林の中の銀星
帰り際。家に帰るために教室から自分のバッグを担ぎ、帰宅しようとしたときだった。
ガラッ。
葉束くんが、教室に入ってきた。手に持ったαCSを見て、私のほうにも目を向ける。
私はきょとんとする。すぐ、近づいてきた葉束くんに威圧感を覚えた。
夕焼けの教室に二人。影を作り一点のゲーム機の光を見つめる。
「これって……」
「あんたの作った箱物だ」
画面に映った”パニッス”の姿。銀の混ざった緑の、天使が付けているようなV字のオーラを頭の上に浮かし、炎の左目に涙の右目。全体透明の輪郭オレンジ。黒い瞳にウサギのような体つきと鳥のような鋭い脚。翼もある。本当に完成している。
「箱物をあの短時間で作るとは、驚いた。どうやって出来たのか教えてくれ」
「え」
まさか迫られるとは、思っていなかった。緊張する。
「多分、上にある材料を使ったんだろう。昨日集めた材料の、総合のレア度が下がっている」
(! そんな……)
「……悪いことしちゃったの?」
「いや、……そういう訳じゃねえが」
まだ事情を聞いてないけど、謝らなきゃ。
「ごめ―――」
(シャララララ!)
αCSが、鳴り響く。葉束くんは、ボタンを押し受話する。
「なんだ」
『……! っ……。……』
話し声は聞こえなかったけど、忙しそうなのは少し伝わった。
「そうか、今すぐ帰る」
(あ……帰っちゃうんだ……)
……もう、話せなくなるなんて。いきなり灯りが消えた感じがした。
「なあ、佳鳥」
(?)
「パニッスのこと、話しておきたいことがある。佳鳥が良ければ、帰り道少し付き合ってもらうが、いいか」
「え……?」
一緒に葉束くんと帰れるなら、嬉しいし良いと思った。
「ちょっと話すだけだ」
「い、いいよ……」
私達は、教室を後にした。
(それにしても今日は、遅いですね)
一人のプロゲーマーを待つ銀シャツの青年は、退屈に息を漏らす。
(公式大会まで一週間。だというのに)
αCSをいじり、パッケージフィールドをプレイしながら屋敷に籠もり、キーボードを叩く。
(乱数調整も乱数エンジン開発も十分やりましたからね。新しいことなんてそうそうに起きませんし)
一人しか居ない屋敷は、静まり切っている。外は、小さな池と木しかない。
(少し疲れましたね。コーヒーでも飲みますか)
機械言語でプログラミングする部屋は、パソコンとαCSのみが光っている。
この屋敷に二人向かっている中、夜は更けていく。
………………。
ひたすら沈黙し、夜道を歩く。
10分は経過した。葉束くんはαCSを持ち、画面をちらと見ながら歩いている。あることに、気付く。
「佳鳥」
?
「今、佳鳥の家からと思って道着いて来てるんだが、間違いないよな?」
(え……?)
そういえば葉束くんに着いて来ているつもりだった。て、あれ―――?
(確か、この道は……)
……分からない……。
まさかの、迷子だった。
「あ……」
「どうした」
「……それが、私……。葉束くんについて来ているつもりで……」
「ん?」
「それも道、今どこかわからなくて……」
「……マジか」
憧れの人と帰れるというだけで、酔ってしまっていたかもしれない。
葉束くんはしばらく考えて、私に言う。
「この道は、今から左に向かえば電車でだけどパケフル開発者の柊ってやつの屋敷に向かえる。そこに行くのはどうだ」
ゲーム開発者? なんだか、すごい流れになってきた。
唐突に、私はその提案を飲むことにした。
「いいよ。行ってみたい」
「よし、明日は学校秋休みだしな。四日あるし何とかなるだろ」
お父さんとお母さんのことが気に掛かったけど、滅多にない事だと思った。
「着いて来てくれ」
「うん!」
時刻は6時半。再び歩く。黙った状態から、葉束くんが話し出す。
「佳鳥が作った箱物、パニッスは、仕上がりが最高クラスに達しているようだ」
「仕上がり?」
葉束くんは意気揚々と説明する。
「箱物を作ったとき、値打ちが付く。それをコインエキストラというんだけど、それが多いほどパケシグを作った奴のセンスが高いということになるんだぜ。中でも、佳鳥のパニッスのコインエキストラは俺の主要の箱物と並んでいる」
「そうなの?」
まさか、同じになるとは思っていなかった。
私は、差し出された画面のパニッスを見た。
☆ パッケージスケイル「10」 物理解成「2」 幻燐「27」 強度「7段階中・3」 得スペース「7」
続けて、説明しだす。
「パニッスの能力値は潜在能力が高い形となっている。強度"3"は、センスが最高に達していないと行きつけない、作り初めではMAXの強さだ」
「へえ……!」
そうして話している内、駅近くまで来、歩き続ける。
「パニッスの箱を質屋で調べているが、どうやら色が変わる"虹涙惺籠"という箱の中に居るようだ。実際に戦生に出してみるまで、どういう戦い方をするかは分からない。楽しみだな」
着いた駅で切符を二枚買い、電車に乗る。電車は10分ほどで来た。電車の中には数人しかおらず、無人の車内に私達は移動した。
動いているパニッスの様子が、画面の中にあった。パニッスは、薄暗い部屋の中で箱から出ながら、淡く光る橙の目、小さく光る蛍光の赤の足を、空を飛びながら駆け回っていた。部屋の外は、星空と月の光がその部屋を照らしていた。
「わあ……」
「海に出してみるか」
夜の状態で外に出、画面の中のパニッスは炎の左目を点灯させた。右目は三色の涙を流している。
「この涙……」
「……漆、墨、油のようだ。出せる材料が箱物にはあるが、中でもパニッスはこの三つは確実に常に出せるようだ」
そうしている内、駅は7分経過して目的地まで着いた。
「行こうぜ、佳鳥」
「うん!」
私達は、歩いて屋敷へと向かっていった。
10分歩き、星が見えない曇り空の中、私達は林で囲われた豪華な屋敷へと入っていく。
鐘を鳴らし、中に入った私達はロビーへと着いた。
「柊ー、来い」
葉束くんが大声で呼ぶ中、さっき渡された白いαCSのパニッスの箱の色が、変化していることが分かった。
ガタッ、タカッタッ。
ドアの音とずっしりした足音と共にやって来る人物は、銀シャツ。葵のズボンに黒のパーカー。柊さんらしい人物だ。本人に違いない。
「葉束、遅すぎですー! 一体何を……て、一輪の花を抱えてやってくるとはやるじゃないですかー! スミに置けないですね」
柊さんは、リモコンで屋敷全体の灯りを点けた。お金持ちなのは、すごく伝わってくる。
「訳があってな。ただの迷子だ。とりあえず隣に居る佳鳥には土日の間は確実に泊まらせてもらう」
(土日の間?)
「真面ですか!」
柊さんは喜んだ様子で、私の前まで来てくれた。
「初めまして! 僕は柊。柊机瑠といいます! 佳鳥氏には是・非・と・も、屋敷のメイドになっていただきましょう」
!? メイド。大胆な人なのは何故か勘で分かったけど、どうやら歓迎されているようだ。私からも、挨拶しないと。
「あ、初めまして……。私は葉束くんに着いて来ただけですが……埜結っていいます。よろしくお願いします」
頭を下げ、お辞儀をする。と、柊さんが目元に水色のαCSをのぞき見させた。
そこには、見たことのない青褪めた背景と氷像の箱。神秘に満ちたゴーレム。リゴグレィと名の付いた箱物だった。そのパッケージの辺りは何故か炎と電気でリゴグレィの力が試されているようだった。
「これ……」
「僕の箱物、鍛錬を怠ってないんです。僕は葉束には及ばないですが、こうやって特殊な部屋の中に入れて箱物の熟成、成長を待つ方法もあるんですよ」
「へえ……」
聞いていて、ある違和感があった。”葉束くんには及ばない”……?
「どうです? 新しいことは望んでいた所でしてね。佳鳥氏もこの道に入りませんか? 無論、初めはメイドとしてのバイトをしながらですが、うまく時間と発想をモノにすれば、あなたもプロの道は過言ではありませんよ」
プロ?
「佳鳥に専用αCSを与えるのか。面白いことになるな」
「え?」
話が飛んでいる。
「パニッスのこともある。この化け物じみた資質、佳鳥を俺並の”プロゲーマー”に仕立て上げてやる」
プロゲーマー。……葉束くんのこと!?
「えっ!?」
驚き過ぎて声が素で出てしまっていた。まさか、そんな凄い職に就いているなんて。
目をまたたかせていると、堂々とした二人の顔が、脳裏に焼き付く。
「良いですね! 佳鳥氏、嫌ですか?」
……? なにか、混みあがる楽しさの余韻があった。
「嫌でも一度パケフルの魅力に気付いちまったら、ハマっちまうからな」
―――私が、パケフルプロゲーマー。とてつもなく、楽しそうだし面白そう。
それも、メイドとしてのバイトをしながらパケフル。これ以上オシャレな生活も他に存在しない。
「……良いですね」
「!」
「私、こういうことしてみたかったんです!」
「よくぞ言ってくれました!」
この日をきっかけに、私のパケフル&メイドとしての生活が始まった。
て、あれ、大切なこと忘れてる気がする。けど、いいや。
「そうとなりゃあ、新参祝いの宴だぜ」
「僕も部屋から解放して箱物の強さ見せちゃいますー!」
(ふふ、いいね)
空に星が点々とある曇り空、私達は屋敷の中で祝福を分かち合った。