよ。」
「放送部?昼の放送のですか?」
「まあそんなとこ。あと大会にも出るよ。」
「そうなんですね。放送部…、でも相馬さんっぽい声聞いたことないんですけど俺。」
「いや、水曜日はずっと私喋ってるからね?」
「えぇ、ほんとですか?水曜日は聞いてるはずですけど、ハイテンションな女の子って感じの声しか聞いたことないんですが…。」
「んー…、声が違うのかな?多分。」
「どんな感じですか?放送の時の声。」
「ん、今ここでしろと?」
「えっと、はい、じゃなきゃわかんないので。」
「じゃあ分かんなくていいよ。」
「えっと、俺が嫌です。悩んでるとか嫌なんで。」
「えぇ、でもなぁ。」
「お願いします。」
うっわ、ずるいその潤んだ瞳の子犬みたいな頼み方。世の中の女子がよく彼氏とかに頼む時とかに使う必殺技だぞそれ…。絶対自覚してないんだろうけどね、この子はぁ…。私は一つため息をこぼした後、一つの条件と引き換えにやることにした。
「じゃあやったげるから、その代わり、絶対笑わないで、いいね?」
「はい、わかりました。」
ふぅ…。裏声裏声。自分じゃない自分じゃない。
「…はーい!お待たせいたしましたぁー!火曜日お昼の放送担当、琴ちゃんと!智くんでーす!よろしくおなしゃーーすっ!」
…はぁ。はっず。
「………。」
これを言うと、みんなから爆笑される。キャラが違いすぎて…。なのに小古君はそれを確実に聞いていたはずなのに、瞬きだけで、表情一つ変えないでいる。
「なんや小古君、笑わないの?」
「笑うなって相馬さん言ったじゃないですか。」
「確かにそうだね、でもみんなそんなん守らんけどね。」
「う……、俺今ずっと堪えてるんですけど。」
「え、それ堪えてるの?何一つとして顔のパーツ動いてないじゃん。」
「えっと、もう、笑っていいですか…?」
「あ、どうぞ。」
そう言った後、頭のネジが外れたかの如く大爆笑した。腕を地面に何度も打ち付けてバタバタとさせながら。そんな爆笑されるとも思ってなかったし、そんなのを堪えてるとも思ってなかったよ私。静かに、若干引いた目でそれを眺めていると、小古君の動きはピタリと止まり、打ち付けていた腕を押さえだした。
「い、痛い。」
「ただのマヌケじゃん。」
「だって面白かったんですもん。」
「馬鹿なの?アホなの?…まあどっちもか。」
「ひどいことを何回も…、俺そんな言われることしました?」
「まあいいや、ならさっさと保健室行くよ。」
そう言って私は立ち上がり、傷ついていない方の小古君の腕を引き立たせようとしたが、すぐに崩れ落ちてしまった。
「えっと、すみません。俺ちょっと疲れて立てないみたいです。」
笑いながら誤魔化すように彼は言った。きっと言いたくないことなのだろう、私が立ち入るべきことではない。
「……仕方ない、ほら背負ってあげるから乗って。」
「いや、でも女子にそれをさせるのは…。」
「もう背負う準備したんだからさっさと乗りなさいよ。」
「えっ、でも…。」
「あのな…私はきっと君より力あるし。私が気を使ってこんなんすることなんて滅多にないんだからありがたく乗りなさいよ。」
「う…はい。」
よそよそっと彼は私の背に乗った。私は立ち上がり、保健室がある本館へと続く道へと出た。そのまま道に沿って走っていると、目の前に大きな障害物が行く手を阻んだ。急いで足にブレーキをかけると、その障害物はニヤリと笑った。
「お前らぁ、このまま授業をサボる気なんだろ!そうはいかないぞ!その前に捕まえて牢屋に放り込んでやるっっ!!」
藤森先生だった。あぁ、なんだ相撲取りが学校にいるのかと思った。絶対ないけど。…というか、
「サボるって、私ら保健室行きたいだけなんですが。」
「そーんな見え透いた嘘、先生は信じないぞぉ!小古はいっつもそう言って授業に参加しやしないんだ!」
…そんなこと、私知らないし。こいつが授業態度が悪いのは分かった。私は関係ない。それよりも今この状況を目の前にしてそれ言える先生ってまじで無脳…?先生なんだからもう少し周り見てよ。カヨワイ女の子が男の子背負って走ってるんだよ?大変な状況ってのは一目瞭然じゃん。さぁ、早く理解してそこをおどきなさい。そんなことを思って、先生を睨みつけても、
「さぁさぁ、捕まりたくなければUターンして運動場へ帰った帰った!ちなみに先生はここから動かないからなぁ?」
さっさとおどけ、この脳筋。もう、なんで理解してくれないの?考えようとしないの?ここの生徒だってそれくらい分かるよきっと。あぁ、イライラする。どう切り抜けようかな。苛立ち足の爪先を上下に動かしてリズムを取っていると唐突に小古が発言した。
「えっと藤森先生。」
「なんだ!もう騙されないぞ!!」
先生は戦闘態勢に入り、体を震わせている。…この先生はこいつにどれだけ騙されて来たんだ。
「えっと、先ほど俺が世話してる花壇の方で柴田先生と会いまして、」
「し、柴田先生!?」
過剰に反応した先生は辺りをキョロキョロと気にし始めた。柴田先生になんて会ってないと思うんだけど。
「それで、誰か力仕事手伝って欲しいんだけどなぁって言ってましたよ。」
「ほ、ほんとうか!?」
「はい。」
「こうしちゃおれん、力仕事は俺の役目!誰に取らせるかこのやろぉ!」
藤森先生は花壇の方へ逃走した。あ、いや向かって行った。気持ち悪いスキップをしながら。この先生はこんな感じでいつも騙されてたんだなぁ。へぇ、可哀想。でもこれって、先生がもう授業放棄してるんじゃ…もう、疲れたよどいつもこいつも。
「藤森先生には一番これが有効なんですよ。」
「はぁ…。」
「え、どうしました?」
「あぁ、いや、別に?」
「そうですか。…えっと、じゃあ邪魔者は退散したわけですし、このままレッツゴーしましょう。」
「お前さんはただ背負われてるだけのお荷物さんなのに、よくもまあそんなこと言えるな。」
「レッツゴーレッツゴーです。」
「盛大に無視か。いい度胸だなぁ、このまま背中から落としたろうか?」
「えっと、それは嫌です。」
「じゃあ、黙れ。私は疲れた。」
「あ、はい。」
そうして一言も口を聞かずに走り、私と小古君は保健室へと向かった。
☆☆☆☆-------
…ガラ。
「…っ!」
扉の開く音で僕は夢から引きずり出された。
「…割といい夢だったのに、誰だよ。」
そう、とてもいい夢だった。起きたら妹が朝食を用意してくれていて、「どうぞ!お兄ちゃんの大好きなものばっか作ったよ!」と満天の笑顔を向けていう妹の、最っ高のご飯を食べようと箸を持って行った、ところまでで途切れてしまった。これからがきっと見どころだったはずなのに、何してくれるんだ今保健室に侵入してきた不届き者めが。
「…あれ、先生いない。」
「ぐぅ…ぐぅ…。」
女の声と…いびき?何にしても、僕の夢を邪魔した罪は重いぞ貴様ら。姿を確認したいところだが、生憎眠る前に元の位置に戻ってしまった為に見えない。
「おい、私の背で寝るなよ…。」
…あれ?よく聞いたらこの声聞いたことあるぞ。
「仕方ない、ベッドで寝かせるか…。」
うん…すんごく聞き馴染みある声。嫌な予感しかしないぞ。
タッタッタ…
…来るな来るな来るなぁ。
「…ん?あ。」
これはー…終わったな。
「そういやいなかったな。体育サボって保健室?常習犯くん。」
中ボスが…じゃない、相馬琴が背後に現れた。
「そんなんじゃねーよ。腰痛めて休んでるだけ。」
「へぇー…、腰を痛める程の事してないのに?」
こいつはぁ、ほんと煽るような言い方しかできないのかね。可愛げのないやつ。弟とは、やっぱり違うのか。
「屋上で飯食ってる時に腰にボールが勢いよく当たったんだよ。」
「はあ?そんな事あるわけないじゃん。」
「それがあったから僕はこういう状況になってんだよ。」
「…でも、常人じゃ無理でしょ?」
「それ、お前の弟だけどな。」
弟だと呆れ顔で告げた時、相馬の声が消えた。気になった僕は腰の痛みを我慢して逆方向の相馬へと体を向けた。そこには相馬とおぶられている少年がいた。さっきのいびきはこの少年のものだろう。今もすやすやと眠っている。それよりも相馬が気になる。そうして相馬の顔へ瞳を向けると、少し汗をかき、青ざめた表情で固まっていた。
「え、どうした?」
「あぁ、いや、大丈夫。」
再び動き出した相馬は青ざめた表情から変化することなく、僕の隣のベッドへとおぶっていた少年を放った。
「雑。」
「うるさいな、ここまで連れてきただけでも十分でしょ。」
「うわぁ、偉っそうに。」
「えらい、私は室長だから言ってもいいって事だ。異論は認めない。」
「理不尽。」
「うん☆」
うわぁ営業スマイル気持ち悪い。とか言ったら社会的に抹殺されそうなので言いませんが、ほんとに怖い。というかその少年は大丈夫なのだろうか。ベッドで斜めに大の字で寝て…るの!?あんな放られ方して寝ていられるなんてすごいな少年…。そう思いながら少年をまじまじと見ていると僕に相馬は問いてきた。
「そういえば、先生は?」
「今日から3日間休みだった。」
「え…手当てできないじゃん。」
「その子?」
そう言いながら右手の人差し指を少年へと向けた。
「おん、腕ケガしたみたいだから。」
「だったらおぶってくる必要なくね?」
相馬は黙った。つかれて欲しくなかったことなのかな。なんか徐々に眉間にしわ寄ってきてるし…。数秒後に返答が来たが…、
「…きぶん。」
「気分!?気分とかお前…っ。」
「うっさいな!別にお前さんに関係ないでしょ!?」
「うん、でも面白い気がして。」
「しばく。」
「はい、すみません。」
「許す。」
毎回思うが、なんだこの謎の上下関係。僕は友達…?と話してるつもりなんだけど、こいつにはどういう風に思われてるんだ?僕。いや、考えるのやめた。絶対僕が思うような関係じゃないだろうし、そう思うとなんだか怖い。僕がそんな関係性について考えていると、問題の相手はベッドの間のカーテンに隠れていた椅子を一つ取り出し、僕と少年の間に座り、少年の体勢を真っ直ぐにし、その上から布団をかぶせたのち、僕に話しかけてきた。
「…お前さんって、兄弟いる?」
「え、うん。妹がいるけど。」
なんだその質問。急だし、気味が悪い…。
「そ…。やっぱ妹ちゃん可愛い?」
「妹が可愛いくないわけねえよ。あれは天使だ。」
絶対に異論は認めない。可愛い。シスコン…ではあるかもしれないが、妹はそこらの女子より格上で可愛い!今まで妹に告ってきた連中はゴロゴロいた。そいつらは兄である僕が突っぱねて守ってきた。まあ妹にはそのあとビンタをくらっていたが。…それは置いといて、つまり、男子が認めるくらい妹は可愛いのだ。
「…そっか。ふーん、天使ねぇ。」
「っていうか急に何聞いてくんだよお前!別に妹可愛いって思うのは悪くねえだろうがぁ!!」
「いや、お前さんの顔からはとても想像出来なくてねー。」
「妹は母さん似なんだよ!悪かったなブサイクで!」
「…まあ、うん、楽しそうでなにより。」
「あったり前よ、妹がいるならこんな貧しい暮らしだって楽しいもんにかわんだよ。」
その言葉を聞いた瞬間、相馬は顔色を変えて少し怒ったような口調で僕に言った。
「“当たり前なんて意識は捨てるべき項目であると”」
「は?なに、それ」
「なんでもいいじゃない。さ、こいつを起こすとするかぁー。」
そう言って相馬は立ち上がった。さっきの言葉、少し気になるがあれはなんだったんだろう…。まあこいつのことだし、きっとなんかの小説の言葉を言ってみたかっただけってオチだろう。そう気にすることでもないだろうから別にいいか。僕の考えがまとまった時、相馬は少年に肩に手を置き、今から起こそうとしていた。だが…
ガラッ
「おい、いるんだろ!大変なんだ!!」
いきなり扉から先ほど近藤君を呼びに来た先生が現れた。先生はきっと相馬に用があるんだろう。なぜかって?何を隠そうこいつは近藤君の実の姉だし、先生を見るなり顔色が極端に悪くなり顔中の毛穴という毛穴から洪水の如く水が吹き出しているこの状態を見れば一目瞭然だ。確実に察知しているのだろう。そんな状態の相馬に構わず先生は近づいてくる。
「いや…先生?またあいつ何か…」
「しましたよ?だから呼びに来たんです。」
「でみ…私、あいつとは関係ほぼゼロなんで、この件はー」
「名字は違えど血を分け合った兄弟じゃないですか!?弟の危機は姉の危機。さあ行きますよ相馬さん!!」
「…大和の分際でぇ。あとでしばいてやる…。」
そう言い残し、僕と少年を置いて先生は相馬を引き、連れ去った。最後、何か怖い言葉が聞こえたような気もしなくもないが、放っておこう。あと思った。あの先生近藤君の時と相馬の時の対応が全然違った。近藤君の時はあんなに偉そうだったのになぁ…。見事な手のひら返し。…いや、今はそんなことよりこの状況だ。僕と、名も知らぬ少年、一体何をどうすればいいのだ。…考えるまでもないか、少年は爆睡中なのだからそっとしておいて、僕もただ寝ればいい。ではさっそく…―
「…っ。あれ、えっと…。」
起きたぁ。さあどうしようか。
「………やっほぉ。(?)」
「え……っと、お、はようございます。」
笑顔で言ったのにだいぶ引いた顔された。割とショックに感じるもんだな。それよりここからどうすればいいんだってことを考えよう。何も言葉を発さなく、お互い微妙な笑顔を向け合ってるこの空間に何十分も耐えられるだけの鋼のメンタルは持ち合わせていないのだが…。何か話題を、話をしなければ。そうして話題をひねり出そうと頑張ったが、1人あまり会話をしない僕からそんなすんなり出てくるわけもなく、考えて出してすぐに諦めた。すると、少年がおどおどしながら問いかけてきた。
「えっと…相馬さんはどこに?」
「少年を放った後、先生に引きずられてったよ。」
「え、もしかして藤森先生じゃ…。」
「いや、一年の先生だからちげーだろ。」
「ならよかったですけど。」
「え、何かしたの?」
「いいえ、別に。…えっと、あなたはなぜここに?」
「僕は………腰を痛めて。」
「ぷっ。」
「何を笑う…。消して自爆ではないんだからな。」
「……………おじいちゃんっ。」
「んな、てめぇ…。というかそれいう少年は腕ケガしただけなんだったらベッドに寝転がるこたねえだろ?なんで寝てんだ?」
「色々あるんですよ。それよりなんですか少年って、俺の名前は小古和香ですよ。そっちで呼んでください。」
「お、おう。わかった。」
いまいち色々ってのが引っかかるが、面倒ごとはごめんだからな、無視。てか、小古和香。どこかで…。
「…えっと、というか伊織さん、ですよね?」
なんで僕の名前。やっぱり知ってる奴だったか。でも、名前以外まるで記憶にないのだが。少し睨みつけるように小古君に目で疑念を訴えた。それに気がついた彼はすぐに寂しそうな笑みを浮かべて言った。
「いや…えっと、やっぱり覚えてませんよね。」
「やっぱ前に話したことあった…?すまん覚えてなくて…。」
「…いや僕の勘違いですねきっと!あ、そうです!最近面白い話を聞いたんですよ。」
いや、話の切り替え方雑。もしかしたら親しい仲だったのかもな、この小古君って少年と。今はとりあえず、“最近面白い話を聞いたんですよ”の内容を聞いてみるとするか。前の小古君との関係なんて考えたところで答えが出ないのはわかっているからな。
僕は小古君の話を静かに聞くことにした。
「―――〈魂喰らいの死神〉のウワサ。
午後七時に二年五組に訪れ、1番後ろの窓際の席に座り、目を閉じて
『僕に気づいてください。』
そう言うと、姿を現して、寿命を喰らう代わりに願い事を叶えてくれる…」
「っていう話を聞いたんです!ね、面白そうじゃないですか!?」
「いや…ただの学校の怪談か都市伝説だろ。興味ないね。」
そんな不可視のものは信じられないんだよな。誰かさんもよくそういう話持ってきて楽しそうに話してきてたな。少なくとも僕は楽しい気持ちにはなれなかったのだが。てか、思ってた面白い話とは全然違ってたなぁ。僕はてっきりゲームとじゃ漫画とかにだと思ってた…。やっぱこの学校にはオタクは少ないのだろうか。悲しいな…。
「もしかすると本当におこっちゃうかもしれませんよ?伊織さんも今後ウワサの〈魂喰らいの死神〉に会いにいくかも…?」
「いや、僕には必要がないから。それと、死神が魂を喰らうものなのは普通だろ。」
「でも死神って、一般的に[喰らう]じゃなくて[奪う]とか[もらう]って感じじゃないですか?」
「いやー、[喰らう]が正解かもしれんよー?なんでもいいけどさ。」
「いやいや、でもーー…」
キーンコーンカーンコーン…
小古君の言葉を遮るかのように五限目終了のチャイムが鳴った。
「あ、チャイムだね。」
「先生…きませんけど。」
「あぁ、知らないのか。保健室の先生、今日から三日間休暇取ってるらしいから来ないよ。」
「…え?」
その瞬間から小古君は絶望じみた顔をして俯き始めた。
「ここにいても何にも変わらないよ、小古君。」
「なんで絶望してる俺に、今追い詰めるようなこと言うんですか。」
「いじりたいからぁー?」
「…はぁ。一回葬られてください。浄化されてください、悪霊。」
「全然話したことない相手にそれ言うか少年。勇気だけは尊敬する。」
「この状況でよく耐えれてますね、伊織さん。」
「いや、今日不幸から重なって不幸が来てるから、少し慣れてしまった。」
「慣れるとこズレてますね。腰痛いなら脊髄ごとずらしてあげましょうか?」
「今さらっと怖いこと言ったぁぁー!!」
「いやー冗談に決まってますよ、本当伊織さんって面白いですよね。」
「ちゃっかりいじる立場逆転させられた。お前も相馬と同じだったか…。」
「というか、腰そんなに痛いなら家族の人に迎えにきて貰えばいいのに。」
「生憎だが僕には妹しかいないんだよ、どうにもならない絶対に。」
そうだ、妹になんかに乗ったら妹が僕の重りで潰れてしまう。そんなことをさせるわけにはいかない。それに今日はこのとおり学校がある日だ。来れるわけがーー…
バンッッッ
「お兄ちゃんんっ!!迎えにきたよ!!」
んー夢か。これも夢か。妹は学校だ。寝れば覚めるかこの夢は。
「あの、えっと、妹さんきましたけど。」
「大丈夫、きっとこれは夢だから。」
そういうと、夢の妹が走って僕の元へ来た。
ゴスッ。
そして頭に小さな手でチョップしてきた。
「もう、ゆめじゃないってば!ほーらかえるよー。」
可愛らしい。これは本物だ…。
「お兄ちゃんおきてぇーー!!ぐぬぬぬぬぅ!」
大きな株を引くかのように妹は僕の腕を引っ張ったが無論、起こせるわけもなく、僕の体勢はそのままだ。
「ごめんな、腰が痛くて動けないんだお兄ちゃん。というかなんでここに来れたんだ?先生から連絡きたのか?」
「うん!それでね大変だってとなりのお兄ちゃんにつたえたら一緒にきてくれるっていってくれて、いっしょにきたの!」
「と、隣のお兄ちゃんって…?」
「僕のことよ、伊織ちゃん。」
やっぱだ…。この人だったか。
この人は、世の中で言うオカマという部類の方だ。いつもありがたいことに妹の面倒を見てくれたり食事をご馳走してくれるすんごく優しい人だ。話口調とイケメン好きさえなければすごくいいのに…。
「あんらぁ〜、そこの子いい顔立ちしてらっしゃるのねぇ、食べちゃいたくなるわぁ。」
「え、ええっと、あありがとうございます。」
完全に動揺してるぞ、お兄さん。やめてあげて、常人は最初怖がるから。
「お兄ちゃんおーきーてー!」
あ、ずっと引っ張っててくれてたんだ。気づかなかった…、僕としたことが。
「あ、腰を痛めてるんでしょ?あやちゃん、引っ張っちゃめんめよ?」
「えー、じゃああやどうすればいいのぉー?」
「待ってなさい、僕がなんとかしてあげるから♡」
言い方言い方。とりあえずハートをなくして欲しい…。
なんとかって、何するんだお兄さんは。そう考えてると、お兄さんは僕の太ももと首に腕を通して勢いよく持ち上げた。
「ぬあっ!?」
「ふふ、僕が運んであげるから安心してなさいな。」
もっと安心できない。なんか後々見返り要求されそうっていう恐怖が襲う。
「よし、帰るわよぉ。」
「はーい!」
そう言ってお兄さんはくるりと百八十度回転し、来た扉の方へと歩き出した。その時、
「伊織さんっ…!」
小古君はそう叫ぶようにして僕らの歩みを止めた。そうして言葉を続けた。
「…あのウワサ、ちゃんと覚えててくださいね。また。」
〈魂喰らいの死神〉の話か。そんな重要視することでもないが、また今度話そうとかのお誘いととっておこう。
「うん、じゃあまたな。」
そう返答した後、お兄さんは再び歩き始め、そのまま校舎外へと出た。
☆☆☆☆☆--------
「まさか車で来てないとはなぁ…。」
「仕方ないじゃない、僕お酒飲んじゃったんだもん。」
「え、昼間っから?」
そういう僕は今もなお隣に住むオカマのお兄さんにいわゆるお姫様抱っこをされている状態だった。そのまんま三人でよく車が通行する明るい通りを歩いて帰宅している。妹は今までこんな時間には出たことがなかったからかはしゃぎ先頭を走っていた。
「こーら、あや、危ないぞぉ。」
「だーいじょうぶ!いつだってお兄ちゃんがいれば守ってくれるもん!」
「あんらやだ、嬉しい♡」
「お兄さんじゃない、僕だよ。」
「約束してくれたもんねー!」
「そうだな。」
懐かしい。覚えててくれたんだ、この子は。
『あやになにかあったらお兄ちゃんがまもってやるからなぁ!』
『ほんとに?あや、まもってくれるの?』
『うん!やくそくする!』
『やくそく。やくそく!』
『じゃあゆびきりしよ!それでやくそくできるんだってさ』
『するするー!!』
『『ゆーびきりげんまんうそついたらー…』』
「お兄ちゃん?大丈夫?」
「うん、ちょっと思い出しててな。大丈夫だぞぉ。」
「よかったぁー。」
「あら、そうこうしてるうちに信号赤になっちゃったわね。」
「えー、早く渡りたいぃー」
そう言って妹は足と手をバタバタさせ出した。いつもの癖だ、やっぱ可愛い。
小さい頃からこの子はずっと変わらないな。そんなことを思っているといつの間にか歩道側の信号は青になっていた。
「じゃあおっさきー!」
「ちょ、待ってぇあやちゃーん」
「あやいちばんになるもーん!」
あやが真ん中まで行ったその瞬間、横には大きな四角い塊があることに気づいた。激しいブレーキ音が周りに鳴り響く。
「あやっ危ないぃいー!!!」
「あやちゃんだめぇっ!!!」
バゴンッッ。
再び目を開けたときには、あやは、黒い血色で染まって、トラックの頭の近くで横たわっていた。僕は必死に、腰の痛みも忘れて、走りかけよった。
「あやっ!あやぁっ!!」
もう、息はしていない。唇もだんだん紫くなっていく。僕はぐっと抱きしめる。妹の最後は、笑顔ではなく、泣いていた。
涙が溢れ出てくる。
ちがう、ちがうぅっ。
絶対…ちがうんだ。僕から、妹がいなくなるなんてありえないっ。
こんなの…こんなのって…
「こんなはず…ないんだ。」
▽----------
「お目覚めかしら、伊織ちゃん。」
そう言ったオカマのお兄ちゃんは少し悲しげな笑みを向けて見せた。外を見ると日がてってとっくに朝だった。
「おはようお兄さん。」
そういえば、あれは夢だったのだろうか。そうなるととんでもない悪夢だよな、まったく。でもそれならいるはずの妹がいないのはおかしい、さてはまたサプライズでご飯作ってくれてるのかな。あーいい子。
「ねえお兄さん、あやは?いるんだろ」
「……。」
「え、ねえ、いるんだよね!?お兄さんっ。」
「…ごめんね伊織ちゃん、もう、手遅れだったのよ。」
てお、くれ…?何言ってるの?妹は、生きてるんだよね?あれは、夢だったんだよね?
「…ゆめ、だよね。ねえ、お兄さんっ!!」
「伊織ちゃん、夢じゃないのっ。本当に、もう、いないの…。」
いない…、いない…?あの子が…。
「もう……」
バタン…
「伊織ちゃん…?伊織ちゃんっ!ねえ起きて伊織ちゃんっっ!!」
それから妹の葬式はあげられ、皆全員が泣き崩れながらにして火葬まで見送った。その後も立ち直れなかった瀬戸は、そのまんま家に引きこもるようになり、ご飯を食べる以外部屋から出てくることはなくなった。
その生活になって、二週間が経ったある日、僕は唐突にあのウワサを思い出した。
「〈魂喰らいの死神〉―…」
彼は、寿命の代わりに願いを叶えてくれるんだけかな。僕なんかもう生きる理由がなくなったただの抜け殻だ。こんなのが生きてたって無意味だ。だったら、その寿命で妹が生きることを望む。ウワサなんでデマだろうがこの際、賭けてみる価値はありそうだ。僕は、もう死んだっていいんだから。
そう思い制服に着替え、午後七時に間に合うようにして家を出た。外はもう薄暗く、ひんやりとした風が吹いている。
「早く行こう。」
僕は走り、さっさと校門を飛び越えて学校の中へと侵入した。まだ戸締りのおじさんは見回り中で、空いている窓や扉が少しだけだがあったので、そこから中に入ることができた。そうして見事侵入に成功した僕は二年五組の扉へと、ほぼ難なく到着した。
「ふぅ…。」
一息つき、開けようと扉の穴に手を差し込んだ瞬間、すごい冷気が体を突き抜けるかのように通った。この扉の先から明らかに嫌な気配がする。少し怖く感じたが、それでも、妹のためにと、扉を開けた。
目の前を踏ん張って見てみたが、誰もいなかった。
「はぁ…いないのか。」
とりあえず、目的を遂行しよう。えっと確かウワサでは窓際の一番後ろの席に座ってー…
キィ…ストン。
座った。よし、次は目を閉じて言うんだー…
「僕に、気付いてくださいっ。」
………あれ?全然何も起きない。
やっぱデマだったか。じゃあもうこのまんま死ぬか…。
あれ、なんか手に、変な感触が。…これは、誰かの指?
「気づいてるよ、そろそろ目、開けたらどーお?」
僕は言われた通り目を開けた。するとそこには僕の左手に指を絡ませ背後から僕の右肩から顔を覗かせた袴らしき服装をした少年がいた。
「うわぁっ!」
「そんなに驚かなくても、俺に用があるんでしょ?何がお望み?」
「まず離れてくれぇっ!ちかいっっ!!」
「えー、別に男なんだしいいじゃんひっつくくらいー」
「よくない!怖い…!」
「はーいはい、わかったよん。はい用件どぞ。」
そう言ってさっきまで開いていなかった窓を背にして両手の指先を僕に向けた。ほんとに、この子が叶えてくれるというのか…?
「…妹を、蘇らせて欲しい。」
「ははーん、そういうことねー。俺、寿命貰って、その代わりになんでも寿命の分だけ叶えてあげる。って怪異なのは知ってるよね?」
「うん、知ってる。だから僕の寿命ぜんb―…」
「んー無理☆」
「は?やれよ。」
「男に二言はないんだよぉー?無理なものは無理―!」
「ふざけてんのか。」
「全然ふざけてないよー俺っ!」
どー見たってふざけてるようにしか見えないよ。だって僕の話聞くなり教室の机の上に乗ってどこまで飛べるか!みたいなゲームしてるもん。ほら、机離してまた…!最悪。絶対こいつじゃないだろその怪異。
「お前じゃないんだろ、魂喰らいの死神って。」
「あーうん、俺、しにがみじゃないからぁ〜。口裂けなのに勝手に命名されりゃってさぁーほんと困っちゃうよぉ。」
「は?僕が言ってるのは命名の話じゃなくて能力の話。やれねえんだろ?僕の願い叶えること。」
「うん、できないよ。でもね、それは君のせいでもあるんだ。」
僕の…せいだと?バカ言え、僕は何もしてないのに、そんな責任転換されちゃ困る。そう考えている僕の目の前で相変わらず喋りながらずっと机の上をぴょんぴょんと跳ねている。
「ただの責任転換じゃないよ?君に残された寿命がその妹ちゃんを蘇らせるには足らないってだけの話っ!他に生贄があるなら問題ないけどねー」
「そんな人…いるわけねえよ。」
「うん、だよねぇ。だからって強制的に連れてくるのは駄目だからね?それは規則違反になるから俺が。」
「なればいいさ、僕には関係ないだろ?」
「わぁ怖い!少しは思いやり持ったらどうなの?それに、関係あるよ君も。だってそれで規則違反したらさせた方も一緒に消滅しちゃうんだから」
なんだそれ、じゃあ僕はどうすればいいんだ。僕の寿命じゃどうにもできない、強制的に寿命を奪うのは規則違反。なにも…できないじゃないか。もう、諦めるしかないのか…そう思いその席から立ち上がった。それを見ていた少年は僕に聞いてきた。
「あれ、帰っちゃうの?」
「妹を生き返らせることができないなら、ここにはもう用は無いからな。」
「そっか。なら…。」
少年が一瞬で目の前から姿を消した。え、一体どこに消えた。
「…ここだよ、お人形さん。」
いつの間にか僕の背後に回られ体を瞬間に押し倒された。いわゆるアニメとかでたまに超能力とかである瞬間移動ってやつか、とか言ってる場合じゃない!首筋に刃物突き立ててるじゃん、切られたら死ぬ。私は隣にはる。なにが、どうなって…。僕はただ帰ろうとしただけだったのに。
「ごめんねぇ、お人形さんに言ってなかったことあった。」
「え…?」
「俺は願いを寿命を喰らうかわりに願いを叶えてた、でもね。その人たちの俺に叶えて貰ったっていう記憶は毎回消してるの、寿命を喰うときにね。それは寿命を喰らってる最中にしかできないんだぁ。…ってことはだよ?俺、君の記憶消せないの。だからさ…」
「…いいよ、殺して。」
「は?そういうことじゃないよ。そもそも、俺には殺す権限はない。それも規則違反になっちゃうし。まあ寿命を喰らい殺すことはできなくもないけどねぇ。」
結局のところ、こいつはなにが言いたいんだよ…。てか重い、幽霊のくせに。
「じゃあ…なんだよ。」
「君に、二つ、選択肢をあげる。」
そう言って少年は人差し指を立てた。
「一つ目、このまま俺に首筋噛まれて寿命ぜーんぶ喰らわれて死ぬ。」
いい終わり、立てた指はそのまま、次は中指を立てた。
「二つ目、俺と契約して、俺の僕として働くか。」
は?しもべ?僕が…?
「さあ!君はどっちを選ぶ?」
少年はニコニコと愛想良く笑っている。今この場面でのそれは狂気しか感じられない。僕を急かすように刃を横にして首筋にトントンと叩いて見せた、それに情けなくも汗をだらだらと流し、恐怖を感じていた。そして数秒後、仕方なく僕は答えたのだ。
「……わかった、しもべ、やってやる。」
「おお、いい意気だねぇ。んじゃあ、これにサインしてぇー」
「契約書。」
「そう契約書!これ書いてもらわないと契約できないんだよねえ。」
「アナログだなぁ、バーンとカッコいいデジタルとか期待してたのに。」
「アナログもいいもんだって!捨てなければずっと保管できるし、割と楽なんだよぉ。」
「へぇ、そうなんだ。…そんなことより、僕の上から退いてくれないとその契約書書けないからな…?」
「あ、どくどく。ひょいっと。」
やっと少年は退いてくれた。まだ感覚として乗られていた時の重さが残ってる。少し君が悪い。僕はお腹を庇うようにして上体を起こし、立ち上がってさっきまで座っていた席に腰をかけて契約書を読んで見た。こういうものはちゃんと読んでおかないと後々面倒なことに巻き込まれる恐れがあるからな。どれどれ…
「…一、主人である怪異の命令は必ず聞く。」
「逆に聞いてもらわないと困るやん?俺ら」
だからといって限度はあるだろ。書いてよそういうことも。いいや、次次…
「…二、違反者、またその可能性のある怪異の討伐の協力は絶対。」
「怪異にはXIII機関ってのがあってね!えっと、んー、めんどい!また今度話すよ。」
いやテキトーだな、おい。
「…三、主人である怪異をご主人様と呼ぶこと。…は?」
「は?じゃないよ。これはほんっとに大事!守ってなかったらいたずらするから!」
ええ、呼びたくない…。メイド喫茶的なやつだろ。無理…。
「…四、生きること。」
生きること。…か。
「そうそう、この四は怪異ごとで考える欄でさぁ。」
そうか、こいつも色々考えてたんだ。少し見直したよ。
「それでねぇ」
「ありがとう!!」
「は、なにが…?」
「え、いや、サインするよ!僕。」
「あ、いいの!どぞどぞっ。」
瀬戸 伊織っと。よし書けた…!そうしてサインし終えたその契約書をその少年の方へと差し出した。ある問いとともに。
「はい、契約書。」
「どうも〜これで契約成立ってことで!」
「あ、まって、お前は、なんて名前なんだ?契約書の名前の欄、空白だった。もしかして名前がない、なんてことないよな?」
そう言うと、少年は背を向けて星空を見上げて言った。
「ないよ、名前。正確には覚えてないって言うべきかな。多分死んだときに一緒になくなっちゃったんだと思う。」
その言葉からは隠しきれない寂しさがにじみ出ていた。それを聞いて、僕はふととんでもない提案をした。
「僕が名前考えてやるよ。」
「別にいいよ、不便はないし。呼びたいならⅩって呼べばいいよ。俺の役職番号だよ。」
なんか嫌だな、自分に番号ついてるとか。それでは流石に呼びたくないし、んー…。ふと、星空を見上げた少年を見てあいつの言葉がよぎった。
『星は人を幸せにすると思わない?』
…幸せ、か。
「…幸だ。」
「え?何が?」
「だから、お前の名前。お前はこれから幸だ、よろしく。」
「幸、ね…いい名前、気に入った。」
そういった少年は輝く星に向かって優しく微笑んだ。その姿はなんとも言えない美しさがあった。そうしていたのもたった数秒で、すぐにこっちに向き直ってズカズカと近寄ってきた。そして真ん前まで来て僕の両頬をぐいっと引っ張りだした。
「ご主人様の言うことを早速破るっていうのはすごい度胸だねぇ、お人形さん〜?」
「いだだだだだ…っ、いいじゃねーかよぉ、名前つけてやったんだしぃ。」
「ご主人様にその口の聞き方はおかしいんじゃないかなぁ?」
「うぐぅ…。絶対謝んねえもん。なにされても謝るかよ…っ。」
「まあ、今回は俺が折れてあげるけど、次は覚悟しておいてね?俺の、お人形さん。」
「うぐぅぅ…っ!負けない、ぜってえ負けないぃぃっ!!」
そう、契約によってこのXIII機関、役職番号Ⅹでもあり、幸でもあるこの少年に散々振り回されていくことになることを、薄々、ほんのちょっとだけ気づいていたが、予想した以上になることを、僕はまだ、知らなかった。
そして知ることになる、いらない《真実》というものの存在を。