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魔法少女は変身中に倒せ

作者: 繭水ジジ


 魔法少女。それは純真な心を持つ乙女のみに許される。


 普段はどこにでもいる女の子だが、危機的状況を前に変身する。


 超常的な能力で悪に立ち向かい、世界の陰で活躍するヒロイン。




 なぜ、俺はいつまで経っても魔法少女になれないのか。




 やはりズボンはゴムに限る。腹が出ても何年も履いていられる。ゴムが伸びたら太ればいいのだ。

 また徹夜をしてしまった。アンジェホワイトは良い。無論アンジェブラックが一番人気なのは認める。いや、それでいい。ホワイトのはかなさ、健気さ、何よりドロワーズが良い。飾りリボンがあることを、それがパウダーブルーであることを知るやからは少なくて良い。

 動画をオープニング開始位置で一時停止してから今日も学校へ行く。こうすれば帰宅後すぐにオープニングテーマ曲から入れる。俺の最近の時間潰しは、アバンタイトルを脳内で再生することだ。外出と帰宅、その間は無駄でしかない。

 時間切除クロノ・コネクト。俺の特殊能力だ。天性の才覚などではない。努力と経験から自分の適性を習得しただけだ。


 だがそれでも、魔法少女にはなれない。




 白野しろの乃和のわ。成績は学年トップ。実家が古典的な堅物の資産家でなければモデル界に入ってたという才色兼備のお嬢様。まじめ過ぎるところが唯一の欠点だ。


 黒信くろのぶらん。おっちょこちょいで勉強は苦手だがスポーツ万能。天真爛漫で誰からも好かれ、困った人を放っておけない正義感を持っている。


 俺は、この同じクラスの二人の女子の秘密を知っている。

 カバンに入ってぬいぐるみのふりをしている妖精のことも。


 中学二年生になって、何の接点もなかった二人が、ある日、急に親密になりだした。

 そして見てしまった。堕悪星腐ダーク・スタッフと名乗る悪の組織、妖精世界を滅ぼし人間社会にまで破滅をもたらすその集団に立ち向かっていく彼女らを。近所の公園でぬいぐるみの掛け声に合わせて変身する彼女らの姿を。


 そう、白野と黒信は魔法少女。パイパイとヘイヘイだった。


 その時から、俺の未来の階段が崩れ落ちた。

 どれだけ願っても祈っても、俺は魔法少女に選ばれなかった。

 三人目の魔法少女に選ばれる気配もない。ずっと待っているんだが全く気配がない。時間だけが過ぎていく。夢の中で逢ったような気もしない。なぜなんだ。


 俺は鏡を見た。


 選ばれるはずもない。


 彼女らとは、まず容姿のレベルが違い過ぎる。俺は異形種だ。


 百歩譲って顔は置いておく。変身後に美少女になれるかも知れない。なら体型はどうだ。魔法少女のスカートはゴムなのか。いや、そこじゃない。

 風呂上りの自分を見つめてみた。

 こいつ(・・・)が変身中に光に包まれるのだ。この鏡に映る豚野郎が。

 変身後、華奢きゃしゃな美少女になれたにしてもだ、その過程が非常に見苦しい。そもそも俺は、少女でもない。もしも少女として生まれ変わることができたら、それはとっても嬉しいな。


 そうして打ちひしがれていた俺を救ったのも、魔法少女、パイパイとヘイヘイだった。

 俺の絶望のオーラを堕悪星腐ダーク・スタッフの幹部クラスに感じ取られ、エナジーを吸収された。パイパイとヘイヘイはその幹部をレインボー何とかというその場で覚醒した新技で倒したのだ。その後、単なる通行人モブだった俺を、パイパイとヘイヘイは気づくこともなく通り過ぎて行った。

 俺は敵のあの、毎回の小ボスにもなれなかった。

 分かるか、俺のこの気持ちが。

 エナジーを吸われるだけ吸われ、その幹部は特にパワーアップすることもなく、倒された後は誰にも気づかれず、普通に立ち上がって徒歩で帰宅した。

 分かるか、この俺の気持ちが。

 魔法少女になれる権利というものがあるならば、それを彼女らに、白野と黒信に奪われたのだ。

 敵の幹部が俺を操るなりして、同じクラスの男子が怪人になったことに攻撃をためらうパイパイとヘイヘイに結局は愛の力で浄化させられたら、愛に目覚めた希望の力で俺も魔法少女に選ばれたかもしれない。

 だが現実はどうだ。俺はパイパイとヘイヘイに、魔法少女に、気づかれもしなかった。

 俺の未来の階段は、魔法少女が壊したのだ。


 俺は、魔法少女になれない。




 ならば、奪い取ってしまえばいい。俺がなるはずだった未来を取り戻すのだ。


 今日は休日。水族館にでも遊びに行った先で堕悪星腐ダーク・スタッフが悪さをし、魔法少女が、つまり彼女たちが現れるだろう。

 復習を始める。いや、復讐だ。俺は今週の魔法少女マーブルアンジェをもう一度観てから、水族館へと向かった。


 水族館は家族連れや友情グループ、恋人同士で込み合っていた。

 仲良さげの人々は行き交うが、注意深く観察を続けると時に不仲も見えてくる。こういう場所にこそ負のエナジーを求めた悪の組織が現れるものだ。


 館内のカフェの華やぎは、一名様の俺を耐えがたく浮き上がらせる。

 いつもならこんな所に俺が居るはずはない。居たくない。だが今日の俺は目的がある。耐えられる。視線の全てを受け入れよう。もう何も怖くない。


 正午、彼女らは入館した。白野乃和と黒信蘭は二人で現れた。いやぬいぐるみも含めて三人か。きっと白野の実家が大株主でたまたまチケットを二枚手に入れたか、黒信が商店街の福引で当てたに違いない。

 イルカでもペンギンでもきゃっきゃうふふと見ているがいい。


 そして、イルカショーの開始を告げる館内放送が始まった。プールへの通路はこのおしゃれカフェから確認できる。白野と黒信も観覧に向かう。さて、そろそろか。

 ショーが始まって間もなく、スピーカーにイルカのお姉さんの悲鳴が響く。観客がパニックを起こし通路に殺到する。群衆はそのままカフェを通り、館外へ雪崩なだれこんでいった。

 俺はテーブルの下に隠れている。

 そしてイルカの怪人と、白野と黒信がその場に残った。




「やめてイルカさん!」

「純粋な動物の気持ちを利用するなんて!」

 変身よ、と白野と黒信は声を合わせ、それぞれスマフォを取り出すと画面にハートをなぞった。スマフォを飾る魔法の宝石が輝き、彼女らの姿が光りながら衣服が解かれる。


 今だ!


 ふたりが魔法少女へ変身するタイミングで飛び出す。

 変身開始の、弓なりにのけぞった背中に俺はタックルをぶちまけた。


 白野がネグリジェ姿で吹き飛ぶ。

 ひとり変身した黒信、いや、魔法少女ヘイヘイは呆気に取られ言葉を失っている。

 吹き飛ばされた白野が起き上がり、呆けたヘイヘイが何事かとこちらを振り返ろうとする。まずい。俺は咄嗟とっさに、手元に落ちていた布を掴んで顔を隠した。

 必死で走る。頭に被るように握った布の隙間からの視界を頼りに走る。

 やった。やってやった。

 魔法少女に一泡吹かせてやった。俺は勝ったのだ。魔法少女を越えたのだ。魔法少女を越えた俺は魔法少女だ。奇跡も、魔法も、あるんだよ。

 達成感で心が弾けそうだ。息は切れてのどは熱いのに身体からだは軽い。

 そんな気持ちを抑え、平静を装って帰宅した。後悔なんて、あるわけない。




 部屋のドアを閉める。まずは落ち着こう、ここで浮かれては凡人のすることだ。

 呼吸を整え、手に握った布をベッドに置いて丁寧に広げる。なんてことだ。これは魔法少女のコスチュームじゃないか。


 冷静に考えよう。俺は何をしたかったんだ。




 魔法少女を倒して魔法少女になれると思ったのか。コスチュームを奪ったのは偶然だが、せめて変身アイテムであるあのスマフォを奪うべきではなかったか。いやそれは窃盗だ。衣類を奪うのも窃盗だが。しかし魔法少女であることを知られたくない彼女らは被害届を出せないだろう。暴行については微妙だが、あの状況でまともに法は適用されまい。つまり計らずともベターな選択だったと思われる。とりあえず、着てみるか。

 俺は服を脱いだ。念のためにパンツも脱ぐ。


 改めて手にした魔法少女のコスチュームは、いい匂いがした。部屋中がフレグランス。アロマ・フローラル。胸がキュンキュンときめく香り。


「いい匂いしやがって!」

 純白を基調としたノースリーブのフリルブラウス。ベイビーブルーのリボンは俺の好物に近い。けしからんことに布面積が小さい。

 しかしこの生地、かなり上質だ。素材は何だ。サテンのようなスパンデックスのような。柔らかく丈夫な仕上がりだ。もちろん新品ではないので、かすかに表面は擦れている。

 まずは袖を通してみる。しかし入らない。小さい袖穴に手首まですら通らない。こんなの絶対おかしいよ。

 武士は左から動くという習わしを思い出し、もしやと左手から通してみてもやはり入らない。入るわけがない。魔法少女が俺を拒んでいる。

 着れないなら肩にかける。妥協はしたくない、諦めない。羽織るつもりのトップスは、首の後ろに乗っかった。


 そのままスカートに手を伸ばす。これも純白のプリーツだが短い。とにかく短い。縦がとにかく短い。中にチュールレースを重ねてあるが、覗けば花畑が見えるだろう。

「色気づきやがって!」


 俺に穿けるわけがない。片足しか入らない。

 ちくしょう。


 またしても魔法少女が遠のいた。

 こんなに願っているのに。この想いは一途なのに。一途ということは純真ということなのに、なぜ純真な俺は、魔法少女になれないんだ。こんなにも本当の気持ちと向き合っているのに。


 ちくしょう、ちくしょう。白野め、黒信め。俺の魔法少女を奪いやがって。

 コスチュームを奪ったのは俺だが、俺からコスチュームを奪ったのは彼女だ。


 悔しい。涙が溢れてくる。

「うっ、うっ、ぐえっ、げうっ」

 泣いている自分の無力が悲しくて、さらに涙がこぼれ落ちる。あたしって、ほんとバカ。




『感じるぞ。絶望のオーラを』




「えっ?」


『力が、欲しいか』


「まさかこれは」


 暗黒の渦が俺の部屋に現れた。渦の中から紳士が出てくる。悪の組織、堕悪星腐ダーク・スタッフの幹部だ。

『その負のエナジーを、我が組織のために使ってみないか?』

「断る!」


 俺は叫んで拒んだ。そんなの、あたしが許さない。

 俺は魔法少女になりたいんだ。敵対する側になどつくものか。ますます魔法少女から離れてしまう。もう、誰にも頼らない。


 いや、待てよ。


 敵の幹部から寝返って魔法少女の仲間になるパターンもあるじゃないか。

 白野と黒信はストレートに魔法少女パイパイとヘイヘイになった。俺はその次三人目の魔法少女特別枠に入れる可能性もあるわけだ。これはチャンスだ。


「俺を幹部に入れてください」

『断る』

「なぜだ、俺の負のオーラを感じたのだろう!」

『お前如きが幹部クラスにはなれん』


 そんな馬鹿な。ここで道が閉ざされるのか。最後に残った道しるべが消えてしまう。

 そうはさせない。希望は決して捨てない、それが魔法少女だ。

「取引をしようじゃないか」

『取引だと?』

「俺はついさっき魔法少女を倒した」

『なんだと!』

「俺は倒し方を知っている」


 そう、魔法少女は変身中を狙えば勝てる。それに倒し方は他にも思いつく。

「戦いの後、変身が解けた魔法少女を追跡し家を割り出し、監視して精神的に弱らせる。隙を見て変身アイテムを奪い粉砕して、念のためコンクリートで固めて海に沈めるんだ」

『いや、そこまでするのはちょっと』

「まだ足りないくらいだ。奇跡というのは起こるものだ。あと人海戦術というのもある」

『我々の目的は世界征服だから魔法少女にそこまでしなくてもいいのだよ』

「甘い! 甘すぎる。その世界征服を阻止しているのが魔法少女じゃないか。魔法少女を倒すことこそ世界征服の第一歩じゃないか」

『ちがう。魔法少女との戦いはあくまで過程であって、我々の目的は一貫して世界征服だ』

「その過程にどれだけの犠牲を払った? 打倒魔法少女にターゲットを絞るべきだと思わないか」

『お前とは、考えが合わないようだな』

「えっ」

『さらばだ』

「待って! わたしの最高の友だち!」


 暗黒の渦は消えた。強気に出すぎたことにより交渉は失敗した。

 俺は堕悪星腐ダーク・スタッフの幹部にもなれなかった。


 ちくしょう。俺は敵の幹部から魔法少女に寝返ることもできないのか。


「あぐっ、ひぐっ、せめて美少女に、えぐっ、うまれがわりだい」


 俺の涙を拭いてくれたのは、魔法少女のコスチュームだけだった。




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