衝動への道
今日の学校が終わった。いつも通り、教室は閑散としている。
辛かったという思いの方が強く、いろんな意味で溜め息を付いた日だった。
今、葉束くんは傷付いている。生命線が、私によって奪われたからだ。
(どうしよう……)
……そうだ、今日も屋上に行ってそっと置いてくれば……。……いや、それでは収まりがつかない自粛だ。ちゃんと打ち明けるべきだ。
やられたらやり返す。そんなことが繰り返されている世界だから……。
鉛筆が目に留まった。手紙を、もし居なかったら置いておこう。名前を、書かないと。
『葉束くんへ。ゲームを盗んだのは、私です。どうか、好きにしてください。嫌いになってください。命を、ゲームを貰ったから。楽しみを、奪ったから』
佳鳥埜結。1-E組の、地味な隣の席の女子生徒。……よし、書き終えた。
これぐらいは書かないと、お話にならない。……早く、行かないと!
雲が天を遮る。それと同時に、一歩階段へと足を踏み入れた。
「ゃ……れさ……」
! 人の声だ。文芸部か、芸術部の人たちかな。……私も、一時期入るのを考……て、のんきに考えてる場合じゃない。
とりあえず避けた方がいいかもしれない。遠回りだ。
登ろうとしていた階段の先に部活動があるため、三方向目の長い廊下を渡ろう。―――とした瞬間。
ガタッ。
!!
「いやー、……で、が、……でさー」
三階のドアが勢いよく開いたと思いきや、声がかなり響いていた。……早く、屋上へ行こう。
………………。
一回、人に驚いてからというもの、めっきり人の気配を感じなかった。
(着いた……)
何も苦労をしてないから伝わった。私は、ダメな人ということを。
そんな私が盗みをして、起こしてしまった災難。憧れの人が人として傷付くという、狂った境地。
……違う。私達は、探し求めているんだ。ゲームをする意味。勉強をして、働いて暮らすだけの可能性だけが全てではないこと。今は分からないけど、ゲームにだってきっと存在する意味はあるんだと。そんな意義も、それすらも。
失いかけた……。
「? 誰だ」
「ぁ!?」
声が裏返った。学校中に響いたんじゃないだろうか……。
「あ……ぅ……」
うろたえるしかなかった。そこに居たのは、偽りなき私の憧れ。
「葉束くん……」
「……? 佳鳥、そこに置いてある紙と…………」
あ……! 硬直していたら、囲み机の中のゲーム機を見られ―――
「……」
怒られる―――!
天罰だ。分かっていた。こうなることは。
「ごめんなさい……!」
私はそのまま、瞑目した。人の人生を壊したから、こうなるのだと。
「いいよ」
―――……え?
ゆ、許された……? どうして……。
「俺は、好きだからだ」
「へ……え……!?」
す、好きって、私が!?
カッと胸が、熱くなる。反射的に、顔が赤くなる。
それは、すぐ覆されることになる。
「俺は結局、人とゲームの輪の中に居る。いいじゃんか、好きなものがゲームでも」
(あ……)
「佳鳥はゲームしたか? どうだった。人とゲームが共存する世界。そういうのも、ありだとは思わねえか」
……葉束くんは、ゲームに信念を持っているんだ。私の体験した、”独り”救いの時に感じた優しさよりも、ずっと強い想いを。
「私は……」
ゲームと人。それは、人が在るからゲームも存在しえると思う。人生は―――
「人生は、ゲーム。ゲームは人生だよ! 葉束くん!」
私は、少し間違っていた。それは、ある意味人を信じないことや、ゲーム的な選択の余地に自分を置く癖を付けてこなかったことが、あったからだ。
今回のことで、もう、迷いはしない。
「……なんだ、嬉しいこと言ってくれんじゃん。ゲームはやっぱ、こうじゃないとな」
(……でも、これだけは言わなきゃ)
私は、頭を下げた。
「ゲーム機を取って、すみませんでした」
憧れの人は、静かに息を付き、言う。
「気にするな。俺は、ゲームと向き合えるやつを、置き去りにはしない」
……すごい。ゲームをやっていてここまでに至るなんて、色んな意味で卓越している。私が、ゲームを満喫したからこそ分かる。
……これが私の、憧れなんだ……!
「葉束くん!」
「!」
屋上に二人向き合い、私は感謝した。
「私、迷惑だっただろうけど、ゲーム取ってよかった! 葉束くんは自分にも世界にも素直で素敵だよ! ありがとう!」
葉束くんは、微笑んでいる。
「……そうか。なんか、俺もありがとうって言いたくなったじゃねえか」
!
「……ありがとうな」
事件から起きた縁。それは、おかしいこと。なのかな。でも―――
私達は、お互いを尊重することができた。
それは、どれだけ小さなことだったとしても、何物にも変えれないことだと思うから……。
何色にも変えられない想い。
変えられる思い。それを、気付かせてくれた世界……。
ありがとう……。
第一章 ~再会は唐突に~ 完