杯への切符
あれからというもの、私は屋敷の掃除をして、夜の料理を何にしようか迷い、コンソメスープとドレッシングササミに決めた後、残った三時間でパケフルをしていた。
アンチスさんの一件があってから、私はネットに恐怖を感じ、少しでも強くなろうと考えていた。
(万全にしておかなきゃ)
気付くと、私はロビーへ着き、後で柊さんがやってきた。
「あ、佳鳥氏! 仕事してるの見えましたよ。ちゃんとできるじゃないですか。パケフルは本当にやっといて損はないんで、生活が乱れない程度にやりましょうね」
私は、さっきの質問をすることにした。
「あの、アンチスさん? は、なんであんなことを」
柊さんは少し考えているみたいだった。
「多分、改造で、本来”倒さないと手に入らない”つまり、箱物をカットダウンした状態の『真空鍵付』になった後に手に入る”箱のメモ帳”が正攻法では手に入らないと踏んで、葉束の箱物、ナクロへの接触によって改造でそのメモ帳を引き出したんじゃないでしょうか。僕もはっきりとした確証は得られませんが」
(真空鍵付? 箱のメモ帳?)
何となく説明は分かったけど、そのメモ帳の重要性が分からなかった。どれぐらい大事なんだろう。
考えていると、葉束くんが2階からやってきた。柊さんが話しかける。
「葉束! あれからどうです? Wi-Fiは屋敷の外に居てもある程度できるようにしてありますが、アンチスは来ましたか?」
「……いや、多分来れても来ねえだろ。まず柊のパソコンはロビーにもあった。まだわからないがパソコンの近くじゃないとあの改造とは連携できないんじゃないか」
「それはありそうですねー、ただの改造ならすでにこういうこと起こってもいいですし」
柊さんは、なぜか表情が張りつめていた。
「アンチス達が原因で、2年間ものゲームの法律が変わるかもしれません」
葉束くんは、それもなぜかどことなく楽しげというか微笑んでいた。
「Wi-Fi対戦の機能を解放するんだろ? 奴らがあまりに改造Wi-Fiを利用してきたら」
柊さんは少しうつむいて黙っていただけだった。
「あまり喜ばしい事ではありません。僕達の開発本部も”リアルで会った人との勝負”をなによりの楽しみにしてほしかったからです。事実、ポケモンなどのWi-Fi対戦は多少のお金を払えば対戦できる世の中でしたが。パッケージフィールドは、現実であった人としか本場の楽しさ、対戦を楽しめない事によって差別化をしてきたつもりでしたからね」
葉束くんは窓を眺めている。
「大会で何人も集まってきた時の楽しさは格別だったからな。すべてが新しかった。だからこそ、Wi-Fi対戦はあっても無くても利点があると俺は思っていた。ゲームのおかげで、俺は輝く気持ちを持つことができた」
「そうですね。僕も楽しいという意見には同意です。……実際、Wi-Fi戦生を世の中に出したら売れるんでしょうけど」
二人はうつむき、葉束くんが言う。
「変えようぜ」
「……何をですか」
息をつき、告げる。
「俺や柊、そして佳鳥と協力して、法律を変えるだけじゃなくてゲームや人の理想郷を作るんだ」
「どうやって」
「ここだ」
辺りを見回す。
「勝つんだ。とにかく有名になるぐらいにパケフルや他のゲームもして、屋敷に訪れる人にも芯に優しくふるまって、一生楽しく過ごせるギルドをこの屋敷に作るんだ。ここは福井だが、田舎の良さもある幸福の原点にしようぜ」
柊さんは少し考えていたけど、うつむくようにうなずいた。
「おそらく、葉束が言わなければ、僕はその気にはなりませんでした。作り上げましょうよ。その理想郷」
私は、正直スケールが大きい話だと思った。その裏腹、やってみる価値があるとも思った。
(私も、変わりたい……!)
私たちのやろうとしていることは、一見すると社会の一部には要らないような事だった。それこそが、その理想郷を作る最大の理由だと感じたし、ゲームこそが人が笑う原点にしたいとも思った。
「佳鳥も目が輝いてるじゃないか。そうと決まれば、早速アンチス達の対策とか屋敷も全員で整えないとな」
ふと気づいたように柊さんが言う。
「学校はどうするんです? お二人とも」
「学校には行くと思うが、いずれ用が外せない事が続いたら休む。最悪ニートになるかもしれないが、俺は辛くてもゲームプロの道からなにかになれることを証明する存在になる」
「なにかになる道……ですか」
その道がなにか、私達二人は全く見当が付かなかった。葉束くんにしか分からない事が、あるのかな……?
そういえば前、将棋でアンチスさん側に色んなことが起こっていることを分かるようにする勝負をしていたけど、もしかして……。
(ゲームは、予感することに特化できる……?)
あくまでこれは、推測に過ぎない。でも、なんだか……。
そんな感じが、かなりする……。
なにか、それは。
「占い……?」
「ん?」
「どうしました? 佳鳥氏」
二人に、言う。
「あの時、私と将棋したの、”占い”だと思う……」
人はそれを、「占い」というはずだ。
「そうだな。言われてみれば」
「確かに葉束がしたことは世間で言う、占いに該当しますね」
つまり。
ゲームを極めて目指せる道。
『占い師』
「占い師だよ! なれるの、それしかないよ!」
「……外したら大損の世界だな。偶然と奇跡だけじゃなれないはずだけど」
「ゲームから占い師……? ですか」
大抵、占い師といえば話の能力や様々な感性、そもそも何かを引き当てる強い運がないといけない。それに、なるしかない……?
でも、アンチスさんのことを特定することは大まかには当たっているはず。まだ判明してない事や葉束くんが告げないと分からない事もあるけど。
「良いな。占い師。ちょっと今から家に帰る」
「持ってくるんですか? 物を」
「ああ」
「佳鳥氏はどうするんです?」
何だか、私も用意したくなってきた。
「私も目指す! 占い師とプロゲーマー! メイドも!」
急に雲がある空が晴れた。なりたい! 占い師!
「では僕はゲームエンジンの開発に取り掛かるので、お二人はご一緒に家に取りに行ってください。さ、コーヒーでも作りますかね」
それとなく用意し、リュックを担ぐ。私の格好はそのままだった。
隣にメイドが居る葉束くんは、戸惑っているみたいだった。
「まさか佳鳥まで占い師目指すとはな……」
「えへへ……葉束くんのおかげで本当に良い気分だよ。この服もお気に入りだよ」
歩く。
ひたすら黙り、歩く。
電車に着いた。
デート気分で歩いて乗ると、小さい子が近くにいた。
「カップルだー」
(!?)
言われた葉束くんはちょっと気まずそうだった。私は嬉しさと気恥ずかしさから顔を伏せていた。
小さい子はそのまま奥へ行ってしまった。
「……いいけど別に」
え……?
「いいけど」……?
どういう意味かは分からなかったけど、私はその言葉が何回もよぎり、魔法がかかったようになった。
嬉しかった。
そのまま喋ることなく駅まで着きある程度歩いた頃だった。
「そろそろ分かれ道だな」
(あ……)
私は離れたくなく、聞こえなかったふりをして何メートルか着いていった。
「……? 佳鳥?」
そろそろ限度があると思い、反応する。
「あ、ごめん……、ちょっと考え事してて」
「……そうか。俺の家、こっから2キロぐらいなんだよ。俺ん家、親の事情で佳鳥みたいな格好見せたらびっくりするだろうからさ。そろそろ佳鳥も家目指そうぜ」
「……」
離れたくなかった。
しばらくなにもなかったように葉束くんに着いていった。
私は少しうつむいたままで、葉束くんの様子は勘で察するしかなかった。
何故か葉束くんも黙っていて、私達は同じ場所を歩いた。
「ここだ」
気が付くと、一ノ宮車工建設社という所に着いた。
「あんまり見られたくなかったけど、俺の家系、大昔は車作ってたんだよ。親があんまりにもゲームに関心がなかったから、逆にそっちに走った」
かなりボロボロの所だった。今にも崩れそうだ。
「金がないから前言ってた大会の優勝賞金を少し渡したこともあったな。ゲームで稼ぐって本当に大変で、正直勉強もがんばろうか迷ってはいるんだけど」
意外だった。プロゲーマーである葉束くんの実家が修理屋だったことではなく、貧乏だったことが。そういうところが、なぜか私は嬉しいと。
「生きていくのは大変だよな。考えの違う人は多いし。ともかく、占い道具持ってくるから佳鳥はそこの木のベンチで座っててくれ」
言われて座っていると、葉束くんが家に入ってる間に若い女性が私の前を通り過ぎようとした。
「何あれ? かわいすぎ?」
「やばくない?」
そういわれた気がし、初めて自分がどういう服装をしているかが分かって恥ずかしさで死にそうだった。
感覚が麻痺していたのは、自分だった。
通る人全員がこっちを見ている。
(あ……)
何分か不慣れな感覚に浸っていると、葉束くんが戻ってきた。
「待たせた佳鳥。サイコロがかなり多くて、あって損はないと思って持ってきた。超大昔は大金持ちの家だったから、かなり質の良さそうな赤色付き白黒サイコロだぞ」
「う、うん……」
「佳鳥の分もあるぞ。全部で9個だ。今、家族から聞いたが、とにかくサイコロの数を増やして”模様占い”という占いの方法が昔からあるらしい。どんな占いにも共通していて、ともかく模様から察するみたいだ」
模様占い、か。他にも方法を探る必要、あるかな……?
今はこれで十分だ。
「あとはどんなサイコロでもいいから、赤色とか青色とか緑、黄色、全色のサイコロ見つけないとな。むらさきのサイコロとかも」
気付くと、車から降りてこっちに向かってくる女性を見つけた。
「葉束? 誰かしら。葉束の彼女? サイコロなんか持ってどうするの」
「あ、姉貴……。今帰ってきたのか。このサイコロはまあちょっとな。今持ってきた任天堂のトランプ達でいずれ世界に轟く奴らになるぜ」
「あ、そう。名前は?」
(私の服、少し見てる……)
何となく優しい鋭さを持った人だ。葉束くんのお姉ちゃん……? 私は、名乗る。
「佳鳥といいます……。あ、あの、この服には訳があって……」
「ふーん何でもいいけどかわいくていいじゃない。占いするの? あれあくまで遊びでやらないと危険な目に遭うから気を付けなさい。一応私も少し本読んだ事あるから」
”本”というワードを耳にしたからか、葉束くんは気付いたように聞いた。
「本という手があったか……姉貴、その本くれ」
「もう無いわ。古い本だし、参考にもならないはずだわ。でも私が覚えているのは”占星術”てのがインドでされてたって書かれてたわ。あんたの好きな将棋も元はインド発祥でしょ? みんな好きなポケモンも大体そんな感じだし。多分インド行けばいくらでも宛てあるんじゃない? ま、買い物したの家持ってかないといけないから。じゃあね」
言うと、すたすたと家へ去っていった。
(なんだか面倒見の良い人だった……)
あれぐらいの余裕を持てると私も変わるかもしれない。
何か忘れてると思い、葉束くんに気にかけて思い出した。名前を聞かないと。
「葉束くんの……お姉さん? 名前は……」
「ああ、礎っていうんだ。姉貴は本当に俺の事面倒見てくれたよ。結婚をなぜか諦めてて、いずれ俺が大金持って行かねえととは思ってはいるが」
……普通に良い人だからいずれ結婚できそうなのは……。
ともかく、サイコロや色んなヒントは得たし屋敷に戻ろう。
「次、佳鳥の家だな。もう夕方だし良かったら送ってくけど」
(え……?)
やった! 着いてきて正解だった。葉束くんのサイコロも手に入るし、本当に良かった。
「あ、うん! ……」
そのまま、人通りが少ない夕道を歩いていった。