恋する日本男児
この日、山田はおねだりをしていた。
『な? ちょっとだけ! 頼むよ……!』
「いいですかヤマダ様。ヤマダ様はもっと自分が神様だということを自覚してください」
『あ、ああ、もちろんだ! 今度こそいい子にするから! 本当だぞ!』
「…………」
『絶対に暴れないし力も使わない。約束するって!』
アテナは悩んだ。
なぜなら山田が能天気で楽観的な性格であることを身に染みてわかっているからだ。
何もトラブルを起こさないという保証はない。
万全を期すならば、この1000歳児を石に閉じ込めておくべきだっただろう。
しかしアテナは甘かった。
「……わかりました。【降臨】」
アテナがスキルを唱え、石から解放された山田が現れる。
「やったー!」
「30分だけですからね? 何かあったらすぐ戻ってくるんですよ?」
「わかってるって」
山田は人の姿での外出をお願いしていた。
そしてその要望は無事に叶えられようとしていた。
アテナの保護者を自称している山田だが、実際はどちらが保護者であるかは言うまでもなかった。
そんなことよりも山田は一刻も早く帝都で遊びたかったのだ。
「じゃ、行ってくるな!」
「……はい」
バタン! と勢いよく扉を閉め、山田は帝都の繁華街に向かって駆け出した。
「……私と遊んでくれてもいいのに」
ゆえにアテナの呟きは山田の耳に届くことはなかった。
* * *
山田がアテナの部屋を飛び出して数分後のこと。
一人の女が馬車で帝都に到着していた。
「お姉さん、着きましたぜ」
御者の男が振り返った。
しかし馬車の席に腰かける女はその声に気付かず、小刻みに震えていた。
「お姉さん?」
「あわ……あわわわ……」
「あの~、大丈夫ですかい?」
「うぅ……」
「お~い! お姉さ~ん!!」
「ひぶっ!?」
ここで女はようやく御者に気付いた。
途端に澄ました顔になる。が、その頬には汗が伝っている。
「な、なにかしら?」
「もう帝都ですぜ」
「そ、そう。ありがとう」
「あの……本当に大丈夫ですかい……?」
「だ、大丈夫に決まっているじゃない! 私は完璧なんだから!!」
「だったらいいんですがねぇ……」
女はおそるおそる馬車から降り、その足を帝都の地においた。
女――女神ウルズが人の都を訪れた瞬間である。
そう、女神。
ウルズは自らの主神の命により、帝都にいる山田の偵察に来ていた。
無論、嫌々である。
彼女は女神のわりに心は小市民であった。
はっきり言うならば、山田にビビっていた。
ちょうどその時、まさに山田は買い食いでもしようかと近くをウロウロしていた。
ついでに出会いを求めていた。
学院にも美少女は多いのだが、やはりまだ幼さが残る。今日の山田は美人の大人なお姉さんを眺めたい気分だった。
それは幸か不幸か、
「(おお! すごい美人さんがいるじゃありませんか!!)」
二人の神を引き合わせた。
迷うことなく山田は美人さんへと向かっていく。
それはもう意気揚々と。
だが、あと10メートルというところまで近づいたところで山田は違和感を覚えた。
「(なんかこのお姉さん……アトラスと似た雰囲気があるような……)」
彼の巨神に似た、上手く言い表せない何かを感じていた。
しかしせっかくの美人。
そんな曖昧な違和感で逃してはならない。
それ以上は気にせず、山田はウルズに声をかけていた。
「こんにちは、美しいお姉さん」
「……ッ!?」
声をかけられたウルズは勢いよく山田の方に振り向く。
そして、
「ひいいいいいいいいいッッッ!?!?!?」
絶叫した。
――例の敵神……!
――もうバレた!
――早速殺しに来た……!
――殺される、殺される……!!
勘のいいウルズはこの男の正体を一瞬で見抜いていた。
ウルズは小心者だが頭はいい。
賢さという点で山田とは雲泥の差がある。
しかし今回はその賢さが悪い方向に働いてしまった。
すなわち、山田の行動を深読みしてしまったのである。
そんなウルズの反応を山田は――
「(突然声をかけたからびっくりしちゃったんだな)」
――めちゃくちゃ浅くとらえていた。
とはいえ、さすがにステータスくらいは見ておこうと思った。
山田は心の中で【看破】のスキルを唱える。
種族:神族
名前:ウルズ
年齢:1901
レベル:1280
HP:1000/1000 MP:1000/1000
筋力:1000
耐久:1000
敏捷:1000
魔力:1000
魔防:1000
神様指数:95395
《スキル》
女神の魅了【C】 水天流【D】
癒湖【B】 鏡面湖水【C】
神通力【B】 ディバインヒール【C】
《称号》
なし
「(神族……!?)」
女神であることに驚き。
そしてどうすべきか考えた。
戦うという選択肢はなかった。
目の前のウルズには敵意がなさそうだったからだ。
アトラスのように相手から攻撃されなければ、こちらから攻撃はしない。それに美人と敵対したくない。それが山田の本音だった。
というわけで。
ナンパ続行である。
まずは怯えているウルズさんをなだめなくてはいけない。
「お姉さん、大丈夫ですか? 僕は怪しい者ではありません。ほら、なんとなくわかるでしょう? もし良かったら僕に帝都を案内させていただけませんか?」
「…………!!」
言って、なんとなく胡散臭い笑顔で山田は笑いかける。
正直、とても怪しい。
ナンパとしては最低レベルだ。
しかしウルズは山田の言葉を違う意味で受け取っていた。
――俺が誰だか分かっているだろうな。
――帝都でのお前の動きは俺が見張っている。
――余計なことをすれば……わかっているな?
深読みに深読みを重ね、
「あ……ああぁ……」
ウルズの血の気が引いていく。
即座に逃走を考え――その考えを捨てる。
この男神のほうが圧倒的に速い。逃げきれるわけがない。
故にウルズの選択肢は一つしかなかった。
「……わかりました。あなたに従います」
「ほんとですか!?」
逆らわないこと、である。
まずは従順な姿勢を見せ、隙を見て離脱する。
それしかなかった。
一方の山田は心の中で歓喜していた。
「従う」などという堅苦しい言い方ではあったが、ナンパの成功を喜んでいた。
「フッ……ふふっ……」
満面の笑顔。
あまりの嬉しさに息が漏れる。
その笑みは当然、ウルズも気づいた。
「(笑っている……! 仮にも敵である私を前にしてこの余裕、やはり相当な手練れね……)」
警戒を強めるウルズ。
そして考えを巡らせる。
思えばこの男神、帝都への到着とほぼ同時にやって来た。
おそらく私が来るのが分かっていたのだろう。
だがどうやって知ったのか?
スキルか。
あるいは恐ろしいまでの洞察力か。
いずれにしてもこの男、戦闘能力だけではない。
現に今、先手を取られて追い込まれている……!
――などと、山田像が勝手に仕上がっていき、勝手に追い込まれていくウルズ。
「……一つ、お聞きしてもいいですか?」
「うん? なんですか?」
ウルズは決めた。
まどろっこしいことはやめよう、と。
おそらくこの男神は相当な場数を踏んでいる。
腹の探り合い、心理戦では不利と判断したのだ。
――無論、実際に心理戦でも行おうものなら知能的にウルズの圧勝なのだが。
とはいえそんな事情など知らないウルズである。
幸い、今のところ話合いが通用する相手だ。
そう考え、重い口を開く。
「あなたの目的はなんですか?」
「(……目的? ああ、なるほど)」
山田は質問の意味をすぐに察した。
世の中にはエッチな目的でナンパする人が多い。
つまり、遊び目的なんじゃないの?と暗に疑われているのだと山田は解釈した。
「目的はご想像にお任せします。ですが、僕が『本気』とだけは言っておきましょう」
「本気……?」
「はい」
山田はウルズを正面から見据える。
その視線にウルズは一歩後ろへ引きそうになる。が、なんとか踏みとどまり、意を決して踏み込んだ。
「率直に教えてください。私たちを狙っていますか?」
「(私……『たち』?)」
“たち”という言い方が気になったが、近くに友達でもいるんだろうと考え、山田は即答する。
「はい。もう正直に言っちゃいますが……狙ってます」
「ひいっ…………!?!?」
少し頬を染め、顔を逸らす山田。
一方のウルズは『狙っている』という言葉を物理的に捉えていた。
ウルズの足がガタガタと震えだす。
――狙っている……
――狙われている!
――殺される……!!
「そうだ、喉乾いてませんか? ちょっと飲み物買ってきますね」
恐怖に塗りつぶされていたウルズには、山田の言葉など届いていなかった。
駆け足で近所の屋台に向かう山田。
そんな彼とは対照的にウルズはもはや冷静ではなかった。
「に、逃げなきゃ……逃げるのよ……!!」
山田とは反対方向、すなわち、帝都の外の方へ走り出す。
なりふり構わず、全力で走り出した。
そんなこんなでウルズは帝都から早々にログアウトした。
――そしてその数分後。
「すいません! そういえば僕、お金持ってなくて……あれ?」
意図せず敵対女神を撃退した山田だけが立っていた。
アトラスは第2章のボスを立派にやってくれましたが、ウルズさんは日常パートで処理されてしまいました。




