別れ、そして出会い
なんとか死地を脱した俺たちは村に戻ることにした。
手土産にバジリスクの爪を持って。
そう。
ただ帰還しただけなのだが、
「あっ! ブーリンさん! 無事だったん――誰だっ!?」
「ブ、ブーリンさん! バジリスクが現れたというのは――誰だっ!?」
「兄者! よくぞご無事で――誰だっ!?」
「ブーリン! 話は聞いているのであ――誰であるっ!?」
あまりに姿の変わったブーリンに、ルィンやシリウスも気が付かなかった。
そりゃそうなるよね……。
進化の瞬間を見てた俺でもなったもん。
だが当のブーリンは、
「む……みなの背が縮んだように感じる……」
と、ぽそりと漏らしている。
逆だよ。お前がデカくなったんだよ。
ゴブリンは平均で130センチくらい。
今や180センチになったブーリンから見れば皆幼稚園児だ。
かくして、ブーリンはゴブリン史上最大の英雄となった。
いままでロードゴブリンにまで進化した個体は無いらしい。
バジリスクの骨は村の宝として奉られることになった。俺の家である神殿に、俺と一緒に飾られるらしい。
それと、村の重役会議で次期村長にはゴブルィンが選ばれたらしい。
あいつは頭いいし、村も安泰だろう。
そして事実、ゴブルィンの治世によりゴブリンたちは半世紀の平和な時代を過ごすことになるのである。
* * *
バジリスク討伐から一カ月。
神妙な顔をしたブーリンが神殿に来ていた。
「ヤマダ様、私は……旅に出ようかと思います」
『は……?』
静かに目を伏し、俺に首を垂れるブーリン。
旅って……マジか……。
コイツはそんな冗談言うやつじゃないし本気なんだろうなぁ。
『でもお前、ゴブリンの英雄だろ? 【伝説の超ゴブリン】なんていうたいそうな称号もあるじゃないか』
「……そうです。私は、自分で言うのもおこがましいのですが、ゴブリンの壁を超えました」
『だったら、ゴブリン代表としてこの村を守り続けてやったほうがいいんじゃないか?』
「確かに私は強くなりました。……しかしこれは私の力ではなく、ヤマダ様のお力があってこそのものです」
『いやいや、お前じゃなきゃロードゴブリンにはなれなかったよ』
俺の言葉に、ブーリンは静かに首を横に振った。
「私はまだ弱いのです。せめて一人でバジリスクにも勝る武を得たいのです」
『ブーリン……』
「……私は世界を見て見聞を深めようかと思います」
『そうか』
俺はもう反対しないことにした。
意志の強いブーリンを曲げることはできない。
それに、やっぱりコイツには自分のしたいことをして欲しいと思うのだ。一人の友として本当にそう思う。
「それで、無礼かとは思いますがヤマダ様に一つお願いが……」
『なんだよ。お前の頼みなら大抵のことは聞いてやるぞ』
「ありがたきお言葉」
ふぅ、と呼吸を整え、ブーリンは口を開く。
「どうか、これからも我らゴブリンをお守りいただきたいのです。我らがヤマダ様に非礼を働かぬ限りですが」
『そんなことか。いいよ、できる限りゴブリンたちを守ってみるよ』
「……ありがとうございます」
ブーリンは深く、深く頭を下げた。
とても長い礼だった。
ブーリンの心が伝わってくる。
いちいち言葉にせずとも俺に感謝してくれているのが分かった。
なんていうか、いいやつだよな。
『……達者でな』
「はい。いつかまたお会いできることを楽しみにしております」
俺が人間なら泣いていただろう。
相棒との別れはそれほどに目頭に来るものがあった。
がんばれゴー・ブーリン。
お前がナンバーワンだ。
* * *
それからというもの、俺はブーリンとの約束を守り続けていた。
ワイバーンやら狼が村に攻めてきたときには、適当に斬り刻んでおいた。干ばつが起きたら【大崩水】で雨を降らせた。
そのおかげもあってか、ここは王国と呼べるほどに大きくなっていった。
国王はゴブルィンだ。
シリウスは今では騎士団長を務めている。
しかし『預言者』であるブーリンがいないせいか、俺への信仰度は年を追うごとに少なくなっていった。
神殿は老朽化が進み、俺にお参りするゴブリンもすっかりいなくなってしまった。
しかしまあ、約束は約束だ。
これからも俺はこの村、いや、この国を守り続けようと思う。
* * *
しかしゴブリンたちとの別れは唐突に訪れた。
ゴブルィンが死んだのだ。
殺されたのではなく、寿命だ。
すでに俺がゴブリン村に来てから63年が経っていた。
やはり知り合いのゴブリンが死ぬのは悲しい。
しかし悲劇というものは連鎖するのが常だった。
どういう事かと言うと、俺の神殿がまさに今取り壊されているのだ。
「我々はもはやこのような質の悪い魔石を崇めるような軟弱種族ではない!」
新国王となったゲブリンという名のゴブリンが俺を乱暴につかみ、高らかと声を上げる。
「これよりこの国はゴブルィン王国ではなく、大ゲブリン帝国と名を改める!」
このゲブリンという奴、大変な野心家だ。
我が友ゴブルィンを軽んじる態度には思うところがないではない。
シリウスはゲブリンの即位に最後まで反対していたらしいが、先日ついに幽閉されてしまった。騎士団長であることと、もう老体であることから処刑は免れたようだがひどい仕打ちだ。
ゲブリンは俺を持って振りかぶる。
「こんな魔石は……こうだーっ!!」
ぽいっ。
俺はついに捨てられてしまった。
ま、それがゴブリンたちの選択であるなら俺は受け入れる。
ゴブリン諸君、せいぜい頑張り給え。
………………
…………
……
ゴブリンたちに見限られてから長い月日が流れた。
本当に長いこと経った。どれくらいかと言うと、実に972年だ。
俺は流れに身を任せ、地面に埋まったり川底に沈んだり。
退屈な日々を過ごしていた。
どうも精神年齢は成長しないらしく、千歳を超えた今でも心は高校生のままだ。
そんな俺が今どこにいるかと言うと、
「お嬢ちゃんお目が高いねえ! そうさ、これは正規の魔石店で買えば100万マネイはくだらない逸品だよ! しかしお嬢ちゃんのためだ! ええい、もってけ泥棒! 20万マネイで売ってあげよう!」
「ほ、本当ですか!? 買いますっ! 買わせてくださいっ!!」
アンドレアス帝国、その帝都ヴィルレスト。
人間の街の裏路地で、悪徳商人のぼったくり魔石として売られていた。
そしてピンクの軽くウェーブした髪のおつむの弱そうな女の子にお買い上げいただいていた。
どっかの学院の生徒さんだろうか、制服を着ている。
でもお嬢さん。
こんな怪しいところで魔石なんか買っちゃだめだよ。
ゴブリンでも見抜けた粗悪品を見抜けないヒロインさん……




